孔子はこうたしなめました。「それだけではまだ十分ではない。我々の目指す道はもっと遠くにあるのだ」と。
カジュアルであるということには、もちろんいい点もありますが、それでいいのだとあまりにもくついだ状態が続くと、それに慣れて、心がたるんでしまうと孔子は考えたのです。
スーツは「ホワイトカラーの鎧」と言われることもあります。言い換えれば、スーツは、カジュアルな自分を、非日常の緊張した心に切り替えてくれる道具でもあったのです。古代から現代に至る服装、服飾の歴史を大観すると、簡素化していることに改めて気づかされます。それは繊維製造技術の発達とも無関係ではありませんが、技術の発達に伴って、心がすさむ方向に進むのは残念です。
『論語』には、立派な人の思考と行動のバランスについて「敬(けい)に居(い)て簡(かん)を行う」(雍也第六)という言葉があります。つまり、「自分の心持ちは慎み深くして、他人に対しては寛大に簡素に接する」という教えです。
相談者さんは、父親として授業参観に行くのに、「自分の服装と心とが一致しているのか」どうかを考えることが最も大事なことです。教室にいる先生、児童、保護者に安心感を与えつつ、自分の心は、「子どもを温かく見守る愛情でいっぱいである」という姿勢を、服装で表すことができるようなチョイスをしましょう。そのためには、やはり妻の意見を取り入れて、カジュアルすぎる服装ならば見直すべきでしょう。
【まとめ】
自分の心はあまりにくつろいだ状態よりも、慎み深く。服装と心が一致しているか見直そう
山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ 0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。2021年12月に監修を務めた『チコちゃんと学ぶ チコっと論語』(河出書房新社)が発売。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。