結局、このクマは8月13日に麻酔のついた吹き矢で打たれ、その数時間後に死体で発見された。この顛末を聞いて、クマには本当に申し訳ないと思った。自然の中で野生の尊厳をもって生をまっとうできず、人間が生き方を乱し、死に至らしめてしまったからだ。

 クマのためにも、登山者やキャンパーのためにも、同じことを繰り返してはいけないと強く思い、それから約1カ月、キャンプ場の管理人や環境省上高地管理官事務所の担当官とやりとりを重ね、正確な情報を調査し、周知してもらうこと、運営のあり方を見直してもらうことなどを求めた。具体的には、いつどこで何が起きたのかをブログなどで情報公開し、地図上にもわかりやすく示すこと、餌付いたクマがあらわれたらキャンプ場をすぐ閉鎖することなどだ。対応は真摯で、素早く、ほぼ納得のいくものだった。

小梨平キャンプ場の入り口には私の事例が地図付きで掲示されていた(写真2、筆者提供)
クマに引きずられた経路(写真3、筆者撮影)

3年ぶりに上高地を再訪

 それから3年。今年8月4日、ようやく念願がかない、上高地を再訪できた。小梨平キャンプ場の入り口には、私の事例がわかりやすく地図付きで掲示されていた(写真2)。キャンプサイトに荷物を置くとすぐ、自分がテントを張った場所やクマに引きずられた経路(写真3)、クマに襲われた現場を見に行った。あたりは笹が刈り払われ、見通しが良くなっていた。

事故後、食料保管庫が設置されていた(写真4、筆者提供)

 クマは身を隠す場所がないと出没しにくくなるそうで、私の事故後、キャンプ場の管理人が環境省の担当官にかけあい、国立公園内で笹やぶを刈り払う特別許可を得たそうだ。また、ヒグマのいる北海道を除き、国内の山のテント泊では食料をテント内で保管するのが一般的だが、事故の経験から、小梨平では食料保管庫が設置され、夜間は食料をそこに保管するよう、ルールが変更されていた(写真4)。

 ほかにもゴミ箱の管理、炊事棟の定期的な清掃、クマの目撃情報が出たときの利用者への声かけなど、緊張感を保ちつつ、こまやかであたたかな対応に気づく場面が多々あり、事故後の危機対応は信頼できると身をもって感じた。

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