【Vol.15】健康も福祉も縦横無尽の学び 地域社会との共生を実現/河合美子学群長

心理学と社会福祉と
複数の視点で学びを豊かに

畑山:河合先生が率いておられる「健康福祉学群」は、健康や福祉のプロフェッショナルを目指す学生たちが集まる学び舎。河合先生は約20年間にわたり、その教育の現場を見つめ続けてこられました。

河合:わたしが着任したのは、前身の「文学部健康心理学科」がスタートして4年目の春でしたが、かなりユニークな構成の学科だと感じていました。「心理学」「健康科学」、それに、私が授業を担当した「精神保健福祉」の3コースがあり、学生が関心を抱くトピックはコースによってかなり異なります。心理学に興味がある学生と、スポーツを一所懸命やってきた学生がいて……それに加えて精神保健福祉の分野では国家資格ができ、精神障害者を支援するソーシャルワークが注目され始めた頃でした。こうして、一般的な心理学科とは一味違う、ユニークな学科としてスタートしたと思います。教員の顔ぶれも、その分野のエキスパートが集まっていて個性的でした。学群・学系の改組で「健康福祉学群」になってからも、その特色は根づいていると感じています。

畑山:本学に着任される前は、福祉教育の専門学校で専任講師をされていたのですね。

河合:1998年度から「精神保健福祉士」が国家資格となり、その養成施設、大卒1年間のコースで5期にわたり学生たちをソーシャルワーカーとして送り出しました。それまでは、精神科クリニックで非常勤の相談員としても勤めていました。さまざまな患者さんが通院してこられていましたが、多様な患者さんがどのように生活し、回復していくか、どんな支援が必要かという実情は、あまり知られていない。そして、心理学も同様ですが、イメージが先行しがちな部分があるんですよね。「人の心がわかる!」「私の性格、わかっちゃうんですか?」みたいな過剰な期待や、誤解を抱かれがちだと思います。メンタルヘルスについても、適切な情報が、もっと広まることが必要だと思っています。

精神保健福祉分野でソーシャルワーカーの教育にたずさわってわたし自身学ぶことが多く、福祉への関心が増していきました。心理学だけを学んでいた頃と比べ、社会福祉の視点からも物事を捉えるようになったことで、考える幅が広がったと感じます。特に実習・演習を担当していましたので、机上の学問だけではなく、体験から学ぶことの重要性と可能性を実感しました。

教育活動と同時に、クリニックや企業で相談員としても勤務してきた。心理療法のアプローチとして「交流分析(Transactional Analysis)」を学び、国際TA協会認定交流分析士(Certified Transactional Analyst)を取得=写真左。2022年9月に刊行された交流分析の国際的教科書『TA TODAY 第2版』(実務教育出版)では翻訳(分担訳)を担当した=写真右
教育活動と同時に、クリニックや企業で相談員としても勤務してきた。心理療法のアプローチとして「交流分析(Transactional Analysis)」を学び、国際TA協会認定交流分析士(Certified Transactional Analyst)を取得=写真左。2022年9月に刊行された交流分析の国際的教科書『TA TODAY 第2版』(実務教育出版)では翻訳(分担訳)を担当した=写真右

横断的プログラムと、体験を通した学びで
新たな発見を

畑山:先生はその後、2015年度から心理・教育学系長、2021年度からは健康福祉学群長に。そして、いよいよ2023年度からはカリキュラムの大規模な改革が行われ、健康福祉学群は生まれ変わります。その大きな特徴と魅力を、ぜひお聞かせください。

河合:これまで4専修で構成されていた健康福祉学群は、新たに「3領域・6専攻」となります。「健康・スポーツ領域」は、健康科学専攻、スポーツ科学専攻。「福祉・心理領域」は、社会福祉学専攻、精神保健福祉学専攻、実践心理学専攻。そして「保育領域」は、保育学専攻から成ります。

従来の4専修では、学生が目指す仕事・資格によってカリキュラム上の制約が大きく、縦割りになりがちでした。桜美林大学には、自分の興味や志向に合わせ、オリジナルの学びをつくり出せる「メジャー・マイナー制度」があるのに……。

畑山:所属学群の専攻プログラム・コースを「メジャー(主専攻)」として修了することに加えて、ほかにも学びたい分野がある場合、「マイナー(副専攻)」として組み合わせられる制度です。桜美林大学の学びの大きな特徴ですね。

河合:せっかく、そんなすばらしい制度があるのに、これまでの健康福祉学群の学生たちは、一つの分野の中だけの勉強に目を向けて、周りで学ぶ仲間の顔ぶれも変わりませんでした。それは「とても、もったいない」と、常々考えていたのです。一つだけに限定しないで、関連トピックを学んでいけば、もっと視野を広げられる。それを可能にすることが、今回のカリキュラム改革の重点です。その一方で、一つの領域を深く追求する学びの組み合わせも可能です。

もう1点、柱にしていることは、体験を通した実践的な学び、フィールドワークを多様に組み込んでいくことです。もともと健康福祉学群には、さまざまな資格を取得するコースが用意されており、講義科目を履修した後には、実習や演習が組み込まれています。そういった実践的な学びへの門戸を、今後は、資格取得を希望する学生以外にも広げていきます。机上の学びだけでなく、実際の体験を通して、新たな発見や問題意識が生まれると思うんです。

 

クラスから地域へ
1年次から育む、人との関わり

畑山:ひじょうに面白い取り組みですね。社会福祉、精神保健福祉、保育、スポーツ系の学生が、それぞれ資格を目指しながら、他の学びも組み合わせ、自分のものにしていく。具体的には、どんな組み合わせが考えられるのでしょうか。

河合:カリキュラム改革後は「健康も福祉も学べる」学群になりますから、たとえば、地域福祉や高齢者福祉を学ぶ一方、スポーツや健康科学の分野も学ぶことで、地域住民の方々の健康増進に役立てるような仕事ができる。また、メンタルヘルスや心理学を学びながら、子どもの支援に生かしていく、なんていうことも、今後重要なトピックになると思います。スポーツや健康科学と、福祉の両方を学ぶことによって、社会の中で貢献できる幅が広がっていく。縦横無尽に、いろいろな学びを組み合わせられると思います。

畑山:地域社会のさまざまな課題を解決していくには、単眼的な視点では難しい。河合先生がおっしゃったことは、これからの社会に貢献できる学びの体系だと感じました。健康福祉学群で学ぶにあたっては、実習がたくさん控えています。これからのフィールドワーク、実習のことで先生が抱いておられる課題はありますか。

河合:コロナ禍以前から、「人と関わること」に躊躇する学生が増えているのではないかと感じていました。対面授業が復活しても、「どうやって人と知り合い、近づいていくのか」に悩む学生が多いんです。実習は、現場に入っていき、まったく知らない方と関係をつくるところから始まります。話しかけられるのをただ待っていては、成り立ちません。どうやって人と近づいて、関わりを持っていくかということを、大学に入った時点でまず学ぶことが必要だと感じます。

新カリキュラムでは、1年次に「基礎ゼミナール」をスタートさせます。学生約10人に対して1人の教員がアドバイザーとしてついて、グループワークに取り組みます。そうやって、クラスや専攻、学群の単位で、さまざまなディスカッションをしたり、専門分野について知ったりするチャンスを、計画的につくり出していきます。

畑山:学群では、実習を通じ、近隣の地域との交流も盛んですよね。

河合:キャンパスの位置する東京都町田市、隣接する神奈川県相模原市で、地域との繋がりを持って活動を続けてきました。そのなかで痛感したのは、資格取得を目指して学生が近隣施設で実習するとき、学生は、施設の方々や利用者の方々に育てていただいているのだということです。「支援をしに行く」という感覚で捉えてしまいがちですが、実際は、まだ何も知らない学生に対し、利用者さんから手をさし伸べてくださる。「緊張しているから、ちょっと話しかけてやろう」って。

「地域貢献」「社会貢献」は、大学としてもちろん意識しておりますが、それ以前に「地域に支えられ、育てていただいている」と実感しています。新カリキュラムを通じ、多様な学びを身につけた学生たちが、地元の皆さまと協調し、共に生きていく環境を形作る一助になることができればと考えています。

 

河合美子

桜美林大学 健康福祉学群 学群長

早稲田大学第一文学部卒業、同大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程満期退学。大学・専門学校で心理検査、心理相談などの講義・演習を担当しながら、都内の精神科クリニックで非常勤相談員として約10年勤務、メンタルヘルスに関する相談を担当するとともに、リハビリテーションのためのグループにもスタッフとして従事した。1994年より日本福祉教育専門学校で専任講師として勤務し、1998年より、精神保健分野のソーシャルワーカーの国家資格である精神保健福祉士の養成教育に取り組む。2003年に桜美林大学文学部健康心理学科に助教授として着任、同年から企業でのメンタルヘルス相談に従事した。2006年からは健康福祉学群精神保健福祉専修の教員として、精神保健福祉士養成課程の演習、実習、実習指導を中心に担当。臨床心理士、精神保健福祉士、公認心理師。心理・教育学系長(2015-2018年)、健康福祉学群長補佐(2019-2020年)を経て、2021年より現職

文:加賀直樹 写真:坂田貴広

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