【Vol.04】デジタル時代のメディアリテラシーと挑戦の精神を喚起/平 和博教授

地殻変動を起こした社会
いま、メディアを学ぶ必要性とは

畑山:平先生は、新聞記者として33年間活躍されたのち、桜美林大学にいらっしゃいました。この間、メディアの役割や環境は大きく変わったのでしょうか。

平:とても大きく変わりました。私が新聞社に入ったのが1986年。入社当時、記事は原稿用紙に鉛筆やペンで書いていたのですが、数年後、ワープロが各支局に配備され、キーボードで原稿をまとめるようになりました。90年代中盤のインターネット黎明期から、新聞社は「紙とデジタル」の両輪で情報発信を始めています。私自身はインターネットそのものを取材対象として、ITと社会、メディアの変化をテーマに記事を書いてきました。

私はインターネットが出てきた当初から、「新聞もテレビもいずれ飲み込まれる」との思いを抱いてきました。実際に、95年の「Windows95」発売を機に、インターネットユーザーが右肩上がりで増えていく一方、新聞発行部数は97年を頂点に下がり続けています。インターネットは広告費においても、2009年には新聞を、19年にはテレビを抜き、いまやとてつもない存在感を放っています。

畑山:新聞やテレビなどの「オールドメディア」が、権威を失ってしまったのですね。

平:影響力ということを考えると、そう言えるかも知れません。FacebookやGoogleといった情報流通のプラットフォームとされるIT企業が、一国の影響力を凌ぐような社会基盤になりつつあります。かつては「メディアを学ぶ」というと、マスメディアの構造や、民主主義社会におけるジャーナリズムの役割を学ぶことが中心でした。核心は今後も変わりませんが、メディア環境の地殻変動を踏まえたうえで、大きな視野でメディアを捉えなければなりません。誰もが情報を発信できるようになり、社会全体がメディア化するなか、学生の皆さんはどんな職種に進むにせよ、メディアについて学ぶ必要性があると思います。

 

情報の洪水に飲み込まれることなく
“まずは深呼吸”

畑山:インターネットによって情報は双方向性の性格を帯び、自由に情報交換できるようになりました。一方で、信ぴょう性に疑いが生じ、どのメディアを信じれば良いのか迷ったり、一つの情報に対する解釈のズレが生じたりする弊害も起きていますね。

平:ソーシャルメディア社会は「多数対多数のメディア空間」と言えます。読者・視聴者同士が情報をやり取りし、新聞社やテレビ局の存在は、そのなかの、あくまで「情報発信者の一つ」でしかなくなりました。誰もがフラットに位置づけられ、「あのメディアの言うことは正しいか」と検証することも可能になりました。ひと握りのジャーナリストが情報発信を担ってきたオールドメディアは相対化されてしまったのです。

今回の新型コロナウイルス禍は、ソーシャルメディアの発達により、グローバルな規模で情報洪水が起きているさなかの出来事でした。不確かな情報や、以前から問題視されていたデマやフェイクニュースが、とりわけ健康といのちに係わるトピックで出回ってしまった。玉石混交の膨大な情報がメディア空間に溢れるようになったことを、世界保健機関(WHO)は「インフォデミック」と呼んでいます。たとえば「こうするとコロナに効く」といった科学的根拠の定かでない情報や、「トイレットペーパーが品薄になる」という誤情報をきっかけに買い占め騒動も起きました。平常時であれば一笑に付されるデマも、一定の人たちは信じてしまう。ウイルスだけでなく、不安も感染してしまいました。ソーシャルメディアは「感情のメディア」と言われる。理屈よりも感情を拡散してしまうのです。

畑山:どう向き合えば良いのでしょうか。

平:私が学生たちに話しているのは、「まずいったん深呼吸しよう」ということです。たとえばTwitterでは、リツイートや「いいね」のボタンを押すだけで、条件反射的に情報を拡散できてしまう。そこで深呼吸をして落ち着きを取り戻し、本当にこの情報が正しいのか、友達に知らせても良いのか、を考えてみる。そのためには、誰が言い始めた情報かを確かめる必要もあります。コロナの場合は、WHOか、厚生労働省か、地元自治体か。それとも、見知らぬ人のブログによる発信なのか。そんなことが、冷静になって初めて判断できるようになるわけです。

 

デジタル社会に求められる
トライ&エラーの「起業家精神」

畑山:一方、このコロナ禍で、オンライン授業などのデジタル化が一気に進みましたね。

平:いま、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が盛んに取り上げられています。「社会の劇的な変化に、デジタルを活用して適応し、新たな競争力を生み出すこと」といった意味合いです。今回のコロナ禍で、社会全体のデジタル化は加速しています。

デジタル化する社会では、従来の仕組みをデジタルに置き換えるだけではなくて、さらに新しい挑戦を試み、新たな成果に繋げていく構想力が求められる。いわば「起業家精神」を持つ必要があると思います。デジタルの世界では、おカネをかけずにいろんなサービスが使えるうえ、いくらでもトライ&エラーができます。つまり「挑戦の回転」がものすごく早い。失敗をおそれずに、新しいことにどんどん挑戦していく精神が、まさに求められています。

畑山:最後に、今後、学生と一緒に取り組んでみたいテーマは。

平:「デジタルメディアリテラシー」の理解を深めていきたいですね。ソーシャルメディアがこれだけ社会基盤として広がってきたのに、うまく使いこなすためのリテラシーが追いついていない。それが、炎上などが起きてしまう原因です。デジタルメディアの仕組みや生態系を理解し、使いこなせるかどうかで、共感にも炎上にも繋がる。それをしっかりと身につけるには、様々な分野の横断的な知識が必要になります。リベラルアーツ学群では、領域を超えた学びが用意されているので、複眼的なモノの見方を培ってほしいと思います。

 

平 和博

桜美林大学 リベラルアーツ学群 教授(メディア・ジャーナリズム専攻)

早稲田大学卒業後、1986年、朝日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部、社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを担当。2019年4月から現職。ジャーナリストとして「ITと社会、メディアの変化」をテーマに追い続けている

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

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