みなさん進学後の影響には自覚的なのですが、「中学受験自体の影響に関しては聞かれるまで考えたことがなかった」ケースがほとんどで、それ自体も中学受験の特徴と言えそうです。深層に入り込んでしまうのだとしたら、幼児教育同様細心の注意が必要なのかもしれません。最後にちょっと特殊なケースをご紹介します。巣鴨に進学して、その後引きこもりを経験しつつ早稲田大学で応用物理と情報通信を学び、予備校教師を経て映画監督に転身した古新舜さんの回答です。
中学受験のポジティブな面は、「学校という限られた空間ではない場所で、他校の子どもたちと切磋琢磨できたのは、印象深かったです。他校にはこんな才能を持った子どもがたくさんいるんだなと視野を広げる経験になりました。人一倍努力をして、得られる達成感や粘り強さはこのときに培われたと思っております。思い出があるのは、振り分けで上位クラスからこぼれた際に、教師から自分で志願して上位クラスに入れてくださいと頼むくらいでないとダメだと言われ、実践したことでした。それだけ何かに食らいつく、規定の枠から外れながらも、ガムシャラに向かい合う精神は今でも大切にできている姿勢です」。
ネガティブな面は、「勉強という枠に捕らわれてしまい、想像力や協調性を奪われる点です。この世代の子どもには、自由な発想、縛られない考えをいかに育んでいけるかが、大人になって役立つコンピテンシーだと思います。他者と比較しないことや、数字では計れない非認知能力が大切な世の中で“自分はこれでいいんだ”という自己有用感をいかに育めるかが大切で、親が子どもの目線に立ち、双方で成長しようとする姿勢が大切だと思います」。
進学後は、「大菩薩峠越え競歩大会や柔剣道の寒稽古など、文武両道を重んじた独特の行事が多く、精神力が鍛えられ、先輩後輩と触れ合う機会が多かったのが印象的です。一方、発想の固さ、決められたことから逸脱することのできない姿勢はよく感じます。20世紀の知識偏重型では大変有益な教育だったと思っておりますが、21世紀の多面的でひとつの解に縛られない発想が必要な時代には、だいぶ時代遅れな気がいたします。教員の方々の教育に対しての姿勢も少し時代から取り残されている気がいたします。古典的な精神、歴史を大切にしながら、柔軟性・協調性を育む教育に変容できるかが巣鴨に求められていると思います」
クリエイティブな感性を育む学校もあれば、縛ってしまう学校もあります。しかしその影響が長い人生でどのように価値を持ってくるかはわかりません。僕自身も進学した保守的な学校と合わなかったことが、自らの興味を探究しながら、教育に関わり続けようと決心した理由のひとつです。そのときはネガティブであっても、経験を糧にして結果的にポジティブに転じさせる素養を身につけていくことが大事で、それをそっとあと押しするような環境づくりが、関わる大人全員に求められています。
矢萩 邦彦,矢萩 邦彦