
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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北アイルランドで10代の少年2人が強姦未遂事件で起訴され、法廷でルーマニア語の通訳が必要だった事実が確認された(警察は容疑者の民族性の公表は控えている)ことから、3日も続いた反移民暴動が勃発した。昨年の夏はイングランドでも、サウスポートで3人の少女たちが刺殺された事件をきっかけに反移民暴動が発生し、全土に拡大した。その前年はアイルランドのダブリンで、子どもや女性が刺される事件が発生した後に反移民暴動が起きている。
これらは同じパターンを踏襲している。事実が明らかになる前に、容疑者に関する憶測や推測、偽情報(亡命希望者、ムスリム系だった等)が拡散されて暴動に繋がったこと、そして、女性や子どもへの暴力事件が発端となっている点だ。
暴動が起きたばかりの北アイルランドは、女性への暴力が深刻な地域だ。最も衝撃的な数字は、アルスター大学の2023年の研究で、女性の98%が生涯のうちに何らかの形での暴力や虐待を経ているという報告があった。紛争に苦しんできた地域という背景もあるだろう。イングランドとウェールズでも、年間約200万人の女性が男性による暴力の被害にあっているという警察の報告もあり、英政府は女性や少女への暴力撲滅のための政策を打ち出している。
前述のような暴動は、女性への暴力に対する怒りというより、緊縮財政や住宅不足、生活水準の低下等の不満を爆発させる機会に過ぎないと分析する人々もいる。確かに、そんなに女性への暴力に義憤を感じるなら、ふだんから熱心な抗議活動があって然るべきだ。女性に対する暴力事件が起こるたびに暴動が勃発していたら、大半の国は焦土と化してしまうかもしれない。
女性への暴力の問題を抱えた地域で、女性への暴力が反移民暴動のスイッチになる背景には、根深いものがある気がする。自分たちのコミュニティー内で深刻な問題(女性への暴力)を抱えている場合、それを移民の問題に転嫁することで、コミュニティーとしての責任を回避しようとする心理も働くのだろうか。「女性を守る」が「いじめていいのは俺らだけ」に基づくのなら、家父長制的な排外主義だ。
※AERA 2025年6月30日号
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