作品ごとにガラリと違う顔を見せる。若手女優の中で、堂々の演技派として、最近では舞台でもシリアスなものからコメディーまで幅広い役に挑戦している。ヒロインを演じた映画「泣く子はいねぇが」では、母親になった女性が持つ厳しさと優しさを、生々しく表現した。
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6歳になった頃だろうか。三つ下の弟と、些細なことで喧嘩になった。何がきっかけだったかはもう覚えていない。気づいたとき、弟は、彼女の髪に噛んでいたガムをくっつけていた。驚いてガムを取ろうとするが、かえって長い髪がぐちゃぐちゃに絡まってしまった。それに気づいた母親が、2人の元に一目散に駆けつけた。
「里帆ちゃんごめんねぇ」
ずっと伸ばしていた黒くて長い髪。彼女の母は、それを切ることに決めた。ハサミを手に、何度も何度も、娘に泣きながら謝った。それを見た弟が、一緒になってワンワン泣いた。
「弟にガムをくっつけられたことや、髪を切ることが悲しいわけじゃなかった。みんなが泣いていたから、感情がぐちゃぐちゃになったのかな。大人一人と子供2人で声をあげて泣いていたことを思い出すと、今はなんだか笑っちゃう(笑)」
秋田県は男鹿半島に伝わる行事“ナマハゲ”は、大晦日の夜、鬼のような面をつけた男たちが、「泣く子はいねぇが」と叫びながら民家を回る。そのかけ声をそのままタイトルにした映画でヒロインを演じた吉岡さんに、小さい頃に大泣きした記憶について訊ね、語られたのが冒頭のエピソード。
映画「泣く子はいねぇが」でメガホンをとった弱冠30歳(当時)の佐藤快磨監督は、是枝裕和監督に見いだされた若き才能だ。佐藤監督は、出演者の中の“芝居をしている意識”を極力取り除き、役としてただそこにいる生々しさのようなものを丁寧に追った。
「表現しようという意識は全く持たずに、ただそこにいてほしいと言われました。私はまだ映画の経験はそんなに多くはありませんが、今まで受けた演出とは全く違っていたのは確かです」
一番印象的だったのが、余貴美子さん演じる義母と対峙するシーン。