真っ赤なドレスに、黒いジャケット。ヒールの高い靴で、コツコツと歩いてくると、すべてを見透かしたようなまなざしを向けた。イザベル・ユペールは、軽やかに話し始めた。
過干渉の母親に縛られて生きてきたピアノ教師、犯罪をひた隠しにするブルジョワ女性……。来日したイザベル・ユペール(64)を前にすると、これまで彼女が演じてきた役柄が鮮明に蘇ってくる。ユペールは言う。
「強い女性も演じたし、繊細な女性も、何かの犠牲になるような女性も、本当に幅広い役柄を演じてきたわ。『こういう役が好き』といったこだわりはなくて、(監督たちが)その役にどのようなまなざしを向けているかが重要なんです」
主演最新作「エル ELLE」でユペールが演じたのは、何者かにレイプされ、彼女なりのやり方で平然と復讐を試みるゲーム会社の社長。ハリウッドの女優たちが役柄の強烈さにたじろぎ出演を見送るなか、ユペールは自ら演じることを熱望した。
●観客が演技を感じたら
1970年代にキャリアをスタートさせたフランスのベテラン女優。還暦を過ぎたいま、再びノリにノッている。
「エル ELLE」では今年のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。今年のカンヌ映画祭では、グローバル・ラグジュアリー・ブランド「ケリング」がスタートさせた映画業界における男女平等を目指す取り組み「Women in Motion(ウーマン・イン・モーション)」で、長年の功績をたたえられた。
例えばアメリカ映画ではこの20年間、看護師や秘書などの役の8割以上を女性が演じてきた。描かれる女性はどこか画一的で、演じる役が限られているというのが現実。だが、ユペールが演じるのは、そうしたステレオタイプからは遠いところにいる女性像。強烈な役が多いことから、それぞれの役について深く研究しているのかと思いきや、
「役づくりは一切しない」
とユペール。「演じている」感覚もないという。