【Vol.10】高等教育を底上げし社会に貢献する大学経営の力を/大槻達也教授
「社会的成熟化」をめざし
文部科学省へ
畑山:大槻先生は文部科学省ご出身。そもそも、入省の動機は何だったのでしょうか。
大槻:大学時代に、政治学を専攻していました。民主的な社会を形成する上で最も重要なのは、「人々の社会的成熟化」だと捉えていました。それには、やはり教育だと思ったものの、子どもたちに直接教えるなんて大それたことはできない……。当時はそう考え、制度や条件を整備する道に進むことに決めました。
入省して最初は大臣官房の人事課に配属され、全国の国立大学の教職員人事を担当しました。2年目で、タイ・バンコクにあるユネスコの「アジア太平洋地域事務所」に異動することに。日本に戻ってきてから、今度は大臣官房の企画室(当時)で、中央教育審議会を担当しました。その後、当時の中曽根康弘内閣が「臨時教育審議会(臨教審)」を設置することを決め、そちらに携わることになりました。
畑山:「臨教審」は、教育改革を目的に設置された、内閣総理大臣直属の諮問機関でしたね。
大槻:青少年の非行や、校内暴力、いじめ、不登校など、教育の荒廃が社会問題となっていた頃です。文部省ではなく内閣直属で、委員には、教育関係者以外からも多数選ばれました。1984年から87年までに、4次にわたる答申を提出して役割を終えました。文部省に復帰後も、高等教育(大学・高専・専門学校など)、初等中等教育(小中学校・高校など)、教育政策の検討や研究などに取り組んできました。
国内外での勤務から
日本の教育を見つめる
畑山:じつに多分野・多機能・多目的のところで活躍しておられたのですね。そのなかで見えてきた、日本の教育の美点と、改善点とは。
大槻:特に外国から「素晴らしい」と言われる点は、初等中等教育です。知識・技能面で一定の成果を上げると共に、近年国際的に注目される、「非認知能力」(意欲、協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性、自制心、創造性、コミュニケーション能力など)を古くから学校教育の中で大切にしてきたことが注目されています。しかし、「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」によると、「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」で日本はトップクラスである一方、「読解力」になると中位の上ぐらい。調査を通じて浮かび上がるのは、日本の子どもたちの「意欲」が他国に比べ低いのではないか、ということなどです。これらは課題だと捉えています。
畑山:初等中等教育には学習指導要領がありますが、大学に上がると、それがない。そのあたりを取り巻く環境は、どうなっているのでしょう。
大槻:初等中等教育と高等教育はもともと構造が違うとは思うのですが、「高等教育の学校化、スクール化」が進んでいますね。たとえば、「カリキュラム・マネジメント」。各大学が教育課程(カリキュラム)を計画的に進め、教育の質を高める手法が広まっています。また、生徒や学生が能動的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」が、初等中等教育、高等教育の双方で実践されるようになりました。生徒や学生の学力と志望動機は多様化しています。高等教育進学率が8割を超えた今、大学も、初等中等教育のように機関全体として学びを構築していかないと、質の保証が難しい面もあると思います。
畑山:「学校化」というのは、たしかにその通り。そして、専門的な研究は大学院に集結していく。社会の情勢の変化に応じた大学づくりが必要なのですね。ところで、大槻先生がアカデミアの分野に移ってこられたのには、どういった経緯があったのですか。
大槻:本省の課長時代の2006年、国立の教員養成系大学の大学院で、集中講義を担当しました。院生は現職の方がほとんどで、いろんな経験をされており、私自身、教えられることが多々ありました。「教職に転じたい」という社会人もおられ、それもまた刺激的でした。
畑山:桜美林の専任教員になられたのが2019年。大槻先生に今、大学院で取り組んでいただいている「大学アドミニストレーション実践研究学位プログラム」は、大学経営の専門家を養成するための全国唯一の通信教育課程です。大学の教員と職員を分けずに、共に大学をつくっていくとのコンセプトで始まりました。
大槻:全国各地から、大学の幹部や中堅職員、会社員、大学職員志望の社会人やストレートマスターなど、多様な人たちが集い共に学んでいます。私は、高等教育機関のマネジメントや組織、大学生の学力・能力などに関する授業を担当しています。
教育・研究・社会貢献の
基盤をつくる人材育成を
畑山:プログラムの一番のミッションとは、何だとお考えでしょうか。
大槻:大学に対する社会からの要求は多様化し続けています。受け身ではなく、果たすべき使命を踏まえた上で、大学を経営できる人材を輩出することだと思います。2021年度の改組で、ICTを活用し、Zoomによる同時双方向オンライン授業が入ってきています。これが私たちにとっては好機。ぜひ活用していきたいと思っています。
畑山:コロナ禍の前から、「ハイブリッド」案はありましたね。通学課程オンリーだと、現職社会人にとっては高い壁ができてしまう。通信・通学を臨機応変にこなして学べるよう整え、質の高い教育を全国で受けられるようにしたい。そんな思いを込めています。
最後に、大槻先生は文部科学省での経験をもとに、どういった抱負を持ちながら学生と向き合っておられるのか、お聞かせください。
大槻:知識集約型社会において、大学の役割はますます重要になっています。ところが、18歳人口が長期的に減少し続け、大学の経営基盤を揺るがしかねない状況にあります。そんななか、経営を安定させ、教育・研究・社会貢献を支える基盤をつくる上で、大学のリーダー層や職員の役割は極めて重要です。そういった人材の育成に少しでも貢献できればと考えています。
院生の皆さんには、所属大学の将来を担っていく前提として、高等教育システムを構成する制度、経緯・動向などについて体系的に理解していただくと共に、大学を取り巻く環境についても目を向けていただけるように授業を工夫していきたいと思います。修了後は、自らの大学にとどまらず、日本の高等教育全体の底上げに貢献してもらうことを願っています。
畑山:とても心強いご意思を伺えました。
大槻達也
桜美林大学 大学院国際学術研究科 教授
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、文部省(現・文部科学省)に入省。主な担当職務は、①高等教育関係:教職員人事、私学行政、国立大学法人、大学入試、留学生、②初等中等教育関係:教育課程、教科書、教育財政、地方教育行政、③教育政策審議:中教審担当、臨教審事務局、④教育政策研究:国立教育政策研究所、⑤その他:広報、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)など。2013年からは桜美林大学大学院の大学アドミニストレーション研究科で非常勤講師を務める。文科省退職後の2019年、桜美林大学専任教員に。
現在、大学院の大学アドミニストレーション実践研究学位プログラム長も務める。著書に共著『教育研究とエビデンス』(明石書店、2012年)、共訳『研究活用の政策学』(同、2015年)、共編著『2020年以降の高等教育政策を考える グランドデザイン答申を受けて』(桜美林大学出版会、2020年)など
文:加賀直樹 写真:今村拓馬
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