先代オーナーの白井令子さん(61・右端)含め、家族で知床へ旅行に行った時の一枚。孫同士も仲良し(2018年12月)
一面の銀世界。ゆるやかな丘陵地が連なる北海道網走郡大空町は、すっぽりと雪に覆われていた。
出歩く人はほとんどいない。その中で街道沿いの「セブン-イレブン東藻琴店」は、賑やかだった。スノータイヤを装着したトラックや車が、続々と駐車場に入ってくる。
「いらっしゃいませー」
従業員の声が、店の外まで響く。中へ入ると、数人の客が思い思いに売り場を見ていた。つい目を奪われたのは、高齢の男性が手にしていた買い物かごだ。大きな米袋に食パン、カップ麺、ドリンク、スナック菓子……豪快な買いっぷり。次に来た客も、その次に来た客も、どっさりと商品を買い込んで出ていった。
「近くにお店が少ないので、お客さま、みなさん、一度にたくさんお買い上げくださるんです」
オーナーの大和田勝則さん(38)は、そう話す。妻の宏美さん(38)は、「特にお酒やおつまみは、よく売れますよ」と教えてくれた。酒売り場に大容量タイプが目立つのも、鮭とば、酢いか、いかなんこつなど、珍味売り場の品ぞろえが充実しているのもニーズが高いためだ。
北海道・北見地区担当OFC(店舗経営相談員)、砂川佑介さん(39)によると「この店はふだんから地域の暮らしを支え、スーパーのような使われ方をされている」という。
21年前、最初に店をオープンさせたのは宏美さんの母、白井令子さん(61)だった。その後、店の契約更新の際に勝則さん・宏美さん夫妻へと経営をバトンタッチするわけだが、白井家は代々農家。ビート(甜菜)や小麦、芋、長芋など、さまざまな農作物を作ってきた。令子さんは言う。
「子どもたちが幼いころ、農業とあわせて家の隣の空き地に自動販売機を数台置いていたんです。すると、いろんなコンビニの方が『お店をやりませんか』と勧誘にこられるようになって。でも畑が忙しいし、断っていたんですが」
実は、昔から家族そろって“セブン-イレブンファン”だった。特にオリジナルのパンが大好き。
「セブン-イレブンの方が話しにこられた時は心が動きました。畑はお父さんたちに頑張ってもらって、店は私や娘たちでやろうって決まったんですよ」
と、令子さんは振り返る。当時、まだ高校生だった宏美さん、そして交際中だった勝則さんも、当時のことをよく覚えている。
「姉弟みんなで店を手伝っていました。周りは農家さんが多いので、繁忙期は畑までお弁当を持って行ったり、注文を取って来たり。忙しかったですね」
と、宏美さん。先代オーナーの令子さんは、地域の暮らしを熟知している。だから少しでも周囲の手助けになりたいと、配達をはじめ、お客さまの声に応じた商売になったのではと宏美さんは思う。
一方、勝則さんは、「結婚前は、店は忙しくて大変だなぁと、見ていただけなんですけど」と、頭をかいた。まさか自分が近い将来、店の経営に携わるとは、思ってもいなかったという。
左から東海林和滉さん(29)、横山歩さん(30)、杉澤美紀さん(21)、杉澤千春さん(23)、
田中佳小里さん(23)、小河淳弥さん(23)。従業員のチームワークもバッチリ
勝則さんが東藻琴店の2代目オーナーに就いたのは、2014年。二十歳で宏美さんと結婚、その後、3人の子どもの父親となり、車の整備工としてバリバリ働いていた時だ。家族みんなで店を切り盛りしてきたが、そろそろ「若い世代が中心になって店の経営に専念すべき」と考え家族全員で話し合った結果だった。
「次のオーナーは真面目で明るいカッチしかいない、そう思ったんです」
と、令子さん。「カッチ」とは、勝則さんの愛称だ。家族からも従業員からも「カッチ」、「カッチさん」と呼ばれる時点で、その“愛されキャラ”がわかる。人と接する商売人に欠かせない資質だ。
本人にとっては大きな転機だったと想像できる。だが、実のところは、いたって自然体だった。
「ずっと店で働いていたベテランの妻と一緒ですから、大丈夫かなと。よしやるかって」
店にあふれる明るさは、勝則さんのこのポジティブさが根にあるからなのかもしれない。しかし、さすがにオーナーとなって店に出た当初は苦労したという。
「オーナーになると同時に店舗を改装したんですけど、慣れない売り場で働くって難しいんですよ」
リニューアルした効果で来店客数が増え、忙しくなった。その中で、新しい売り場のレイアウトや品ぞろえといった基本を覚えるのに時間がかかったそうだ。
「どうすればお客さまにとっても、従業員さんにとっても快適な売り場にできるかなって、いろいろ考えましたね」
こだわったのは、売り場の真ん中に通路を設けたこと。「お年寄りのお客さまが商品を見て回る時、近道して歩けるように」という配慮だ。こうした心遣いは、従業員にも伝わっている。長年働く東海林和滉さん(29)は「この店は若い従業員が多いんですが、(オーナー)ご夫婦を慕って集まってきた感じ。チームワークがよくて、楽しいから辞められないんです」と、笑顔で話した。
初代オーナーの令子さん(右)の思いやりある店づくりを娘の宏美さんが引き継いでいる
従業員が元気よく働いているのは、勝則さんと宏美さん自身が、誰よりもアクティブだからだ。ふたりと話している最中、店に電話がよくかかってきた。電話の相手はお客さま。用件は決まって「配達してほしい」。宏美さんは言う。
勝則さん(右)と本部北海道・北見地区担当OFC・砂川佑介さん(39)。「砂川さんは何でも相談できる頼れる存在」(勝則さん)
「雪の中、車の運転が不得手な方もいらっしゃる。だからお客さまに言ってるんです。『ほしいものがあったら、いつでも電話してくださいね』って」
配達は、先代オーナーの時代から受け継いだ助け合い精神で、自然と当たり前になった。
「冬だけじゃない、年中、どこへでも行きますよ」
と、勝則さん。実際、季節によってお客さまのニーズは変化するという。
例えば春先は、農作物の種まきで多忙になる農家からの注文が増え、5~6月の花の季節は、近所の「ひがしもこと芝桜公園」で大規模な芝桜まつりが開催、飲食店から樽ビールといった大口注文が入る。
また夏や秋になると知床方面へ向かう釣りやドライブ客の買い物ポイントとして、店は混み合うそうだ。加えて「イベント会場へ弁当を何百個も届ける日もある」というから、広大な北の大地の商売は、人情とフットワークの軽さが大切だ。
2年ほど前から、地元の社会福祉法人大空町社会福祉協議会(以下、社協)と連携して、地域の高齢者の「見守り活動」にもなる弁当の配達も始めた。
社協が注文を取りまとめ、受注した店から週に2度、お届けサービス・セブンミールの弁当を高齢者宅へ届ける。
「本部の方から、地域と高齢者を支援する包括協定を結んだと聞いて、うちの店も何かできるんじゃないかと思っていたんです」
周囲に多くの高齢者が暮らしていると知っていた勝則さんと宏美さんは以前から、社協を通じて食事を届けるサービスができないかと考えていたそうだ。それがいざ依頼されると、改めて自分たちの店が地域の暮らしの一助になっているのだと、身が引き締まる思いがしたという。
「私たちが集金に回るんですけど、すっかりみなさんと仲良くなって。『あぁ、おばあちゃん、元気でよかった』なんて、こっちのほうがうれしくなりますね」
そう語る宏美さん。雪深い町で「届ける」という行動が果たす役割は大きい。
「大雪が降ろうが行きますから」
と、勝則さんは言った。
すっかり頼れるオーナー夫妻の顔になった勝則さんと宏美さん。しかし、これからの目標の話になると「うーん」と悩んだ。子どもたちは、店を継ぐと言ってくれているそうだが「それぞれ好きな道に進んで、幸せになってくれたらいい」と勝則さんは言う。さらに「人生、仕事がすべてじゃないですもんね」と、続けた。
言葉どおり、勝則さんたちは仕事のオンオフを大事にしている。「私たちが休まなきゃ、従業員さんも休めない」と、毎年、長期休暇を取る。その時、店は従業員に任すわけだが、任されたほうは張り切る。それが個々の能力を伸ばす。
「新しい従業員さんには『たくさん困ってください』と伝えています。困って初めて自分で考え、仕事を覚えるから」
従業員たちがのびのび働いているのは、こうした“先輩”の気負わない仕事観が影響しているのだろう。
「何か将来の目標を持つとしたら『ずっとこのまま、みんなと楽しく働きたい』っていうのが目標、だべ?」
心からの言葉に、勝則さんと宏美さんは顔を見合わせて笑った。
SHOP DATA
セブン-イレブン東藻琴店
住所
北海道網走郡大空町東藻琴49-16
特徴
2代目オーナー夫婦と従業員たちが、地域の暮らしを支える
アットホームな店だ