佐藤理事長と田中先生は名コンビだった。こんなエピソードがある。ある日、田中先生が食事を取る時間がなく、和菓子店で買った豆大福をそのまま立って食べ、店を出たそのとき、赤信号で止まった車の窓から佐藤理事長が顔を出し、「こら、何を行儀悪いことをしている」と、怒鳴った。
「2個あったから、理事長の分もありますよと1個あげたら、そうかそうかと相好を崩してね」
入試広報センターの稲田昭彦先生は、こう言って笑う。
「佐藤理事長にもの申せるのは、田中校長だけでした。2人のやりとりを聞いていると、掛け合い漫才のようで楽しかったですね」
佐藤理事長から学んだのは、生徒を愛し、育てようという志だった。
「子どもは宝だといつも言っていましたね。部活で優勝した生徒の挨拶を聞いて涙を流す、そんな温かな気持ちの人だから、生徒にも保護者にも好かれていました。廊下で生徒とすれ違うときに、栄ちゃん!と声を掛けられるとうれしそうに、よお!って片手をあげてね」
23年度の入試も志願者数はさらに前年度を上回り、1万4000人弱になった。勢いはとどまることを知らない。
「伝統校や難関校でネームバリューがあったらできなかったかもしれない。失うものは何もない学校だったから良かった。ゼロからのスタートで、保護者の方々の後押しをいただきながら、教職員も一丸となってなんとかしようと動いた成果です」
ただ、栄東はいまや進学校に成長したものの、必ずしも東大合格者を出したいわけではないという。
「東大を出たからといって、必ずしも自己実現ができるわけではありません。育てたいのは、挫折しても立ち上がって次に進める生徒。あらゆる教科を勉強して身につけた知識を知恵に変え、それを土台にどの分野でもいいから極められる人間です。栄東に居て良かったという『居甲斐(いがい)』を感じて、それが将来に繋がれば、それが本望」
さて、パワフルな校長のもとで、これから栄東はどこへ進んで行くのか。
(ライター・柿崎明子)
田中淳子 京都市生まれ。同志社大学文学部英文学科卒。栄東中学・高校校長。学校法人佐藤栄学園理事長。大学卒業後、世界銀行に就職。東欧を中心としたヨーロッパ各国、アメリカ合衆国などに赴任した後、帰国して英語の教員に。埼玉県で定年退職後、栄東中学の教頭に着任。2008年栄東中学・高校の校長に就任。20年から同学園の第4代理事長を兼務。