世の中には、いろいろな環境や家で暮らしている人がいて、今や仕事のあり方もさまざまな時代になった。日本という小さな国の中だけでも、それはそれは多種多様な働き方や暮らしぶりがあるだろう。
とはいえ、この家、この暮らしぶりには、さすがに度肝を抜かれた。
『家をせおって歩く かんぜん版』(福音館書店)
緻密な黒の線のみで描かれた表紙のイラストも目をひくのだが、これがフィクションではないことは裏表紙の写真を見れば、一目瞭然。「うそでしょ?」と言いたくなるような写真が、そこにはある。
表紙のイラストの通り、いや、タイトルの通り、寸分の狂いもなく「家をせおって歩いて」いる。そんな作者のドキュメンタリー絵本だ。
作者の村上さんは、この発砲スチロールで自作された「家」を背負いながら、あちこちの「土地」を借りながら、その都度そこに家をおろし、この家で暮らしている。
なんだか、そういう過酷なチャレンジもののバラエティ番組がありそうだが、村上さんのこの絵本からあふれ出るのは、とんでもなく「高尚な」空気であることがすごい。
淡々とつづられる村上さんの文章はとてもなめらかで、決して悲壮感や「頑張ってる感」はない。どうしてとんでもないことをしているのに、こんなに涼しい感じなんだろう…と不思議に思ったら、村上さんは「アーティスト」だそうだ。
つまりこれは、「芸術」であり「アート」の活動なのか、と。
誰かに強いられたのでもなく、誰かを笑わせてやろうと思ったのでもなく、自分のやりたいこと、やってみたいことを「やりたいからやっている」というシンプルな思いがあるからこそ、こんなにも邪気のない「とんでもないこと」が成り立っているのか、と。
夏休みという長い時間、「自由研究」と向き合う時間が、少なからず、どの子育て家庭にもあるだろう。「自分学習」といって、最近では日常的に「プチ自由研究」のようなことをしている子も増え、そういう意味では少しハードルが下がっているのかもしれないが、「めんどくさい」が親の側で先に立ってしまってはいないか、今一度、ぐっとこらえてほしい。
「AERA with Kids夏号」本誌でも、自由研究につながるような絵本として『ウエズレーの国』(あすなろ書房)という絵本を選書し、おすすめ本として掲載していただいた。その絵本とも通ずる部分がある、こちらの絵本だが、リアルな写真が豊富で、よりいっそう、「研究感」がある。
研究とは、本来こんなにも自由で、自分のしたいことを突き詰めればいいんだ!ということを心から感じさせてくれる。
世の中にはこんなことを、本気でやっている大人がいることを子どもはもちろん、親である大人にも知ってほしい。
それと同時に、一生懸命でまっすぐな思いは、出会う人たちの心をやさしくするし、「まだまだこの世も捨てたもんじゃないな」と思わせてくれる力まで持っている。それはこの絵本を読めば、間違いなく「ほっこり」とした気分がわいてくることで実感できるに違いない。親子で、にやにやしながら読んでほしい。
(文/植木恭世)