カズオ・イシグロ氏 (c)朝日新聞社
カズオ・イシグロ氏 (c)朝日新聞社

 10月5日、ノーベル文学賞を受賞した日系イギリス人のカズオ・イシグロさん(62)は、2001年12月、アエラの表紙に登場していた。インタビューでは、人生における「迷い」について語っている。当時の記事を再録する。

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「わたしは、自分を日本文化の一員だと思っています」

 どこに登場するときも、いつも真っ黒のスーツやシャツ姿だ。

「日本のファッションデザイナー、川久保玲や山本耀司が得意な色ですから」

 5歳からずっと英国暮らしで、日本語は苦手だそうだ。でも、生まれ故郷の風景を鮮明に記憶しているという。

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 淡いノスタルジーに揺さぶられながら、過ぎ去った人生を静かに振り返る。哀惜の念が、押し戻しようもない現実とぶつかり合う――。

 ロンドン在住の日系人作家カズオ・イシグロが5年ぶりに発表した長編『わたしたちが孤児だったころ』。過去と現在、現実と幻が、互いに交錯するストーリー展開は、最初の長編『遠い山なみの光』や、世界的ベストセラーとなった『日の名残り』にも通底するイシグロワールドだ。

 謎の失踪を遂げた両親の手がかりを求め、主人公の探偵が戦火の上海をさまよう。時代に翻弄されながらも懸命に生きる登場人物たちを、今回は格調高いミステリー仕立てで描いた。

 イシグロが追求する主題とはなにか。早川書房の招きで12年ぶりに来日したイシグロは、記念講演会に臨み、『日の名残り』の登場人物に託して、自身の小説世界を語った。

「ひとはみな、執事のような存在だと思うのです。自分が信じたもののために仕え、最善を尽くし、生きる」

『日の名残り』の老執事は、大戦のはざまで懸命に仕えてきた自分の主人が、結局はファシズムに利用された苦しい現実と向き合う。その葛藤を静かに受け入れる姿に、哀感がただよう。

 イシグロはいう。現代のわたしたちもまた、与えられた仕事や境遇に、自分を捧げて生きるのだ。別の人生があったかも知れない。でも、それを選び直すことは、できない……と。

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