新婚旅行の最終日、ホテルを出発する直前の写真(1991年10月17日、ハワイで撮影)
雨が降る平日の午後12時30分。和歌山県道が交差する角地に立つ、「セブン-イレブン紀の川北勢田店」の駐車場は、車であふれていた。
店に入ると、凍える外と雰囲気は一変。「いらっしゃいませ」と、迎えてくれた従業員さんたちが温かい。そしてとても賑やかだ。オーナーの中前美枝さん(48)が「それ、おいしいんですよ」と常連客に話しかけ、レジに立つ長女で店長の望さん(27)が、カウンターの揚げ物をおすすめしている。
「店の従業員さん、みんな、お客さんとようしゃべるんです。楽しくて、私も毎日売り場に出ているんですよ」
と、美枝さん。一見してオーナーとは気づかなかった。美枝さんにそう告げると「よう言われるんです」と、照れた。
地元の酒屋へ嫁いだ美枝さん、「商売の経験はまったくなかった」そうだ。家業を手伝っているうち、接客の楽しさを実感するように。
「ある時、セブン-イレブンの本部の方が加盟しませんか?と酒屋に来られたんですけど、当時は3人の娘がまだ小さかったんで断りました。でも、そのうちコンビニの経営に興味が出てきたんです」
個人商店の経営が厳しさを増す中、コンビニは集客力が高く、話題になることが多かった。気にならないはずはない。だが、コンビニ経営に親族は大反対、美枝さんも無理強いするつもりはなかった。それが、たまたまセブン-イレブンの募集説明会をのぞいてみて、やる気になったという。
「個人の店では難しい大量の仕入れもコンビニならしやすい。それにセブン-イレブンは商品がいいし、キャンペーンなどの企画力もある。そんなところに強く引かれたんです」
説得を試みるが、なかなか理解は得られなかった。唯一、美枝さんの背中を押したのは、夫の和也さんだった。
「やりたければやったらええよ」
その言葉を励みに、夫婦で加盟。2011年2月、セブン-イレブン紀の川北勢田店はオープンした。当時の様子を美枝さんはこう振り返る。
「セブン-イレブンを出せたことがうれしくて。当時のことはあまり覚えてないくらい、夢中やったんです」
ところが、思いもよらない出来事が起きてしまう。開店およそ10カ月後、店の経営が軌道に乗り始めた矢先、オーナーとして店を切り盛りしていた和也さんが急逝した。
「まさか、お父さんがおらんようになるなんて──」
呆然とした。だが、無情にも時は止まらない。店をやめるか、それとも続けるか。“これから”を決めなくてはならなかった。当時、望さんは看護学生として遠方で暮らしており、次女は高校生、末っ子の三女はまだ中学生。
「子どもたちのために」
美枝さんは、オーナーの職を継ぎ、店をやっていこうと決めた。
あまりのことに、心情を思いはかることさえはばかられるが、美枝さんは気丈にこう言う。
「あの時は、なんとかこれから生活してかなあかんっていう一心でした。周りの支えがあって、頑張ってこれたんやって思います」
看護師の道に進むよりも「和歌山に戻って店を手伝う」と決めた望さん、オープン時から共に働き、美枝さんのよき理解者であるマネジャーの道上貴子さん、従業員たち、店を案じてさまざまなフォローをしてくれた本部の担当者……。たくさんの人たちの気持ちがひとつになって、紀の川北勢田店を動かしていたという。必死だった。
「発注も何もかも、それまでずっとお父さん任せやったから、ゼロから勉強したんです」
従業員と一緒になって、業務を覚えるために売り場に出続けた。一日の終わりに、発注作業をするのを習慣にしていたが「つい、居眠りしてしもて」、誤った数字を入力してしまい、売り場に商品が入り切らないほどになったことはしょっちゅう。
「あー、どないしよう!と慌てるんやけど、売り方を工夫して従業員さんと頑張れば、完売することもあって。失敗は成功のもとですよ」
そう美枝さんが話すと、横から「間違ったらあかんやん」と、すかさず望さんがツッコむ。すると、その横から道上さんが「気のいいオーナーと、ビシッと締める店長。親子でええコンビやわ」と、会話の輪に入ってくる。これまた、いいチームだ。
右から従業員の堀田楓さん、井上千寿さん、オーナーの美枝さん。
店の信条「日々笑顔」のとおり、明るい職場だ
店を守ることを決めた美枝さん、先陣を切って売り場に立った原動力は「子どもたちを育て上げる」という母の気持ち。そして、酒屋時代から身についた「お客さまのために」という商売人の姿勢だ。
「ずっとお客さまを見てきたから、何を求めておられるかがわかるようになってきて。つい、おすすめしたくなるんです」
店まで来てくださったと思うと、接客する口調に力が入る。美枝さんの思いが伝わるから、客も満足して買ってゆく。そうした両親を見て育った望さんの販売センスは、言わずもがなだ。
「商売に対する思いが熱い。この店は従業員さんたちと協力して、売り上げを伸ばす力が素晴らしいんです」
と、和歌山地区担当のOFC(店舗経営相談員)の岡田健太さんも話す。
従業員の教育係でもある道上さんは、「オーナーや望さんを見ていたら、今、何を売るべきかがわかるから働きやすいのではないでしょうか」と、店の強さを分析する。
何を売るべきか──。美枝さんと望さんは、シンプルに「新商品を徹底的に売る」と決めている。当然のことのように思えるが、「徹底的」の加減がハンパではない。
例えば数年前のこと。和歌山地区で「焼き鳥」が先行販売されると、美枝さんらは即座に動いた。早朝6時から焼き鳥をケースにそろえ、「いかがですかー」「新商品です。すごくおいしいですよ」などと一日中、声をあげた。オーナーや店長が声を張り上げているのだから、自然と従業員も続く。
率先垂範だけではなかった。全従業員に「売っていこう」の思いが伝わるよう、売り場の後ろの事務所に手書きの貼り紙を貼った。
「焼き鳥のことだけ考えてください」
みんなの“販促エンジン”がかかったことは言うまでもない。その年、焼き鳥で地域トップの販売数を記録。同時に、従業員の士気が上がっていった。
オープン時からオーナーの右腕として働くマネジャーの道上貴子さん。「私も店が好き。最後までみんなと働くつもり」と言う
やるなら地域一番店を目指す──みんなで団結して結果を出している店の中を改めて見渡すと、圧倒的に女性従業員が多い。
「下は16歳から上は63歳までほぼ女性。特にベテラン従業員さんはやり手が多いから、心強いんですよ」
と、美枝さん。今どき家事の役割に性差はないが、母として、妻として家庭を切り盛りしている“関西のおかん”の機転の良さは侮れない。お客さまのニーズを察知し、すばやく対応。トーク力があるので、誰とでも仲良くなってしまう。店に入って感じた温かさは、彼女たちのパワーのたまものなのだろう。
一方で、不思議でもある。同性ばかりの職場は、統率が取りにくいと言われることがある。その心配を、店からはみじんも感じない。
「オーナーがやさしい人やから、チームワークは抜群なんですよ」
と、道上さん。美枝さんは自他ともに認める“気ぃ使い(気配り上手)”だそうだ。ざっくり言うと、こんなふう。
「仕事を頑張った人や、お祝い事があった人に、ちょっとした贈り物をするのが好きなんです。こないだは、リップクリームをあげました」
そう美枝さんは、楽しそうに話す。現に「私、オーナーから『よう頑張ったね』ってリップをもらいました」という従業員があちこちに。
「お母さんは甘すぎる!」と、望さんの愛あるツッコミが再び炸裂したが「ええやん、気持ちや」と、美枝さんは譲らない。
長年働いているというパートの坂下亮子さんと上野美智代さんは、「オーナーが私らをちゃんと見ていてくれるから、私らも店のために頑張ろうって思う」「そうそう、ほんまに」と、身を乗り出して語った。
本音を明かすと、前オーナーの亡きあと、店の方たちは、どんな苦労を乗り越えてきたのだろうと終始胸が痛かった。だが、店の居心地が良すぎるため、気づけばみんなで笑っていた。
最後に「将来の夢は?」と、美枝さんに尋ねると「今のままがいい」と言う。
「店を増やしたいとか、大きなことは考えてないんです。娘の代になっても、店を楽しく続けていけたら十分。そうやんな?」
と、美枝さんが望さんと道上さんに話を振る。すると、「そやな」とふたりとも即答した。
「店が好きやから、年を取っても働きたい。ずっと、ずーーっと」
美枝さんが両手を広げて力説すると、みんな、この日一番の笑顔を見せた。
SHOP DATA
セブン-イレブン紀の川北勢田店
住所
和歌山県紀の川市北勢田190
特徴
2011年2月25日オープン。
京奈和自動車道のインターチェンジからも近い街道立地。
オーナーや店長をはじめ、女性従業員のパワーが光る