ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「熱帯魚」を取り上げる。
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私は家で『ベタ』という熱帯魚を飼っています。観賞用として出回っているベタは9割がオスです。彼らはオス同士で色鮮やかなヒレをジュディ・オングのように大きく広げ、威嚇し合いながら激しく闘います。そのため、ひとつの水槽で1匹ずつしか飼えませんが、見た目のゴージャスさと、ブクブクなしで楽に飼える(魚なのに空気呼吸もできる)ことから、熱帯魚初心者にはうってつけの魚と言われています。色や形もさまざまで、ヒレの美しさを競う品評会なんかもある一方で、メスはどれも似たような味気のない形な上、ヒレもほとんど開かず、繁殖用やマニア向け程度でしか流通していません。孔雀やカブトムシのサカナ版といった感じでしょうか。
40を過ぎた頃、「ここらでちゃんと生命と向き合う暮らしがしたい」と思っていた私に、「魚だったら、越えられない壁が常に存在するから大丈夫」と、熱帯魚を勧めてくれたのは、あの壇蜜さん(長年『プレコ』という深海魚みたいな魚を飼っている)でした。私も壇蜜も、犬・猫・人間はもちろんのこと虫や花も含め、距離感が変動する生き物に対して、コミュニケーション過多や自意識過剰になって自家中毒を起こしてしまう体質なので、彼女の言葉には絶対的な説得力がありました。自分の衣食住さえままならない私に魚の世話などできるのか心配だったものの、ベタは初心者向けだと教えてもらい、何より『オスは煌びやかでメスは地味』という人間界とは逆の価値観に甚(いた)く惹かれ、以来3年、多い時には10匹以上のベタ(オス)と暮らす日々が続いています。