移動販売「セブンあんしんお届け便」出発式での細山さん。大勢が詰めかけ盛大だった(2012年12月12日撮影)
どしゃぶりの雨。それでもセブン-イレブン広島大朝町店の駐車場には、多くの車が止まっていた。中国自動車道広島浜田線・大朝インターチェンジから近いという理由だけではなさそうだ。傘を広げて店に入るお客さまは、高齢の方が目立つ。
そこへ一台の軽トラックが入ってきた。車体には「セブンあんしんお届け便」の文字。荷台に約150種の商品を積んでお客さまのもとを訪ねる、セブン-イレブンの移動販売だ。
「私の店では、7年ほど前から移動販売に力を入れています。このあたりは買い物に困っておられる方が多いので」
と、オーナーの細山力生さん(41)。店が根を張る北広島町の人口は、約1万9千人(2015年・国勢調査)、その約4割が65歳以上と高齢化が進んでいる。
「自動車運転免許を返納するお年寄りの方も多く、移動の足がなくて、みなさん我々が来るのを待ってくれている。雨が降ろうが雪になろうが行きますよ」
細山さんはそう言うと、従業員の西屋徳さん(46)とともに、大雨にもかかわらず車両に商品を積み始めた。
細山さんがオーナーになったのは、20歳の時だ。家庭内の諸事情により、突然、セブン-イレブンのオーナーの仕事を父親から受け継いだ。
「福岡の大学を中退して、急きょ地元へ戻ってきたんですが、不安も一杯で。でもやるからには、一番の店になってやる!と思っていました」
常に完璧を目指し、一人で仕事を抱えた。従業員に感謝する心の余裕もなかった。
「職場の雰囲気があまりよくなくて、当初のパートさんたちには申し訳なかった。いい店にしたいという思いは同じなのに」
引き継いだ事業には負債もあった。そのため、「必死になりすぎていたんでしょうね」と、細山さんは振り返る。ワンマンだった店の経営が変わったのは、2006年、2号店のセブン-イレブン広島千代田本地店をオープンさせたあとだ。
「私は2号店につきっきりでした。たまに1号店に行ってみると、パートさんたちが明るく接客して店を見事に運営してくれていたんですよ。はっとしました」
店が何事もなく日々経営できているのは自分の力じゃない。従業員やパートさんたち、多くの人の助けがあってこそだ。悟って以来、従業員一人ひとりと向き合う時間が多くなり、自分自身、仕事が楽しくなった。客足も一層伸びた。すると今度は、違った意欲が出てきたという。
「お客さまをもっと喜ばせたいし、従業員やパートさんたちにとって、もっと働きやすい店にしたい。考えているだけではいけん、やってみないと」
お客さまのお宅へ配達を始めたのも、老朽化した店の建て替えを計画したのも、たくさんの笑顔が見たいからだ。建前じゃない。人の情にふれてきた細山さんは、商売の本質を知っている。「人を大切にしてこそ、お客さま・従業員・店、三方の利になる」。実際、店の売り上げは上がってきた。
地域一番の店づくりに邁進していた12年、本部から「移動販売を始めてみませんか」と、声をかけられた。
セブン-イレブンは11年5月、茨城県の店舗を皮切りに移動販売「セブンあんしんお届け便」の運用をスタートさせた。少子高齢化や過疎化、商店の減少など、社会環境の変化で買い物に不便を感じているお客さまをサポートしようと動き出したのだ。ちなみに現在、全国で96台の移動販売車が稼働している(19年9月末)。
細山さんは、ためらうことなく「やります」と答えたという。以前から地元を配達して回り、地域が抱える課題に問題意識を持っていたからだ。
「09年ごろ『配達します』とチラシを打ち、最初に電話してきてくださったお客さまのことを今も覚えているんです」
注文は、80歳代くらいの一人暮らしの女性からだった。「トイレの電気がつかない。電球がほしい。そちらにありますか?」。すぐに届けに向かった。到着すると「脚立に登れないから、つけてもらえないか」と言う。快く電球をつけ替えてあげると「ありがとう、ありがとう」と、感謝された。
「お客さまのお役に立ててよかった。一方で『セブン-イレブンに行ったことがない』というお年寄りが、思いのほか多くいらっしゃるんだと気づいたんです」
店にいるだけではわからなかった。お客さまの暮らしの中にある小さな不便、「コンビニは若者が行く店」という昔のイメージが残る現実。移動販売をして、困っている人を減らしたい。そして「セブン-イレブンって便利だね」「セブン-イレブンの商品っておいしいね」──そんな声を増やしたい。細山さんが「セブンあんしんお届け便」を始めようと決めたのは、そんな思いからだった。
町を走ると、常連客から「うちにも寄って」とよく声がかかる
そして今。経営するセブン-イレブンは「広島千代田春木店」(14年オープン)、「広島加計店」(18年同)が増え、4店舗になった。1号店を拠点に「セブンあんしんお届け便」は、月曜~土曜まで町内を回る。
「曜日によって運行ルートを変えています。僕は毎週水曜日の担当で朝から夕方まで、100キロくらい走りますよ。1日35~40軒くらい回るかな」
大朝エリアから過疎化の進む芸北エリアまで、北広島町を横断するようなコースを一人で行く。以前は事業所の前に車両を止めて商売をすることが多かったが、最近は個人宅を訪問する機会が増えた。一人暮らしの高齢者から、「家まで来てほしい」と要望が相次いだからだ。
「こんにちはー」
玄関先に車両を止めて、"店開き"すると「来週も来てね」となり、行くと「お隣さんも、寄ってほしいと言ってたよ」と話が広がり、そのお宅へ声をかけてみると「毎週来てほしい」と言われ……一軒また一軒と、口コミで利用客の輪が広がっていったという。
荷台を開けると、中にはおにぎり、サンドイッチ、菓子、デザート等、商品がぎっしり。冷蔵庫もあるので、チルド販売の麺類なども運べる。まるでセブン-イレブンの売り場がやってきたような光景に、テンションが上がる。商品を「さわって選べる」のが移動販売の魅力だ。そして細山さんの軽妙なトーク、これがまた楽しい。
「お母さん、今朝寒かったけぇ、大丈夫やった?」
細山さんは、60歳以上のお客さまには親しみを込めて「お母さん」「お父さん」と声をかける。ニコニコと「お母さん、海老が好きやいうとったけぇ、今日はエビフライをのせて来たよ」と言われると、その気遣いに「ありがとね」と、客のほうが返してしまう。細山さんは、客からもらう「ありがとう」が何よりうれしい。
「正直言うと、オーナーが移動販売をしなくてもいいんですよ。でも、お客さまのことを考えて直にふれあって、喜んでもらえたり、感謝されたり──これが商売の原点でしょ。私は商売人。その原点を忘れたくないから移動販売を続けるんです」
細山さんには熱烈な"ファン"がついており、回る軒数が多いため、1軒につき5分も車両を止めていられない。でも「よそで食パンは買わんかったよ」「卵は毎週、細山さんから買うよ」などと言ってくれる、その思いには応えたい。
運転中、来週は新商品を積んできてあげよう、店の従業員がおいしいと言っていたデザートをおすすめしてみようなどと、考えるのはお客さまのことばかりだ。
昼食時は事業所や高校に出向くことも。「来てくれて助かります」と、北広島役場大朝支所の職員さん。
細山さんのトークに笑みがこぼれた
移動販売だけでなく、店を磨くことも忘れない。3年前、1号店の広島大朝町店を建て替え、少しだけ場所を移した。「北広島町の中でも人口が少なく、高齢者が多い」という大朝エリアだからこそ、お客さまが買い物しやすいように、駐車場を広くし、商品の品ぞろえも増やした。
かごいっぱいの品々を買っていた高齢の女性は車を運転し、わざわざ来たという。細山さんを見るなり「会いにきたよ」と声をあげ、「いつもありがとうねー」と、細山さんも気さくに応えた。店内を見渡すと、他の従業員も高齢のお客さまと会話している。売り場が町の寄り合い所のようだ。ほっこりした雰囲気が漂っていた。
しかし20歳で商売を始め、ここまで地域に愛される店を4店舗もつくるとは。商才があるのか、何か秘策があったのか。
「商才なんていらんのです。世のために尽くせば結果はついてくる。人生、因果応報ですよ。良いことをしていれば良いことが返ってくるし、逆もそう。例えば問題になっているコンビニの人手不足も、オーナーが周りのせいにしちゃいけんでしょ」
と、ぴしゃり。この潔い姿勢に、客も従業員もついていくのだろう。最後に新たな目標は?と尋ねると、「日本一の店員になる!」と言う。オーナーの信念は、店に色濃く表れる。細山さんは本気だ。
SHOP DATA
セブン–イレブン広島大朝町店
住所
広島県山県郡北広島町新庄2300-1
特徴
1991年5月17日オープン。
配達や移動販売にも力を入れ、地域の暮らしを支えている