座談会の司会進行を務めたフリーアナウンサーの小島奈津子さん。自身の父親が血液の希少がんと診断されたのを機に、難病と闘う患者や家族の苦労を知ったという。
座談会の司会進行を務めたフリーアナウンサーの小島奈津子さん。自身の父親が血液の希少がんと診断されたのを機に、難病と闘う患者や家族の苦労を知ったという。

 全身の筋力が低下する難病「重症筋無力症」(Myasthenia Gravis、略称「MG」)。その症状については、詳しく知らない人のほうが多いのではないだろうか。だからこそ、誤解を受けることもあるなど、MG患者には特有の苦労があるという。
フリーアナウンサーの小島奈津子さんを司会に、MG治療に尽力する総合花巻病院脳神経内科部長の槍沢(うつぎさわ)公明先生、一般社団法人「全国筋無力症友の会」代表理事の山崎洋一さん、MG患者で声優の野下真歩さんが、患者さんの置かれている状況や治療の課題について話し合った。

■全身のあらゆる筋肉に影響が及ぶ自己免疫疾患

小島:重症筋無力症(以下、MG)は、まだ広く知られていない疾患だと思います。どのような病気なのでしょうか。

槍沢:ひと言でいえば、神経と骨格筋のつなぎ目である神経筋接合部の伝達がうまくいかなくなって、骨格筋の筋力低下が起こる病気です。難病法が定める国の指定難病で、患者さんは約3万人と推計されています(2018年の全国疫学調査から)。

MGについて正しく知るために、まず、筋肉が動く仕組みを説明しておきましょう。神経筋接合部では神経と筋肉が直接つながっているわけではなく、隙間が存在します。脳が体を動かそうと命令を発すると、脊髄を経て末梢神経に伝わり、アセチルコリンという物質が神経と筋肉の隙間に放出されます。筋肉側には「アセチルコリン受容体」があり、ここでアセチルコリンが受容されると、筋肉を収縮させる命令が伝わり、これによって筋肉の収縮が起きるという仕組みです。

しかしMGは多くの場合、アセチルコリン受容体が機能不全になったり、機能する受容体の数が減ったりして、神経筋接合部の伝達がうまくいかなくなってしまうのです。

小島:アセチルコリン受容体の機能が働かなくなってしまうのは、なぜでしょうか。

槍沢:私たちの体には、細菌やウイルスなど外から入ってくる有害なものに対して免疫系が抗体を作って体を守る働きが備わっていますが、何らかの原因で免疫の異常が起こると、自分の細胞や構成するタンパクを敵だとみなす抗体が作られてしまいます。これを自己抗体といい、自己抗体によって起きる病気を自己免疫疾患といいます。

MGの場合は、自分の体を構成するアセチルコリン受容体に対して間違った抗体が作られており、アセチルコリン受容体の機能低下や破壊が生じている状態なのです。ただ、そのような自己抗体が作られてしまう原因については、まだ不明な点が多く、現時点ではこの病気を予防したり、完治したりすることは難しいのが実情です。

小島:MGには、どのような症状があるのでしょうか。

槍沢:筋肉を繰り返し使っているうちに、筋肉が疲れて力が入らなくなる。これが大きな特徴です。そのため、朝起きたての時よりも夕方から夜にかけて症状が悪化しやすくなる「日内変動」をはじめ、症状の波があり、個人差も大きい。

また、あらゆる骨格筋に影響が及ぶため、体の様々な部位に症状が出てきます。ものが二重に見える「複視」や、まぶたが下がる「眼瞼下垂(がんけんかすい)」など、目やまぶたのみに影響が及ぶ眼筋型MGは約20%。手足やノドなど目以外の全身にも及ぶ全身型MGは約80%。全身型の場合は、手足や体幹筋力の低下によって姿勢を保ったり、シャンプーの時に手を上げっぱなしの状態にしたりするのもつらいこともありますし、食事中にむせやすくなる「嚥下(えんげ)障害」や、ノドの筋肉が機能せずに声が不明瞭になったり、呂律がまわらなくなったりする「構音障害」が見られることもあります。

 公益財団法人 総合花巻病院 脳神経内科部長槍沢公明先生長年にわたり、MG患者の診療に注力。日本神経学会「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」作成委員会副委員長を務める。
公益財団法人 総合花巻病院 脳神経内科部長
槍沢公明先生
長年にわたり、MG患者の診療に注力。日本神経学会「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」作成委員会副委員長を務める。

■20までの数字を数えるのもつらいほどの構音障害

小島:様々な症状があるのですね。声優の野下真歩さんは、2018年にMGの診断を受けたそうですが、最初はどのような症状で受診されたのですか。

野下:受診の1年ほど前から体調を崩しやすくなり、さらに声が鼻に抜けるような感じが続いて、仕事柄とても気になり始めたんです。耳鼻科などを受診したのですが、「アレルギーでは?」という診断で、治療しても改善しなくて……。そのうちに、体の他の部位も動かしにくくなっているのに気づいて脳神経内科を受診し、MGの診断を受けました。

その後、4カ月程度の入院を経て退院。今も、症状が悪化したら入院して集中的に治療し、体調が良い時は2~3カ月に一度のペースで通院しながら、仕事を続けています。

小島:日常生活で大変だと感じるのは、どのようなことですか?

野下:私の場合は特に構音障害が重く、1から20までの数字を数えようとしても途中で話す力がなくなってしまうほどでした。それは仕事柄、致命的で、「二度と声優の仕事には戻れないのでは」と絶望的な気持ちになったこともあります。

また、まぶたが下がったり、顔の筋肉が動かしづらかったりするなど、見た目の変化もつらかったですね。治療で免疫抑制剤を飲むため、新型コロナウイルス感染症をはじめ感染症にはかなり気を使うといったこともあります。

東京・岩手・秋田をつなぎ、オンラインで行われた座談会。距離を超えて活発に意見が交わされ、互いに共感し合ったり新たな発見を得たりするなど、有意義な時間となった。
東京・岩手・秋田をつなぎ、オンラインで行われた座談会。距離を超えて活発に意見が交わされ、互いに共感し合ったり新たな発見を得たりするなど、有意義な時間となった。

■家族からでさえ「怠けている」と誤解されることも

小島:山崎さんは一般社団法人「全国筋無力症友の会」の代表理事を務めていらっしゃいますが、会員の方々からはどのような悩みが聞かれますか?

山崎:症状による肉体的、精神的な負担はもちろんですが、経済的な負担もあります。まず、医療費の負担が大きい。指定難病の受給者に認定されれば医療費の一部助成が受けられますが、認定を受けられないMG患者もたくさんいます。

また、MGに詳しい医師がいる病院はどこにでもあるわけではないので、何十キロもの道のりを通院している患者も多くいます。そのため電車代、タクシー代などの交通費も無視できません。加えて、就労に関する悩みも多く聞かれます。症状が安定せずに仕事を辞めざるを得なかったり、求人に応募しても病名を話したら採用してもらえなかったり、という人もいます。

障がい者の法定雇用率の算入にあたり難病患者は対象になっていないため、雇用する側が難病患者の採用に関心が低く、能力や意欲があってもMG患者の就労はなかなか進んでいないのが実情なのです。

槍沢:先ほどお話ししたように、MGは日内変動をはじめ、症状の変化が大きい病気です。「昨日はできたことが今日はできない」ということが頻繁に起きるため、職場のみならず、家族や友人からも「怠けているのではないか」と誤解されるなど、精神的にもつらい思いをしている患者さんがたくさんいるのです。

小島:MGへの理解が社会に広がっていないことが、患者さんの負担を増大させている側面があるのですね。

山崎:そのため友の会では、患者自身が病気を正しく知るための活動だけでなく、病気を克服する社会的な条件を作り出すための国や自治体に対しての要望活動も行っています。また、講演会や相談会の開催をはじめ、会員同士が情報交換や交流を図れる場も設けています。

小島:悩みや経験を共有できる仲間がいるのは、心強いですよね。さきほど、MGは完治が難しいというお話がありましたが、症状を緩和するための治療法はあるのでしょうか。

フリーアナウンサー小島奈津子さん1992年フジテレビ入社。2002年に退社後は、フリーアナウンサーとして活躍。「噂の!東京マガジン」(BS-TBS)などにレギュラー出演中。
フリーアナウンサー
小島奈津子さん
1992年フジテレビ入社。2002年に退社後は、フリーアナウンサーとして活躍。「噂の!東京マガジン」(BS-TBS)などにレギュラー出演中。

槍沢:基本的には、免疫に作用する治療を行うことになります。約50年前にMGが自己免疫疾患だと判明したのに伴い、高用量経口ステロイド療法が普及しました。これにより、重症例や死亡例は大幅に減少しましたが、経口ステロイドを大量かつ長い期間服用することで、様々な副作用が生じ、患者さんのQOLを悪化させていることが分かりました。

そのため現在の診療ガイドラインでは、漫然とステロイド投与を行うのではなく、なるべく早く十分なQOLが担保できる状態にすることを目指しています。

現在の代表的な治療法は、「血液浄化療法」、自己抗体の作用を減弱させる「免疫グロブリン静注療法」、ステロイドの大量点滴注射を短期間(1日から3日間)のみ行う「ステロイドパルス療法」の三つです。最近では、免疫系疾患のカギとなるような分子をピンポイントでたたく新薬も使われ始めており、今後、治療の選択肢はさらに広がっていくと期待しています。

■日々の記録をつけて、医師とスムーズなコミュニケーションを

小島:治療の改善や選択肢の広がりがある一方で、課題だと感じていることはありますか?

槍沢:「アンメット・メディカル・ニーズ」といって、患者さんの要求や満足度が満たされていないケースがあることです。たとえば患者さんは、症状や薬の副作用で困っていてQOLが不十分であると感じているにもかかわらず、それを主治医が把握できないまま治療を続ける……という状況では、適切な治療目標の設定は難しいのが実情です。

小島:野下さんは、主治医の先生との認識のずれを感じたことはありますか。

野下:複視などの症状は見た目では客観的に判断できないため、自分が感じているつらさのレベルがきちんと伝わっているのか不安に感じることはありますね。

声優野下真歩さんMG治療を続けながら声優や役者、ラジオパーソナリティーとして活躍。ブログでMGについて発信している。現在、84.0MHz 発するFM 「午後も発する」に出演中。
声優
野下真歩さん
MG治療を続けながら声優や役者、ラジオパーソナリティーとして活躍。ブログでMGについて発信している。現在、84.0MHz 発するFM 「午後も発する」に出演中。

小島:友の会の会員の方々からは、主治医とのコミュニケーションについて、どのような悩みが聞かれますか?

山崎:「主治医に相談したり、今後の治療法の説明を受けたりしたいけれど、なかなかできずに信頼関係を築けていない」という声は多いですね。病状への認識のずれが生じる背景には、MGの日内変動も関係しているでしょう。午前中は調子がよくても夕方にかけて症状が重くなってくることは多いのですが、大きな病院での外来受診は午前中であることが多く、症状が主治医に伝わりにくいのです。

一般社団法人 全国筋無力症友の会 代表理事 山崎洋一さん3歳でMGを発症。900人ほどの会員を抱える全国筋無力症友の会で、患者同士の交流の場づくりや情報発信などに尽力している。
一般社団法人 全国筋無力症友の会 代表理事
山崎洋一さん
3歳でMGを発症。900人ほどの会員を抱える全国筋無力症友の会で、患者同士の交流の場づくりや情報発信などに尽力している。

小島:医師の側としては、スムーズにコミュニケーションをとるために患者さんに心がけてほしいことはありますか?

槍沢:患者さん一人ひとりにかけられる診察の時間は限られているため、情報を共有しやすい工夫が必要だと思います。

大前提として、今服用している薬の名前や量は、正確に把握しておいてほしいですね。調剤薬局でもらう薬剤情報提供書に書いてあるので、きちんと読んでおくことをおすすめします。また、ご自身が受けた治療がどのような効果があり、どのような点に問題を感じているのかも説明できるように準備しておきましょう。たとえば「グロブリン静注療法を受けたあと、1カ月ほど体調が良かったが、その後はまた症状が出てきた」といったように変化を記録し、診察の際に具体的に説明できるといいですね。

小島:症状の度合いをスムーズに説明する方法はあるのでしょうか。

槍沢:はい。MGには、「MG-ADLスケール」や「QMGスコア」といって、日常生活や症状を点数で記録する独自の基準があります。これを利用して症状の度合いを記録しておくと、非常に医師に伝わりやすく、治療計画が立てやすい。結果的に、患者さんの治療満足度も上がるのではないかと思います。「MG-ADLスケール」や「QMGスコア」は、主治医にもらうこともできますし、インターネット上にも載っていますので、ぜひ活用していただきたいですね。

小島:野下さん、山崎さん、今のお話を聞いていかがでしょうか。

東京の会場から座談会に参加した小島さんと野下さん。野下さんはMGによる構音障害などの苦しみについて明かしてくれた。
東京の会場から座談会に参加した小島さんと野下さん。野下さんはMGによる構音障害などの苦しみについて明かしてくれた。

野下:MGは症状が自分でも予測できないことが多く、日によって差が激しいのですが、できるだけ記録して具体的に説明できるようにしたいと感じました。また、みなさんにもっとMGのことを知ってもらえるよう、SNSなどを通じて発信をしていけたらと思っています。

山崎:友の会としても、これからは啓発活動に重点的に取り組みたいですね。重症筋無力症の日「MGデー」を制定したいと考え、6月2日を記念日として登録申請をしていたのですが、このたび正式に認められたのです。記念イベントの開催や街頭キャンペーンなどの取り組みの計画を話し合っているところなんですよ。こういった活動を積み重ねることで、MG患者が少しでも暮らしやすい環境づくりにつなげていきたいです。

小島:今回の座談会も、MGへの正しい理解が広がる一助になることを願っています。

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提供:アルジェニクスジャパン