孔子はこうも言います。「人にして仁ならずば、礼を如何(いかん)。人にして仁ならずば、楽(がく)を如何」(八イツ第三)。これは、「人として最も大切な愛情がないなら、礼儀をちゃんと守っても音楽をうまく奏でても、それが何になろうか」という意味です。

 もし、相談者さんの妻が専業主婦として、夫を支え、息子さんにたっぷりの愛情を注ぐことができれば、きっと息子さんは原壌のような「賊人」と呼ばれる人にはならずに済むでしょう。子どもの時に得た愛情は、形には見えなくても、人の一生に深く大きく根を張ってくれるものです。専業主婦は、家族間の愛情を育む根源的な仕事だと考えれば、相談者さんが妻に対して敬意を抱くことにもなるのではないでしょうか。

 最後に「働かずに済む家庭は裕福な特権階級」という妻の考えについて、一言付け加えておきます。「裕福」「特権」とは、「働かなくても済む」ことではありませんよ。「裕福な特権階級」とは、同時に「社会に対する責任」が重くなることです。

『論語』には、「如(も)し周公の才の美有りとも、驕(おご)り且(か)つ吝(やぶさ)かならしめば、其の余は観るに足らざるのみ」と記されています。

「たとえ、周王朝の政治と文化の創始者である周公ほどの完全無欠の才能があったとしても、人に対して驕(おご)り、卑しくけちな心を持っていたら、論ずるに足りない人物としか言えない」ということを言った言葉です。

 相談者さんの家庭が、世間から見て裕福なのかはわかりませんが、本当の意味で裕福で、特権的地位、階級を持っている人たちは、「驕らない」「卑吝でない(自己の善意を出し惜しみしない)」ということを強く自らに課して、社会的責任を果たしてきました。相談者さんの妻は、「専業主婦」という職業を選んだのだと思って、家族の絆を結びつけ、世界中の「裕福」で「特権」を持った人たちと好きにお付き合いをされるといいのではないかと思います。

【まとめ】
妻は「専業主婦」という職業を選んだと思って家族の絆を育てよう。ただし、「働かなくて済む」ことは「裕福さ」や「特権」ではない

山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ  0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。

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山口謠司(やまぐち・ようじ)/文献学者・中国学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞。『ステップアップ0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など著書多数。母親向けの論語講座も開催。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族

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