■小林選手は、背面の気流の乱れを抑え揚力を高く保ち続けていた!
こうして山本教授らは、踏み切りから着地までの空気の流れの変化を解析する、「まるごと空力シミュレーション」の手法を完成させた。
選手の体格を測定し、モーションキャプチャー(※人間の動きなどをデジタルデータ化して解析するための技術。人体の関節にセンサーを取り付けるなどして動きを記録する)などによりジャンプ中の動作を連続してとらえ、3DのCGアニメーションにして、富岳で空気の流れやその影響を解析する。
北京五輪の前、このシステムを使って日本代表の小林陵侑選手のジャンプを解析したところ、興味深いデータが示された。
ジャンプ中の選手に働く空気の力の数値データは、体を持ち上げる「揚力」も飛行を妨げる「抗力」も後半ほど大きくなるが、小林選手は揚力がより大きくなる一方、抗力は抑えられ、空気の影響を総合的に示す「揚抗比」が高く保たれていた(図1)。
画像データからは、前から来た風が巻きつくように背中側に流れ、気流の乱れが小さくなり、背中側にかかる圧力を抑えていることがわかった(図2)。
運動力学では、空気の流れと飛行中の物体との間の角度(迎角)が大きいと揚力も大きくなるが、迎角が大きすぎると気流が乱れて失速するとされる。スキージャンプでもこの理論のとおり、空気の流れと選手の体との間の迎角が大きくなる後半には揚力も大きくなるが、やがて揚力が急速に失われて失速する(図3)。
「迎角のわずか1~2度の違いで揚力は大きく変わります。選手たちはそれを細かく調整し、工夫しています。小林選手のジャンプには、今までの常識では語れない技術があるのだと思います。具体的にはまだわかっていませんが、今後の研究で解明したいですね」(山本教授)
小林選手は北京五輪のノーマルヒルで金メダルに輝き、その後、ワールドカップで総合優勝も果たした。世界一の技術が解明されれば、競技全体のレベルが高まる。
解析手法や技術が進めば、会場でその日のジャンプを解析し、次に生かせるかもしれない。最先端のサイエンスには、スポーツを進化させ、おもしろくする力がある。
文・ジュニアエラ編集部/図版提供・北翔大学、神戸大学、理化学研究所
朝日新聞出版