「イタKiss」はなぜ今も愛される?普遍と革新が共存する台湾のエンタメカルチャー 瞿友寧さん/映画・ドラマ監督
台湾で不動の人気を誇る
日本の少女漫画のドラマ化
――台湾では、2001年ころから日本の少女漫画が次々とドラマ化されました。どんな背景があったのでしょうか?
私もそうですが、小さいころから日本の漫画に接して、日本の漫画とともに成長してきた台湾人が多いんですね。当時は日本のドラマもはやっていて、例えば「ロングバケーション」などは台湾でもかなり人気でした。一方で、台湾のドラマは低迷期にありました。そこでどんな新しい取り組みができるかを考え、日本の漫画のドラマ化という手探りが始まりました。
――日本の少女漫画の魅力はどんなところでしょうか
日本の少女漫画には、生活の中で絶対あり得ないシーンがあったり、憧れの世界が描かれたりしています。実生活ではいろんな悩みがあるなかで、夢を与えてくれる存在だと思っています。
――監督は「イタズラなKiss(惡作劇之吻)」の前に、漫画『薔薇のために』をドラマ化しています
実はそれまでは日本の少女漫画は読んだことがなかったんです。主に男性向けの漫画やスポーツ系の漫画を読んでいました。友人から「恋愛だけではなくて、家庭の話や人間関係も深く描かれている」と聞いて『薔薇のために』を読んでみました。面白くて3日で一気に読みました。そのドラマでキーとなる人物を演じたのがジョセフ・チェン(鄭元暢)でした。その後、「イタズラなKiss」の原作に出合ったときに、まさにこの主人公は彼にふさわしいと思って、もう一度一緒に作品を作りたいと思いました。
――今も日本のコンテンツを見ることがありますか?
ここ最近は台湾で日本の漫画のドラマ化はあまりなくなりましたが、やはり日本の文化やライフスタイル、生活や恋愛に関する価値観は台湾と近いものがあります。今でも日本のコンテンツは見続けていますよ。ジブリ作品なども、台湾で引き続き人気があります。最近の作品を作る際にも、「この作品は日本の視聴者に受けるだろうか?」ということを考えながら作りました。
――「イタズラなKiss」は15年以上前の作品ですが、普遍的な人気を持っています
「イタズラなKiss」は今も人気があります。私の友人の子どもは今小学生なんですが、4回もこのドラマを見たと言ってくれました。15年以上経っても見てくれる人が増え続けている。うれしいことです。
――人気の理由をどう分析しますか
何よりも、私がこの漫画が大好きだからだと思っています。スタッフ一同もこの作品が大好き。だからベストを尽くしたいと思った。原作自体も23巻ありますが、ドラマもシーズン1と2があります。1では学生時代を、2では社会人になってからの2人を描いています。ファンからすると一緒に成長してきたような気持ちなのではないかと思います。
――ドラマは2006年に日本に逆輸入され、地上波でも放送されて多くの人が楽しみました。語学の勉強に使う人も多かったようです
すでに日本版のドラマ があったので、作る際はすごく緊張しました。でも緊張してもしょうがないので、とにかく原作を裏切らない作品を作ろう、という気持ちで作りました。日本でも楽しんでもらえたということで、すごく光栄ですしうれしいです。
この作品に限らず、作品をリメイクする際に重視していることがあります。それは「なぜ今この作品を作る必要があるのか」ということ。日本ですでにドラマ化されていたので、台湾でやるならどう作るのがいいのか。漫画を全部読んで自分なりに吸収し、自分なりの語り方で作ろうとしました。
特に、女性の主人公・琴子を、どう描写するかについては、この役を演じる俳優のアリエル・リンと何度も話し合いました。落ちこぼれの女の子が、IQ200の天才的な頭脳を持つ男の子からなぜ好かれるようになったのか。琴子はすごく人に優しくて頑張り屋。あと、うそをつけない。漫画ではドジなところが全面的に描かれていましたが、私は内面の性格をしっかり描きたいと考えました。また、当時、原作者の方は既に亡くなっていましたが、日本を訪ねたときに原作者のご主人にお会いすることができました。夫婦間のいろんなエピソードをお聞きしたので、シーズン2の後半には、ご夫婦のエピソードや写真なども混ぜ込みました。
台湾は“愛情”を描くのが得意
同性愛をテーマにした作品もヒット
――台湾エンタメの魅力はどんなところにあるでしょうか
最近はストリーミングサービスで世界中の作品に触れる機会が増えて、台湾でもアクションもののコンテンツも増えてきましたが、私が思うに、台湾は愛情を描くのに強みがあると思っています。人々の内面、心の中に秘められたものを掘り出すような物語が、台湾の作品ならではの魅力です。
――まさに人々の内面、愛情を描いた作品として、近年では監督が脚本を書かれた「君の心に刻んだ名前(刻在你心底的名字)」も大ヒットしました。同性愛をテーマにした作品ですが、台湾はアジアの中でもいち早く同性婚が法制化されました。社会の変化を感じますか
今、こうしたLGBTの題材は台湾でも人気がありますし、この作品で、やはりかなり大きなマーケットがあると感じました。でもこの作品を作ったときには、性別とは関係なく、普遍的なものとして、恋自体は純粋なものなんだということを描こうと思いました。 日本でもBL作品は人気がありますよね。私が訪日した当時は「おっさんずラブ」が人気でした。日本ならではの、ユーモアがあってキュートな描き方が面白いと思いました。
未来の普遍価値を
反映して描いていく
――ストリーミングのサービスの登場で変化はありましたか
市場が極端になってきています。いい作品は全世界に広められますが、ヒットしなければなかなか見られる機会がない。台湾はどうしてもマーケットが小さいので、さまざまな地域の人たちと組まないと、規模の大きいものはなかなか作れません。歴史や文化の近い華人社会や日本と、もっとコミュニケーションを取りながら、一緒に取り組んでいきたいです。
――台湾では多くのイノベーションが生まれていますが、監督ご自身は新しい取り組みに抵抗はありませんか
常に新しいことにチャレンジしていきたいです。例えば次にやりたいのはコメディー。これまで台湾にはなかったジャンルですが、やっぱりなくてはならないジャンル。新しい試みとして「イタズラなKiss」の続編にもチャレンジしたいですね。原作は(作者の死亡で)未完のまま終わっています。エンディングをどう描いたらいいのか、今でも考えています。
――「イタズラなKiss」は普遍的な作品ですが、普遍性とイノベーションという概念は、対立するところはありませんか
私は必ずしも対立ではないと考えています。イノベーションにも二つ方向性があると思っています。一つは題材。もう一つはどういう物語として描くのか、そのアングルです。
描き方は、未来の普遍価値を反映しています。ですので実際には連携しているものだと思っています。イノベーションと対立する単語は何かというと、「ミーハー」な価値観ではないでしょうか。メジャーなマーケットを追っただけのもの。私が作品を作るときには、2、3年後にこの作品を見る人たちの社会背景はどうなっているのか、どんな価値観があるのか、未来のことを考えて作るようにしています。それも私ならではのイノベーションかもしれません。
――ありがとうございます。いつか続編を見ることができると信じて楽しみにしています
瞿友寧(チュウ・ヨウニン)/映画・ドラマ監督
1970年生まれ。映画監督。エドワード・ヤンの「牯嶺街少年殺人事件」、ツァイ・ミンリャンの「洞 hole」に参加した後、映画「台湾の暇人」を監督。「薔薇之恋〜薔薇のために」(2003年)、「イタズラなKiss〜惡作劇之吻」(05年)、「イタズラなKissII〜惡作劇2吻」(07年)、「イタズラな恋愛白書」(11年)など多くの人気ドラマの監督も手がけた。20年に台湾で公開した映画「君の心に刻んだ名前」では脚本・プロデューサーを務めた(Netflixで公開中)。
文/高橋有紀 撮影/熊谷俊之 通訳/鄭 稟禄
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