家族旅行の思い出の一枚。吉澤さんの携帯電話の待ち受け画面にもなっている(2017年夏・新潟県で撮影)
凛と澄んだ空気が心地いい。長野県北部、標高1917メートルの飯縄山の麓に広がる飯綱町では、あちこちの畑でリンゴの収穫が行われていた。
町の真ん中を走る国道沿いの「セブン-イレブン三水普光寺店」に入ると、見慣れた売り場に、リンゴや野菜を置く棚が設けられている。赤いサンふじ、黄色いシナノゴールドなど、地元で人気の品種が並ぶ。名産品をコンビニで買えるとは!
「店から地元の良さを発信していきたい。だから農家さんや企業さんなどに『うちで売りますよ』って、声をかけているんです」
と、オーナーの吉澤裕昭さん(46)。店長時代を含めると、セブン-イレブンで働いて20年以上経つ。「セブン-イレブンは地域に貢献できる仕事だ」と、実感してきたという。
吉澤さんがセブン-イレブンで働き始めたのは、23歳の時。フリーターを続けてきたが、当時から交際していた妻・奉子さん(47)との将来を考え、定職に就こうと考えた。そのタイミングに、縁あって就職した店が今、オーナーを務める「三水普光寺店」だ。
「当時はお酒やたばこの販売免許がなく、売り上げが非常に厳しかった。どうすれば売り上げを上げることができるか、あれこれ対策を練りましたね」
勤務して5年で店長になった吉澤さんは、従業員のチーム力は悪くないのに、なぜ利益が思うように伸びないのか悩む日々だったという。酒類やたばこの販売もできるようになった。それでも売り上げは改善しない。売り場を変えても、品ぞろえを充実させても、あまり手ごたえは得られない。何をどうすればいいのか──。
「ある時、外へ学びに出てみようと、松本まで本部主催のレジ接客研修を受けに行ったんです。その時のテーマが『おじぎ』で、これをやってみよう!と思ったんですね」
そこで学んだおじぎの作法は、頭をペコリと下げるカジュアルなものではなかった。体全体を使い、曲げるのは腰だけ。今でこそ、接客レベルの高いサービス業の店で見られるスタイルだが、当時、コンビニの店員が、そこまで丁寧なおじぎをするのは珍しかった。だからこそ、吉澤さんはチャレンジしてみたかったという。
従業員の中から数人に研修に参加してもらい、高い接客意識を持つメンバーを増やして“おじぎ作戦”をスタートした。すると他の従業員も刺激されて、みんなが丁寧におじぎをするようになり、おじぎができれば次はあいさつ、その次は笑顔と、吉澤さんは店のみんなの士気が途絶えないよう目標をこまめに替えて、接客レベルを上げていった。
続けていくうち店の雰囲気の変化に比例して、来店数も増えたという。想像するに「あの店、店員さんがいいね」と、近隣で評判になったのではないだろうか。店の売り上げは、しだいに改善していった。
接客レベルを上げるかたわら、力を入れたのが「配達」だった。
「売り上げをつくるには、やはりお客さまを待っているだけじゃ難しい。店のほうから出向こうと、以前から商品を届けるサービスをしてきました。それが2012年ごろ、本部が『セブンミール』の仕組みを変えて推進したタイミングで、私のやるぞ!というスイッチが入ったんです」
セブンミールとはセブン-イレブンの商品のほか、日替わり弁当や総菜などが注文できる配達サービス(千円以上の注文から)。全国で高齢者や育児中の主婦、事業所など、さまざまな利用ケースがある。ただ吉澤さんがやる気になった背景には、あるお客さまの言葉があった。
お客さまは60代くらいの一人暮らしの男性。昔から弁当などを毎週注文してくれた常連さんだ。ある日、多忙になった吉澤さんが「店の事情で届けるのが難しくなるかもしれません」と、率直に伝えたところ、「困る。私が配達して回ってもいいからやめないでほしい」と言われたという。
「お客さまにやってもらうなんてとんでもない、とすぐお断りしましたが、それほど普段の『食』にお困りの方が、地域にいるのかと、はっとしました」
意識して周囲を回ると、一人暮らしの高齢男性の中には、栄養バランスの偏った食事をしているお客さまが多いと気づいた。「一人の食事は寂しい」ともらす方も。また、加工工場や事業所も困っていた。社員食堂や飲食店が近くにないため、毎日の食事をどうするかが悩ましい。
「セブンミールなら管理栄養士さんが監修した食をお届けできる。こんないいサービスを、店の都合でやめるわけにはいきませんよ」
一緒に働く奉子さんも賛同して、「お客さまのために、セブンミールに力を入れよう」と取り組んだ。盛況だった時は、月に600件以上も配達し、全国9位の配達売り上げを記録した。
従業員の小柳やえ子さん(62)のおすすめは、地区限定商品・花の細巻寿司
そして15年、吉澤さんは先代のオーナーから店を引き継ぐ形で独立。店長を卒業し、オーナーになった。同じ店で働くのだから、はたから見れば店長でもオーナーでも、さほど変わらないのではと思ってしまうが、吉澤さんは「視点がまったく変わった」と言う。例えば店長時代は、こんな二択で悩んだことがある。
「売り上げを伸ばすこと、いい店をつくること、どっちが大切なのか?」
店長の時は、迷いに迷って「売り上げ」を重視した。でもオーナーである今は、迷わず「いい店をつくることが大事」と言う。
「お客さまにとって、また従業員さんにとって、いかにいい店をつくることができるか。もうそれしか考えられません」
オーナーになってまもなく、過酷な試練を経験したことが商売の糧になった。17年8月に2号店「セブン-イレブン中野市七瀬店」をオープン。開けたはいいが、深刻な人手不足に陥り、自身も夜勤に入りつつ1号店から従業員を送り込むなどして、どうにかピンチをしのいだという。
「今は、従業員さんに恵まれて先が楽しみな店に育ってきましたが、当時は本当に苦しかった。この仕事、何より『人』が大事だと、改めて学んだいい経験になったと思います」
オーナーになって、気持ちも変化した。
「地元で長く商売させていただいている店を通じて、何か地域に還元したいという思いが強くなってきました」
改めて三水普光寺店の売り場を見ると、冒頭でふれた農産物ばかりか、売り場のあちこちに「長野産」の商品が並べられていた。パンや味噌、お菓子など、従業員さんから「おいしいですよ」とおすすめされると、つい買ってしまいたくなる。近所に暮らすパートさんの目に、間違いはないのだから。
名産品を取り扱うようになったのは、近隣の先輩オーナーたちの影響があった。
「先輩オーナーに飯綱町で作ったリンゴチップスをおみやげに持っていったら、すぐ『おいしいな、店で売れないか』と反応された。オーナーというものは、こうしていつも感性鋭く、地元の良さに目を向けていないとだめなんだと感服しました」
セブン-イレブンのオリジナル商品で新しいおいしさを常に提供しながら、地元のモノを売り、その魅力をお客さまに紹介することが町の経済の活性化につながる。
「先輩オーナーや、地元の方々との出会いから、いい刺激をもらっています。コンビニの経営は、人手不足などでこれからますます大変になるけど、やりたいことや夢が実現できる仕事なんじゃないかな」
週に数回、商品を配達して回る伊藤愛美さん(40)。
「お客さまがとても喜んでくださるので、やりがいがあります」
自ら出向いて人と会い、地域に密着した商売に力を入れていると、仕事の幅が広がってきたという。
「待っているお客さまがいる限り、行かなくちゃね」
と、配達から帰ってきた奉子さんは、忙しくも楽しそうだ。配達サービスは「件数が減ってきたので、利益がたくさん出るわけじゃない」そうだが、「地域のニーズに応えるのが私たちの仕事」と、吉澤さん夫妻は顔を見合わせた。今後はセブン-イレブンの仕事のやりがいを多くの人に伝え、従業員を増やしたい。
「いや、増やすだけでなく、働く場所として満足度をあげて、従業員さんに長く勤めていただける店にしていきたい」
と、吉澤さんは言い直す。もっと言えば、将来、店から独立する者が出てもいい。だが「オーナーは、苦労する覚悟がないと務まらない」と、安易に人に勧められない。「まだまだ私が頑張らないと」と吉澤さんが背筋を伸ばせば、横から奉子さんが「みんなで、ね」と、頑張りすぎる夫をフォローした。生まれ育った地元を良くしていきたい、思いはひとつだ。
SHOP DATA
セブン-イレブン三水普光寺店
住所
長野県上水内郡飯綱町大字普光寺968-4
特徴
2015年5月29日オープン。
お届けサービス「セブンミール」に力を入れる。
17年8月に2号店「セブン-イレブン中野市七瀬店」を開店