2018年度は地区の優秀店として表彰された。従業員、みんなの頑張りが認められたことが何よりうれしい
ふわっとコーヒー豆の豊かな香りが鼻をくすぐり、静かに新聞をめくる音が聞こえる。通勤ピークが過ぎた午前9時過ぎ。岐阜県の西部にある「セブン-イレブン山県市高木店」のイートインコーナーでは、60代らしき男性客が、セブンカフェを片手に新聞を読んでいた。
「いい天気になりましたね」
と、女性従業員が声をかけると、男性客は笑顔で返す。次々と店へやってくるお客さまたちも、常連さんのようだ。「いらっしゃいませ」と従業員が元気にあいさつすると、客の弾んだ声が上がった。
「あれ、おいしかったよ」
気さくな口調に場が和む。「よかったです。新商品が出たんですよ」と従業員が話し始めると、場は一層盛り上がる。本当にアットホームな店だ。コーヒーを飲みながら、つい長居をしたくなる気持ちがよくわかった。
「このお店は、お客さまと従業員さんとの距離がすごく近い。毎日、近所のみなさんがいらしてくださって、にぎやかですよ」
と、とびきりの笑顔で話してくれたのが長野真里加さん(37)だ。オーナーだと知って驚き、「姉に店長を任せています」と聞いて、また驚いた。
真里加さんと姉の長野春果さん(39)がセブン-イレブンに加盟したのは6年ほど前のこと。
「下の子が小学校に上がるころ、そろそろ勤めに出たいと思ったんです。母が小売業に興味を持っていたし、私自身、学生時代にコンビニでバイトをして楽しかった思い出があるので、コンビニを家族で始めてみるのもいいな、と考えていました」
だが当時、ふたりの子どもたちはまだ小学生。「働くなら近所」が、譲れない条件だった。そう都合よく、地元にコンビニがオープンする気配はない。就活を始めようとした矢先だった。毎日通るバイパス通りの田んぼの中に、「セブン-イレブンオーナー募集」の立て看板を見つけた。
「あっ!と思って、すぐに近所に住む姉を募集説明会に誘ったんです」
専業主婦だった春果さんも、一人息子が1歳になったタイミングだった。それに商売センスに長けた母が「商品の味はセブン-イレブンが一番いい」と、言っていたことも真里加さんを動かした。
「ふたりでセブン-イレブンをやってみようって妹が言うもんで、話を聞きに行ってみたら、トントントン……と話が進んで」
と、春果さんはうれしそうに当時を振り返る。言い出した真里加さんがオーナー、春果さんが店長と役割を決め、2014年1月31日、姉妹の夢が詰まったセブン-イレブン山県市高木店がオープンした。田んぼの代わりに現れたピカピカの店舗は、近隣住民たちの注目の的になった。
改めて店の周りを見渡すと、山間部から移り住んだ人が多いという新興住宅街。さらに目の前は市営バスが通る幹線道路と、往来が盛んな立地で商売の勝算はありそうだ。
だが店の「中身」が伴わなければ、お客さまは集まらない。そのプレッシャーからオープン当初、オーナーはつい頑張りすぎてしまう。でも真里加さんも、春果さんも冷静だった。
「私も姉も、社会に出たのは久しぶり。商売についてもイチから勉強しなければなりません。背伸びをせず、わからないことは聞く、できないことは助けてもらう、このスタンスで始めました」(真里加さん)
売り場づくりから販売計画まで、地区担当のOFC(店舗経営相談員)の知見を頼りに、何度も話し合った。
肝心の人繰りは、主婦の肩書が力を発揮した。「オーナーや店長にもお子さんがいるなら、私も」と、パートを志願する主婦が続々。中には近所の母親が「うちの子を使ってほしい」と、娘さんを連れてくるというケースもあった。さらに、お母さんたちが深夜に働くのは大変だろうと夜勤を買って出るシニア男性も。
「姉妹で切り盛りするセブン-イレブンがオープンしたよ」
そんな話が近隣主婦のネットワークで拡散されたのだろう。最終的にふたりで面接し、高校生から60代まで、幅広い年齢層の従業員約20人に、「仲間になっていただいた」(春果さん)そうだ。
オープン時から働き、従業員リーダーとして仲間から信頼を集める松島美和さん。
「常連の方が多くて毎日楽しいですよ」と笑った
話を聞いてみると、真里加さんがセブン-イレブンを始めた理由には、「お客さまに喜んで来ていただけるコンビニをつくりたい」という夢のほかに、「自分で店をやれば自由な働き方ができるのでは」という思いがあったという。
子どもに手がかからなくなったとはいえ、家庭は大事。正社員として再び働こうと思うと、やっぱり躊躇してしまう。
その点、オーナーになれば働き方はある程度、自分で決められる。定年もない。仕事と家庭、両立できるだろう、そう考えた。
「でも最初の1、2年は思いどおりにいかなくて。店を始めたことを後悔したこともあります」
すぐに職場のチームワークができるわけではない。雰囲気づくりは、まずオーナーや店長が率先して店に入り、模範となって動くしかない。昼夜問わず、店に出る日が続いた。
「夜、『ごめんね、店に行ってくるね』と、子どもたちに言って家を出る時、申し訳なくて。でも、一回も『行かないで』と言われたことがないんです。いつも『いってらっしゃい』と、送り出してくれました」
そう真里加さんはしみじみと振り返る。働く女性が増えた今でも、幼い子を持つ母親が社会とつながり続けることは容易じゃない。自分らしい働き方を、コンビニ経営に見いだした姉妹は、多くの女性に勇気を与えたのではないだろうか。
実際に、ふたりの奮闘を見ていた岐阜中央地区のOFC・岩城朋之さん(39)は、店の様子をこう評する。
「お母さん従業員さんたちが、戦力になっている店ですよ」
たわいのないやりとりからお客さまと打ち解け、子どもが受験だと聞けば夜食にいい商品をそろえたり、おじいちゃんの具合が悪いと知れば、栄養価の高い商品を紹介したりと、思いやりある接客を自然体でこなす。当然、周囲からの信頼は厚く、中には「明日から入院しますのでお知らせしておきます」と、電話をくれた常連の高齢客もいるほど。主婦力、恐るべしだ。
真里加さんや春果さんとほぼ同世代。仕事外ではプライベートな相談もするという小川美紀さんは「ふたりと出会えてよかった」と言う
「お客さまの対応もですが、従業員同士の助け合いが心強い。学校行事が重なる時期などは、子育てがひと段落した従業員さんが『いつでも任せて』とシフトに入ってくれます。本当にありがたい」
と、真里加さんも人生の先輩でもある従業員さんたちを頼りにし、みんなで時間をシェアしながら働いてきたという。そんな "肝っ玉かあさん"たちの頑張りは、若い従業員にも響いている。
急に穴が開いた夜勤のシフトに進んで入ったり、悪天候にもかかわらずおでんのチラシを近所に配り歩いたり、"仲間"を思って動いてくれる学生アルバイトたちが多い。その心根がうれしい。
日々、店長として従業員の教育に力を入れている春果さんは言う。
「店を始めて、人のやさしさとか思いやりとか、大切なものと出合えた気がします。ね、そうだよね?」
隣で聞いていた真里加さんは、にっこりとうなずいた。
ゼロからのスタートだった店の経営も早5年が過ぎた。学生たちは就職したり、結婚したりと、店を卒業していった者が多いが、"主婦メンバー"は、ほとんど変わっていない。
最近は「こんな売り場にしたい」などと、従業員のほうから積極的な提案が相次ぐようになった。
「自分たちで考えて店をつくっていくおもしろさがわかってきた。もっと自分たちらしい店にしていきたい」
と、真里加さんも春果さんも前向きだ。オープン時から、姉妹とともに店を盛り上げてきた従業員の松島美和さん(49)と小川美紀さん(45)も、団結してきた店で働くことに、とてもやりがいを感じている。
「もともと常連のお客さまが多い店なのですが、より親しみを持っていただけるような店にしていきたい」(松島さん)
「オーナー、店長、仲間と出会えて、人のために働きたいという気持ちが強くなりました」(小川さん)
思えば新店ゆえに、スタートラインはみんな同じだった。オーナーも店長もない。接客や清掃、売り場づくりといったコンビニの業務一つひとつを全員で学び、助け合い、成長してきた。
「今の私の役目は従業員さんが働きやすい環境を整えること。そうすれば、みんなお客さまにやさしくできる。どなたにとっても居心地のいい場所、そんな店でありたいんです」
そう話す真里加さんは、すっかりオーナーの貫禄だ。これからも、みんなで身の丈に合ったチャレンジを続けたい。
気づけば長男が、もう中学生だ。以前にも増して、弟や春果さんの子どもの面倒を見る姿がたくましい。それどころか「働いているお母さんがいい」と、店に立つ真里加さんを誇りに思ってくれている。その小さな心ひとつで、母はまた頑張れる。
「いらっしゃいませ!」
姉妹がそろった店内に、明るい声が響いていた。
SHOP DATA
セブン–イレブン山県市高木店
住所
岐阜県山県市高木1585-1
特徴
2014年1月31日オープン。
従業員たちの結束が固く常連客でにぎわうお店