福岡ソフトバンクホークスの川崎宗則選手は、大リーグでプレーした5年間、通訳なしの海外生活を送った。英語を身につける秘訣から、海外を夢見る日本の子どもたちへのメッセージまで、川崎選手に語ってもらった。AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2018」(朝日新聞出版)から、インタビューを抜粋してお届けする。

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 2012年に渡米し、マリナーズ、ブルージェイズ、カブスで活躍した川崎宗則選手。現地で受けたテレビインタビューでは即興の英語を返し、ネイティブをも笑わせていた。

日本のファンの目には、持ち前のキャラクターで、言葉の壁を軽々と乗り越えているように見えていた。

「テレビに映らないところで、苦労はいっぱいありました。まさか30歳で英語を話すことになるとは思っていなかった。もうちょっと学校で勉強しておけばよかったと、後悔する日々でした」

 5年間の海外生活で、通訳はつけなかった。たしかにプレーに難しい言葉はいらない。だが日々の生活は英語なしでは成り立たない。

「一番の教科書は人間。とにかく話す、一緒に行動する。選手とご飯に行ったり、飲みに行ったりする機会を作ってもらいました」

 一方で地道な勉強も重ねた。帰国のたびに日本の空港で買った英語のテキストを持ち歩き、「この言葉、どう発音するんだ?」と選手に聞いて回ったという。

「とくにマイナーリーグの選手たちはみんなが先生でした」

 人の輪に溶け込み、まわりを巻き込んで学ぶ。英語がわからないからといって、話すことをためらわなかった。

「日本人はどうしても100点を求めますが、文法どうこうは考えず、最初はジェスチャーでもいい。それに、100点じゃなくていいのが英語のいいところ。そもそも100点の英語なんてない、ということもわかりました」

この春に帰国した川崎選手。大リーグでの経験は野球への向き合い方を変えた、と語る。

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鈴木顕
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