小説『翼の翼』で中学受験における葛藤をリアルに描いた作家・朝比奈あすかさん。AERAムック『偏差値だけに頼らない 中高一貫校選び2022』では、ご自身の体験もふまえて、受験に寄り添う親の心構えについてお話を伺いました。

MENU ■個性が生かせる選択肢の多い社会に ■子どもが輝ける学校選びが親の役割

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 「いつの間にか引き返せなくなってしまう」。それがわが子の中学受験を経験した私の実感です。中学受験を母親目線で描いた小説『翼の翼』は、そんな自分への内省も含めて書きました。

 小説の主人公である母親・円佳(まどか)は、息子・翼を小学3年生のときに入塾させます。「中学受験は選択肢のうちのひとつ」。そんな軽い気持ちで始めたはずなのに、繰り返されるテストの成績やクラス替えに一喜一憂し、感情を揺さぶられていく円佳。いつの間にか受験の目的は「翼の幸せ」ではなく「最難関の学校に合格すること」に変わっていきます。息子を愛し、誰よりも幸せを願っている母親が、知らず知らずのうちに我が子の心を蝕んでいく。これは、小説の中だけの話ではありません。この家族が体験したさまざまなトラブルは、私が見聞きしたいくつもの実話を参考にしています。

 私はこの小説で、あえて翼の心情を描きませんでした。翼がどういう思いで勉強し、親の言動をどう感じていたのか、最後まで翼の本心を知ることはできません。なぜなら、たとえ親子でも相手の心を完全に知ることはできない。親は結局、子どもの表情や言動から心境を察することしかできないと思うからです。

 ひとつ確かなことは、子どもは「親に認められたい」と思っていること。成績の良しあしが親の機嫌を左右することを察した瞬間、子どもにとって受験勉強は「自分のため」ではなく「親のため」にするものになります。その気持ちを利用し、不機嫌で子どもをコントロールするのは、自然に芽生える学習意欲をも奪いかねない危険なやり方です。

■個性が生かせる選択肢の多い社会に

 私の実体験ですが、ある日、子どもが模試を受けた塾で、壁に貼られている受験校の偏差値一覧表を見てゾッとしたことがあります。子どもたちは毎日この偏差値表を眺めて勉強しているんだな、と。

 もちろん偏差値表が悪なのではありません。各学校の難易度を探る指標となるもので、ときにはやる気を高める動機になるのでしょう。ただし、それが親に認めてもらうための手段となったり、志望校選びのしがらみになったりしてはいけない、と思うのです。

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堀美希
堀美希

NEXT親の役割は、子どもの個性や能力を生かせる学校を探すこと
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