福島第一原発の事故から9年がたち、帰還困難区域が一部解除されるなど、復興は節目を迎えたという話も聞く。だが実態は?

 黒川祥子『心の除染』には「原発推進派の実験都市・福島県伊達市」という副題がついている。

<福島県伊達市は未だ、市内の7割を全面除染していないという特異な自治体だ>というショッキングな一文から本書ははじまる。中通りの北端に位置する伊達市は「除染先進都市」として華々しく報道された市だったが、内実は最悪といっていいものだった。

 まず除染の方法。市は汚染の度合いによって市内をABCの3エリアに分け、汚染度が低いと勝手に決めたCエリアは事実上放置した。市の面積の7割を占め、線量が異常に高い場所もあったのにだ。

 さらに市民を対象にした人体実験。健康管理と称して、市は6万人の全市民にガラスバッジ(原発作業などで使われる個人線量計)を1年間装着させ、データを無断で研究者に渡していた。

 こうした対応の前で、子どもの健康を守りたいと考えた母親たちがどんな闘いを強いられたかを、本書は執拗に追うのである。

 ある地区の小学校では57人中21人の家が「特定避難勧奨地点」として避難の対象になった。なぜ全家庭ではないのか。<ホットスポットが沢山あるんです!><ここは、計画的避難区域にするべき場所なのではないですか!>

 これが2011年6月の話。

 12年になると、満足に除染もすんでいない学校で不安な活動が次々解禁になる。屋外活動、プール授業、マラソン大会。学校給食にも伊達市の米。学校は子どもを守る場所じゃないんですか?

 当時の仁志田昇司市長の言い分は<除染は手段であって目的ではない>。彼はやがて詭弁を弄しはじめる。必要なのは土壌より不安を除く「心の除染」だと。

<だって、皆さんに公表すると動揺するじゃないですか>。遠足先の線量を保護者に知らせなかった教頭の言葉である。こういう態度が事態を悪化させる。背筋が寒くなるような、渾身の告発の書だ。

週刊朝日  2020年4月10日号