社会がめまぐるしく変化する今、長い人生を豊かに、深く味わいながら過ごしていくための、知恵と実践の場を。社会のあり方や生き方を問いながら、新たな“学び”を考える。

<Part1・スペシャル対談>
「決まった答えがない」からこそ面白い
人生のジグザグを楽しむ「教養」のチカラ

「生きる」ことを深く味わい、人生を豊かにするための学びとは、何だろうか。京都橘大学の日比野英子学長と、2023年春から開講する「たちばな教養学校 Ukon(ウコン)」の河野通和学頭が、これからの時代に求められる“学び”を語り合った。

日比野英子(ひびのえいこ)写真左京都橘大学 学長健康科学部 心理学科※ 教授同志社大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得後退学。医療機関などの心理臨床に従事した後、3大学での教授職を経て2012年に京都橘大学健康科学部心理学科教授・健康科学部長に着任。2019年から第12代学長。専門分野は心理学、臨床心理学。※2023年4月、総合心理学部総合心理学科へ改組。河野通和(こうのみちかず)写真右たちばな教養学校 Ukon 学頭京都橘大学 客員教授東京大学文学部卒業後、1978年から中央公論社(現中央公論新社)で「婦人公論」「中央公論」編集長を歴任。2010年から新潮社で季刊誌「考える人」編集長、2017年から株式会社ほぼ日で「ほぼ日の学校(のちに學校)」学校長を経て、2022年4月から現職。また、2023年春開講の「たちばな教養学校 Ukon」学頭。
日比野英子(ひびのえいこ)写真左
京都橘大学 学長
健康科学部 心理学科※ 教授

同志社大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得後退学。医療機関などの心理臨床に従事した後、3大学での教授職を経て2012年に京都橘大学健康科学部心理学科教授・健康科学部長に着任。2019年から第12代学長。専門分野は心理学、臨床心理学。
※2023年4月、総合心理学部総合心理学科へ改組。

河野通和(こうのみちかず)写真右
たちばな教養学校 Ukon 学頭
京都橘大学 客員教授

東京大学文学部卒業後、1978年から中央公論社(現中央公論新社)で「婦人公論」「中央公論」編集長を歴任。2010年から新潮社で季刊誌「考える人」編集長、2017年から株式会社ほぼ日で「ほぼ日の学校(のちに學校)」学校長を経て、2022年4月から現職。また、2023年春開講の「たちばな教養学校 Ukon」学頭。

■自分の意思で動いてみる 未来も世界もきっと変わる!

──社会のグローバル化やIT化が進み、利便性が向上した一方で、生きづらさを抱えた人たちも増えています。コロナ禍やウクライナ情勢のような新たな質の課題も出てきた現代社会において、“学び”はどんな意味をもつのでしょうか。

日比野:テクノロジーの発展は止まらない時代にきています。その中で、誰もが幸せを実現するためには、ITやAIを活用し、新たな社会のあり方を考える必要があります。しかし日本では、IT分野の専門家の育成が需要に追いつかず、その遅れが経済成長の停滞につながっている状況です。最大の問題は、その間に日本の若者が将来への明るい気持ちをもてなくなったこと。「みなさんが考えて動けば、世界は変わる」と励ましたい。そのために役立つ学びを、大学は提供すべきだと思っています。

河野:コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻は、思ってもいないことが起こりうるという大きな教訓になりましたね。これからは、答えがない中でも考え続けることができる“知的な体力”を養うことが重要です。大学は、簡単でない問題と共に生きる姿勢を学べる場です。人生100年時代の新しい生き方の模索も含め、学びのきっかけが、大学にはあるはずです。

■“専門性”を超える価値 大学で出会う“学ぶ喜び”

──岸田政権下で教育未来創造会議の第一次提言がまとめられ、理工系の人材を増やすことなどが盛り込まれました。

日比野:私は教育未来創造会議の構成員を務めていました。第一次提言では、「総合知※」の重要性が随所に述べられていますが、さまざまなところでこの提言が取り上げられる場合には、理工系の人材育成ばかりに焦点が当たりすぎているようにも思えます。広がりをもたず専門性だけを深く掘り下げると、行き詰まったときに突破口が見出しにくくなります。しかし大学なら、理工系の人が人文科学や社会科学も学べ、文系の人もITリテラシーやデータサイエンスを身につけることができる。こうした「総合知」を育てる場であることこそ、大学の使命であり、大きな魅力だと思います。

※あらゆる分野の知識を持ち、総合的に活用できる力。

河野:「中央公論」などの総合雑誌の編集者を長くやってきたので、総合知の必要性は実感しています。総合雑誌は専門誌とは違い、評論文や文芸、エッセイなど多様な分野の記事が掲載されるスタイルで、読者の支持を得てきました。就職した頃はすでに「総合雑誌の時代じゃない」と言われ始めていましたが、決して総合的な知が不要になったわけではありません。総合知はいつの時代も求められていて、それを生み出すことのできる場の一つが、大学なのだと思います。

日比野:河野先生がおっしゃったように、まさに大学は、総合知を生み出し、学ぶ姿勢を身につける場です。学びに対する柔軟な態度や学ぶ喜びを知ること。これこそが大学生活を通して、もっとも大きな成果ではないでしょうか。大学には知が広く集結しているので、多様な学び、知的な刺激に触れることができます。ここで知的好奇心の間口をぐっと広げておくと、卒業後も興味関心の幅が広がります。将来それらをつないで新しい価値や発見を創り出し続けていくことが、一人ひとりの課題だと思います。私も一生かけてそれをやっています。

■学び続けた先に見出したものとは?

──大学には、専門的な学びも教養教育もあります。それぞれをどう捉えていますか。

河野:専門ももちろん大事だけれど、今の時代を俯瞰しながら自分なりの考え方を整えていく、ということを重視したいと思います。大学時代も今も、それが私にとっての“学び”でしょうか。

日比野:専門教育と教養教育をどうかけ合わせるか、ということを、学生それぞれが考えることが大事ですね。さまざまな知の刺激を自分の中で組み合わせることで「新しい価値創造」ができます。教養教育を、専門分野へ進む前の入門のように解釈する人もいますが、私はそのようには考えていません。1、2年生でのみやるものではなく、卒業してもずっと続いていくものでしょう。

河野:「教養って何だろう」ということは、大学時代からずっと考えてきました。戦前の日本の大学は、近代国家として力をつけるために役立つ人材を育てる側面が強かったけれど、戦後、総合知に注目が集まり、「教養」が強調された時期もありました。私はその空気を吸いながら大学に通い、自分の考えを鍛えるためのさまざまな「対話」を、さまざまな人と交わしたいと思ってきました。日比野学長がおっしゃった、多様な価値観や生き方に触れて学び続けていくという意味での「教養」は、その時も今も、変わらず必要だと感じます。

日比野:ご自身の生き方と大学の学びが接近した青年期を過ごされたのですね。私の学生時代は、全く違いました。心理学の実験系の研究室で、測定したり、データを処理したりする日々で、主観は一切排して客観性を追い求めていましたので。研究を突き詰めると、この社会で生きている人間から遠くなる気がしました。学部の学びを終えてから臨床の世界に入り、それと並行して大学院で「化粧による女性の気持ちの変化」という非常にニッチなテーマの研究をきっかけに、顔や装いなどについて、多様な視点からのアプローチに目覚めました。エビデンス(根拠)ベースの世界と、ナラティブ(物語)ベースの世界に橋をかけることができると思えたのは、50代になってからです。奇しくも私の中の総合知は、最初からあったわけではなく、自分の専門性を追い求め、限定的な対象を突き詰めていく中で生まれてきた、といえるかもしれません。

■すぐに役立たなくてもいい 教養学校で伝えたいこと

──2023年から、「たちばな教養学校 Ukon」を開講されます。どのような学校なのでしょうか。

河野:「教養」をメインに、学生や社会人向けに学びを提供します。人が生きていく上での知恵を求め、人生を豊かにすることを実践する場です。決して何かのウンチクを学ぶのではなく、生きることを楽しみ、頭を柔らかくし、感性豊かに、自分の引き出しをたくさんもてるようになる。そういうことにつながる空間を創出できればと思っています。

日比野:社会人の方も、学びの機会をうまく使って知に触れてほしいですね。決まりきった答えを探すのではなく、答えは何通りあるかわからない、という中での学びは、しなやかで、きっと面白いと思います。

河野:教養学校のもう一つのポイントとして、「ケアの精神」を培うことも掲げています。福祉的な職業に限らず、人は皆、ケアしケアされながら生きています。多様な他者との助け合いがベースにある社会が広がれば、生きづらさが多少軽減された世の中が実現できるかもしれません。「役立ちにつながらなきゃ」と思い過ぎることからも自由になれるように、あえて「ケア」という言葉を使って教養の切り口を広げていきたい。

京都橘大学「アカデミックリンクス」
京都橘大学「アカデミックリンクス」

■自由な時間の中で 生き方のヒントは見つかる

──コロナ禍で、大学という「場」に集まる意味が問われた部分もありました。

日比野:コロナ禍で身をもって知らされたのが、いかにキャンパスで生活することが大事か、ということです。リモートの方が効率の良い科目もあることがわかったけれど、対面での議論もやはり欠かせない。共に語る機会や、今考えていることを言語化するトレーニングは必要。両方を組み合わせ、ハイブリッドで学んでもらうことが重要です。それに、正課授業を受けることだけが大学教育ではないはず。課外活動も、空き時間に友達とおしゃべりする時間をもつことも含めて大学生活ですから。それらを享受できる4年間を思い切り味わってほしい。その中で、総合知を生み出す教育ができると思っています。

河野:コロナ禍で、学生たちはつらい大学生活を強いられてしまいました。キャンパスに来ると友達がいて、遊びがある、というのは、貴重な経験です。大学は、失敗もチャレンジも許される、いろんなことをやりながら試していける自由な時間。まさに生き方を一緒に話しながら考えていける場です。

■迂回も寄り道も楽しもう! 人生を深く味わうコツ

──「生きるための学び」についてはどう考えられますか。

河野:京都橘大学はコミュニケーションコンセプト「予想外にいこう。」を掲げていますが、あえて予想外な方に自分をふってみるのはいいと思います。今は、インターネットで関心のある情報ばかり引き寄せられる時代なので、意外なことが起こりにくい。でも人生は、真っすぐ一本線で歩いていけるものではありません。思いがけない人との出会いや失恋、親の病気や上司が気に入らないなど、いろんなことがあるわけです。予想外のことにジグザグしながら自分が出来上がっていくので、困難に直面した時に柔軟に適応する力「レジリエンス」を、自分の中に取り込んでいってほしいですね。

日比野:大事だなと思うのは、高い専門性を身につけると同時に、やはり教養をしっかり持って、好奇心を忘れず一生学び続けることです。“学び”というと、日本人は宿題やレポートのような勉強を想像しますが、それとは違う。「面白い」と思うことを追究するのです。本学には通信教育課程があって、社会人の方がたくさん在籍されていますが、学びを楽しんでおられます。大学生も社会人も、何歳になっても、知りたいと思うことを突き詰めていくことで、自由に多くのものを取り入れられるのではないでしょうか。

河野:「将来やりたい仕事のために、今これさえ勉強していれば」ということだけが、生きるための学びではないですよね。ちょっと脇に目をやって、面白いことについて人と話す。それも、年齢や立場の違う人と話をするきっかけがあればいいのではないかと思います。「Ukon」は、そういう場に少しでも近づけたいと思っています。

たちばな教養学校 Ukon 特設サイトはこちら→

<Part2>
デジタル技術が導く、自由で寛容な社会のために
イノベーションへの道しるべ

現代社会には、コロナ禍やウクライナ情勢をはじめ、環境、貧困、エネルギーなど新しい質を伴った問題が複雑に絡み合っている。デジタル技術の発展は、どのような未来につながるのか。大学での学びはどうあるべきか。情報学・経済学の視点から考えてみる。

■Phase 1
IT技術の進化と課題は?
技術革新は社会の“豊かさ”を拡げるもの

【情報学視点・東野/IT技術者と社会的な課題との間には“深い谷”がある】

 デジタル技術を活用して、より良い社会をつくる。これは、誰もが目指していることです。今、日本が抱える課題の一つは、技術をマネジメントする人材が少ないこと。社会の課題を解決できる複雑なシステムを構築するためには、技術者がつくるプログラムを的確に組み合わせて管理するITエキスパートが必要です。アメリカと比べて日本は、情報学教育がまだまだ未成熟といえます。そのため、企業などの現場では異分野出身の人が情報システムのマネジャーになっていることが多い。もちろん、社会課題を解消するためには、その分野の専門家が必要です。IT技術者は、医療や介護、建築、土木、金融、行政など多様な分野にデジタル技術を導入し、それぞれをエンカレッジしていくことが求められます。

【経済学視点・阪本/AIが人間にとってかわるという心配は杞憂に過ぎない】

 技術の発展やグローバル化には、IT化で仕事が失われたり、競争相手が増えたりと、“しんどい”側面もあります。しかし、これは産業革命によって起きた19世紀の「ラッダイト運動※」をはじめ、人類が歴史の中で何度も経験してきたことです。そのたびに、人々は新しい技術を使いこなし、社会の仕組みを整え、発展を遂げてきました。

 AIはあくまでツールであり、人間にとってかわるという心配は杞憂に過ぎません。むしろ単純労働から解放されることによって、クリエイティブな発想を広げる時間が増えます。 技術革新は、新たなチャンスを生み出し、創造的な労働の楽しさを取り戻すことこそが目的であり、自由でしなやかな社会につながるはずです。

※ 機械の導入が失業や労働環境悪化を生んだと訴える労働者たちによる機械打ち壊し運動。

■Phase 2
課題へはどう取り組む?
新しい価値や創造的な仕事をどう生み出すか

【情報学視点・東野/産業界発展の糸口はデジタルネイティブ世代のチカラ】

 もう一つの課題として、日本は既存のモノの性能を改善することは得意ですが、新たな機能の創造は苦手とする傾向があります。カーナビが道案内だけではなく、音声認識や3Dマップ、周辺店舗検索機能などを付加して人々の生活に浸透してきたように、情報技術は新しい価値を創造し続けていかなければ、国際社会の激しい競争に勝ち残っていけません。

 日本の産業界発展のカギは、情報分野の専門教育を受けたデジタルネイティブ世代の若い人材だと思います。若手が働く活力を見出し、技術力やアイディアを磨き、新たな価値をどんどん創り出せる環境を整える。これが日本の情報技術発展のかなめであり、さまざまな産業の再興にもつながると考えています。

【経済学視点・阪本/技術発展と共に社会制度の変革がイノベーションを導く】

 IT技術の発展は、デジタルアートなど創造性を発揮できる新しい機会を生み出し、これまでにない“楽しみ”を創出しました。今や、誰もがクリエイターとしてデジタル技術を駆使して、オンラインで次々と作品を発信し、自己実現できる社会です。

 技術が発展すると、おのずと新たな学びへの欲求や興味関心が広がっていきます。生涯学び続ける重要度が高まる中で、時間的にも金銭的にも個人が負担するコストは大きくなります。誰でも利用できる奨学金制度の拡充や若い社会人の賃金水準引き上げ、都市と地方の教育格差の解消など、技術革新と共に社会制度も変えていく必要があります。 多くの人が学びながら、社会で活躍できる環境づくりが求められています。

■Phase 3
今後の展望は?
誰もが学び活躍できる環境づくりでもっとワクワクする未来に

【情報学視点・東野/「こうなったらいいな」の理想を創り出す大学教育であるために】

 京都橘大学は、今後、工学系学科の拡充を軸に教育改革を行っていきます。プログラミングやデータサイエンスの知識・スキルの習得に留まらず、急速に発展・変化し続ける世界に対して、社会インフラのどこにITを活用していくのか、従来の働き方や生活基盤を変えられる創造的な視点をもった人材の育成を目指します。イノベーションが進むほど、仕事はよりクリエイティブになっていきます。そのためにも、リカレント教育※の充実が必要です。

 若い世代の感性をもっともっと生かし、チャレンジできる環境を整える。技術発展を支えるための大学教育の改革に、産業構造、社会制度の改革があわさってこそ、新しい豊かな社会になるはずです。

※ 学校教育から離れた後、個人個人のタイミングで再教育を受け、知識や技術を磨き、仕事で能力を発揮するための教育や仕組み。

【経済学視点・阪本/「学ぶこと」そのものが道なき時代の道しるべとなるように】

 イノベーションには、新しい技術によって既存の社会構造を発展させるだけではなく、私たちの社会がもつ潜在的な可能性に想像を働かせ社会変革を起こしていくことが必要です。また、少子高齢化社会では、女性や若い世代をはじめ、多様な人がどのように社会進出をしていくのかが大きな課題です。

 京都橘大学では、地域や職業、立場を問わず、誰もが学びたいときに学べる環境、教育プログラムを提供していきます。地球規模で社会構造が変化している時代だからこそ、多様なチャネルを整え、大学間や企業、地域社会と連携しながら、新しい価値や創造性に出会える場の実現を目指します。AIの活用によって、それぞれの人生がもっと味わい深くなるように、私たちも挑戦中です。

■高校生のみなさんへ

【東野】どんなことでもかまいません。興味がある領域はありますか? 高校生の時は「なんとなく面白そう」でもいいのです。夢を感じる世界を一つでも見つけることが、大学を楽しむポイントです。そんな興味の双葉、夢のつぼみを広げるのは大学教育の役割。専門の学びを深めながら、一緒に育て花を咲かせましょう。

【阪本】大学で経験することは、高校までよりもはるかに多いです。さまざまな地域から色々な背景をもった人々が集まり、多様な価値観にふれることで自分の興味を発見できる場です。ぜひ大勢の仲間とつながり、たくさんのことを共有しに来てください。社会への関心を広げ、自分が活躍できる場を積極的に探してみましょう。

<Part3>
京都橘が描く未来への道しるべ

京都橘学園は、社会が求める人材を育成し続けるために、時代の変化とともに進化を遂げてきた。さらに、近年の科学技術の発展に伴う社会構造の変化を見据え、2023年度から新たな挑戦へ。

※計画内容はすべて予定であり、変更することがあります

提供:京都橘大学