高い技術と対応力で「夢のヨットの建築家」に。顧客の輪を世界に広げる 呂哲宇さん/嘉鴻遊艇股份有限公司
速度も船内の広さも確保した
3階建ての大型ヨット
全長94フィート(約29メートル)のそのヨットの船首は他のヨットとはかなり形状が異なる。舳先(へさき)の角度が鋭角ではなく、ほぼ垂直になっている。「これでは水の抵抗が増え、ヨットの速度が遅くなってしまうのではないか」。多くの人はそう考えてしまうだろう。ホライゾンが開発製造し、「台湾エクセレンス2022」の銀賞を受賞した大型ヨット「FD92」はそんなヨットの常識を覆した。同社マーケティングマネジャーの呂哲宇(リュイ・チョーユイ)さんがFD92の特徴を次のように話す。
「舳先の形状を垂直にすることによって、船内の空間をより広く使えるようにしたのがFD92の大きな特徴です。全長94フィートの船ですが、まるで100フィート(約30メートル)の船以上に感じる広さがあります。船首に波を切り分ける独自の装置HPPB(High Performance Piercing Bow)をつけることで、速度を落とさずに広い空間を確保することに成功しました」
もう一つの大きな特徴は、デッキを3層構造にしたことだ。呂さんが続ける。
「これまでのFDシリーズのデッキは2階までしかなかったのですが、顧客から『3階までつくってほしい』と要望があったのです。デッキを1階分増やすのは簡単そうにみえますが、そのぶん重くなり、速度も落ちます。重心が上にくるので船の安定性も低下します。大変難しい技術が必要になります。当社のデザイナー、技術者がいくつもの課題を克服して3層構造にすることができました」
FD92に代表されるホライゾンのFDシリーズはヨット界における「革命的な製品」(呂さん)として、ホライゾンがアジア屈指のヨットグループへと大きく成長する礎となった。
港湾都市の高雄で創業
最大の強みはカスタマイズ力
台湾第3の都市、高雄市に本社を置くホライゾンは1987年に設立された。高雄市には台湾最大の港(*)、高雄港があり、もともと造船業が盛んだった。ホライゾン創業時には高雄市だけでも100社以上のヨットメーカーがあったという。顧客の「夢のヨットの建築家」になることをめざし、高雄市のヨットメーカーで働いていた複数のエンジニアが共同出資して設立されたのがホライゾンだ。
台湾のヨットメーカーは顧客の要望に応じてヨットをカスタマイズする技術に優れていた。呂さんがこう語る。
「カスタマイズは船内の内装を変更するといった簡単なことだけではありません。例えば、顧客の要望に応じてヨットの長さ自体を変える、ヘリポートを追加するなど大規模なカスタマイズもあります。また、AというヨットとBというヨットの中間的なヨットがほしいと言われると、その通りにします。顧客にとってヨットはぜいたく品で、美しさやデザイン性が重視されます。顧客のさまざまな要望に応じて、ヨットをデザインする力、木工技術に優れているのが台湾のヨットメーカー、特に当社の強みです」
*出典:「世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング」(2020年速報、国土交通省)
顧客はどんなヨットがほしいか、イメージをもっているという。デザイン、製造、内装、販売まですべてグループ会社で対応できるホライゾンにカスタマイズの依頼がくるそうだ。なかには1000通もの大量のメールを送り、多岐にわたるリクエストを伝えてくる顧客もいるという。
「プロのデザイナー、エンジニアが顧客と話し合いながらヨットの設計を進め、顧客のイメージを具体化していきます」(呂さん)
自社スタッフだけでなく、世界中の著名なヨットデザイナー、エンジニアとも連携する。FDシリーズも、オランダの著名なデザイナー、コルド・ローバー(Cor D.Rover)さんから「こういうデザインのヨットをつくりたい」と依頼されたのがきっかけで実現したヨットだ。
リーマン・ショックが転機
OEMから自社ブランドの製造へ
いまでは世界有数のヨットメーカーに成長したホライゾンだが、設立から約20年間はOEM(Original Equipment Manufacturing)による他社ブランドのヨットの製造が続いた。「自社ブランドのヨットを製造したい」との思いは創業時からずっとあったが、OEMの注文が次から次に入り、その対応で手いっぱいの状態だった。
転機は2008年に訪れた。リーマン・ショックだ。世界的な金融危機はヨット製造業界にも波及し、ホライゾンの主要取引先のヨットメーカーが破産。台湾のヨットメーカーの多くも経営危機に直面した。ホライゾン設立当初、100社あった高雄市のメーカーは、1990年代後半のアジア通貨危機やリーマン・ショックの影響を受け、ほとんどが倒産したという。そのなかで、ホライゾンは「セルフビルド・セルフマーケット」戦略に活路を見いだし、100フィートを超える、ホライゾンブランドの大型ヨットを相次いで開発製造した。呂さんが当時の様子をこう語る。
「当時、20年に及ぶOEMの経験、実績はありましたが、直接顧客に販売することはしていませんでした。顧客にはホライゾンという新しいブランドになじみがないなかで、いかに自社ブランドを広めていくかがとても難しいところでした」
幸運だったのは、OEM時代に培った高いデザイン力、技術力が世界的にも一流だったことだ。「品質については自信をもっていました」(呂さん)。ホライゾンの評判は口コミやプロモーションを通じて顧客の間に広まっていった。そして、看板商品であるFDシリーズによってホライゾンのブランドは揺るぎないものになっていく。顧客の3分の1はリピーターだ。要望に沿ったヨットを納入することで、また次の注文が入る。他の顧客を紹介してもらえる。顧客の輪がどんどん広がっていった。
ブランドの価値を向上させ
技術の継承にも力を入れる
いまでもホライゾンのブランド価値の向上に向けてさまざまに取り組んでいる。新しい船が完成したら、船内、空中あるいは海上といったあらゆる角度から写真を撮影、顧客にヨットの立体的なイメージをもってもらう、年に3、4回、広報誌を発行し、ウェブでも公開する、豪華ヨットを所有することでどのようなライフスタイルが可能になるか、顧客を集めて美しい島をめぐるなどのイベントを開催する、などだ。
品質の高いヨットをつくり続けるための、職人芸もいわれる木工技術の継承にも余念がない。同社で働く技術者に「ヨット製造技術を学びたい」という子どもがいれば、有給で技術を学ぶ機会を設けている。学校とも連携し、ヨット製造に関する教材を提供したり、同社がつくった奨学金制度を利用して、学生が現場で学ぶ機会を設けたりするなどの支援を継続的に行っている。
ホライゾンでは、米国や豪州などの顧客を中心にこれまでに870隻以上のヨットを納入している。このうち約230隻が80フィート(約24メートル)以上の大型ヨットだ。ただ、日本での納入実績はまだ少ないという。
「日本では50フィート(約15メートル)以下のヨットが好まれる傾向にあるためです。今後は日本の顧客にも当社のヨットをぜひ提供していきたいと考えています」
ホライゾンの水平線はまだまだ広がる。
嘉鴻遊艇股份有限公司
HORIZON Yacht Co., Ltd.
文/西島博之 撮影/熊谷俊之 通訳/長谷川あゆ
このページは台湾経済部国際貿易局(BOFT)が提供するAERA dot.のスポンサードコンテンツです。