敗戦した日本の主権回復後も米軍は駐留。57年には演習中に米兵が農家の女性を射殺する事件が起き、日米どちらで裁判をするかで大問題になった。地位協定ができたら米軍をどこまで国内法で縛れるのか。林修三内閣法制局長官はこう答えた。

「軍隊の行動に必要な範囲で日本の法令の適用が排除される。軍人軍属については地位協定の範囲で特権的なものが認められ、書いてないものは日本の法令が大体適用される」

 国内法は、組織としての米軍には「行動に必要な範囲」において適用されない。個々の軍関係者には原則として適用されるが地位協定で「特権」が認められる──という説明だった。

●米国は逆の解釈を示す

 ところが安保条約と地位協定の国会承認後に政府の説明はひっくり返り、米軍にも軍関係者の公務中の活動にも国内法は「国際法上」不適用となる。この答弁は72年の沖縄の日本復帰後にぐっと増え、主に外務省幹部が担当するようになった。

 敗戦から四半世紀の米軍統治を経て復帰する沖縄で、国内法の米軍への適用をめぐる混乱は必至だった。それが今に至る「国際法上」の答弁を生む主因だったのか、70年代を知る外務省OBらの記憶は定かでない。その一人は「国際法に詳しい内閣法制局長官は少ないが、国際法にもいいかげんな面がある」。

 ただ、佐藤栄作首相は71年にこう答弁している。

「返還時に沖縄の核はなくなると申しても、なお疑惑は残る。国際法上、外国の軍隊の査察はできないものですから」

 国民への約束通り沖縄の米軍から核は撤去されるが、基地に入り確かめることはできない。沖縄復帰に道筋をつけた首相の弁明の上に、「国際法上、外国軍に国内法は適用されない」という答弁が積み重なっていく。

 ところが、米国では逆の見解が示されている。米陸軍が軍法会議の判事を育てる機関が編んだ2017年の「法運用ハンドブック」には、こうある。

「一般国際法上、ある国の領域にいる全ての人への刑事裁判権はその国にある。協定がなければ、軍の派遣国の人員は受け入れ国の刑事裁判権に従う。米国の人員の権利を最大限に守るのが国防総省の方針だ」

 米国は冷戦後も「テロとの戦い」などで同盟国以外にも軍の派遣先を広げた。特に気を使う平時の軍関係者の事件・事故での刑事裁判権すら受け入れ国にあるのが国際法だと認めつつ、地位協定を結びできるだけ放棄させるという立場を取る。

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