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2020年のカーボンニュートラル宣言以降、ますます注目を集めるようになった再生可能エネルギー。その一つ、風力発電を手掛ける事業者として国内第2位(※1)の発電出力を持つのがJ-POWERだ。風力発電に欠かせない「三つの道」を求め、日々奮闘する戸田に話を聞いた。

【Vol.10】“風の歌”を聴き切り拓いた道 愛・地球博「自然の叡智」に挑んだ風力発電プロジェクト


 愛知県の南に位置し、一年中温暖な気候に恵まれる渥美半島。その先端で三河湾と太平洋を臨みながら悠然と回るいくつもの風車は、田原市を象徴する景色となっている。

 2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと宣言した。その実現に欠かせないのが、水力や太陽光、風力、地熱といった再生可能エネルギーから生み出される電力だ。

 電源開発(J- POWER)は1952年、戦後日本の電力不足を克服するために、大規模かつ困難な水力発電所を開発する国策会社として発足した。つまり、今で言う再生可能エネルギーを開発する会社として誕生したわけだ。

 そんな同社が風力発電の検討を開始したのは1990年代後半。民営化に向けて着手した新規事業の一つだった。

 それから20年あまりが経ち、J-POWERの風力発電事業は国内第2位の発電出力を誇るまでに成長した。同社の風力発電所は全国に21カ所、250基を超える風車が回り、現在も7カ所で新規建設を進めている。

愛知県田原市の田原臨海風力発電所(写真提供/電源開発株式会社)

風力発電との
出合いと挑戦

 とはいえ、1990年代当時の風力発電は、地方自治体による町興しのために取り組む例がほとんどで、大規模電源で国の電力供給を支えてきたJ-POWERのような電力会社が手掛ける事業なのか。そんな考えが、社会的にも、またJ-POWER社内でも大半を占めていたという。

 そうしたなか、風力発電に携わり続けてきたのが戸田勝也だ。

 総合商社を経て、2001年にJ-POWERに入社した戸田が最初に配属されたのは新事業開発部。2004年の完全民営化を控え、新規事業への参入を検討していた同社にとって、前職で風力発電を含めさまざまなエネルギー開発に携わってきた戸田はうってつけの人物と見られたのだろう。入社後、さまざまな新規事業の立ち上げに携わっていく。その一つが風力発電だった。

「J-POWERには水力の開発で培ってきた発電技術がある。だから風の力でもできるか、やってみようじゃないか。初めはそんな発想だったと思います」

 戸田は当時をそう振り返る。

 重要なのは、電気は需要と供給の量を常に一致させなければならないという特性を持っていることだ。需要に応じて発電しないと電気の品質が乱れ、最悪の場合、発電設備が止まり、大規模な停電につながる恐れがある。

「でも、風がいつ、どのくらい吹くかなんて誰にも分からない。風力発電は需要の変化に応じて出力をコントロールできない、つまり“あてにならない”電力だと言われていたんです」

 火力や水力発電部門に多くの人員が割かれる一方で、当時の風力発電部門の人数はわずか10人ほど。新規事業とはいえ、“追い風”が吹いているとは言えなかった。そんななかで動き始めたのが、愛知県田原市にある田原臨海風力発電所のプロジェクトだった。

「三つの道」を求め
探し当てた適地

 風力発電プロジェクトを立ち上げるためには、「“風が奏でる歌”を聴き分ける必要がある」と戸田は言う。要となるのは「三つの道」だ。

「一つは風の道です。風は吹く地形によってまったく異なりますし、季節によっても変動するため、最低1年間は風況を計測し、風力発電に適した場所なのかを調査する必要があります。
二つ目は電気が通る道です。たとえ発電できたとしても、電気を送れなければ意味がありません。きちんと送電できる場所なのかも重要なポイントです。
三つ目は輸送の道。資材や重機を運ぶための道路です。発電所を建設する際には、想定される発電量や売り上げに見合った建設コストでなければなりませんが、風力は一般的に火力や水力ほど大きな発電規模にはならない。だから、かつての大規模水力発電のように、資材や重機を運ぶ道路を初めから整備するようでは、風力では採算がとれないんです」

 その「三つの道」を兼ね備えている場所は、日本のどこにあるのか――。三つの道、戸田がようやく探し当てたのが、愛知県田原市の臨海エリアだった。

 このエリアの平均風速は毎秒約6メートル。飛び抜けて強い風が吹くわけではないが、年間を通じて発電に必要な風がほぼ乱れなく吹く。安定して風が吹き続けることが、風力発電では何より重要なのだ。

臨海工業地帯に建つ田原臨海風力発電所の風車。トヨタ自動車の試験場のほか、近隣にはさまざまな工場・物流センターなどが広がっている(写真提供/電源開発株式会社)

 しかし、「三つの道」の条件を満たす場所探し以上に困難を極めたのが、地域の理解だった。

 風力発電は街の景色を一変させる。J-POWERが田原市で建設を計画していた「田原臨海風力発電所」の風車は高さ約70メートル、羽の長さは約40メートル。最高到達点は地上より約110メートルにも及び、はるか遠くからでもそれと分かる建造物が何基も並ぶことになる。

「風力発電に限らず、発電所の建設には地域の方々の理解が不可欠です。ただ、風車は、敷地に区切られ建屋に入っている通常の発電所とは違って目立つんですよね。『クリーンな電気が必要なのは分かるし、建設そのものには賛成する。でもなぜうちの前に建てるのか』。そう思われる方もたくさんいらっしゃいますから」

 田原臨海風力発電所も例外ではなく、交渉は難航を極めた。周辺で暮らす人々はもちろん、行政、周辺企業、土地所有者、港湾関係者……。調整、説明が必要な関係者は枚挙に暇がない。初めて風車を建てる土地であれば当然、地域の風景も変わる。一進一退、地道なやり取りが続いた。

 だが、地域の理解を得るためには、「どれだけ時間がかかっても、発電所のメリットとデメリット、すべてを正直に話す必要がある」と戸田は言う。

「発電所は地域あってのもの」

 それを痛感していた戸田は、田原臨海風力発電所の建設の際も、懸念される騒音や環境への影響など、想定される出来事をすべて正直に話し、交渉や調整を粘り強く進めた。

追い風になった愛・地球博
前例のない日本初の試み

 一方、愛知県には一大イベントの開催が近づいていた。2005年に開かれた「愛知万博」(2005年日本国際博覧会)だ。

 日本では1970年の大阪以来となる万博(EXPO)、世界でも21世紀最初の万博とあって、国内外の関心が愛知県に注がれていた。

「失敗しても立ち上がる気概を持ってほしい」と、若手にエールを送る戸田。戸田自身も、J-POWER入社後「ほかの会社と同じことをしている限り、成長がない」と言った先輩の言葉を心に刻んでいるという。写真は2022年8月、J-POWERが北海道久遠郡で手掛けるせたな大里ウインドファームにて(写真提供/電源開発株式会社)

 愛知万博は愛・地球博とも呼ばれ、テーマは“自然の叡智”。その会場に、愛知県でつくられた再生可能エネルギーの風力で発電した電気を活用させてほしい。そうした声も上がっていたという。

 それは、田原臨海風力発電所構想を手掛ける戸田にとっては励みになる一方、悩ましい問題をももたらした。

「再生可能エネルギーの電気を万博会場で活用する。今で言う『地産地消』ですね。言うは易しなのですが、当時としては極めてハードルの高い問いかけでした。というのも、風力は需要の変化に合わせて発電できない自然エネルギーの電源であり、また送電網にはあちこちの発電所で発電された電気が流れていてどの発電所で発電した電気がどの需要家(利用者)に届くか分からないからです」

 解決策を模索した結果、戸田たちは「グリーン電力証書」というスキームを使って田原臨海風力発電所の電気を活用する方法を導き出した。

 このスキームは、自然エネルギーで発電された電気であることを第三者認証機関が認証し、その証として「グリーン電力証書」を発行するというもの。そうした「環境価値」は今でこそ国の制度として定着しているが、当時の日本にはまだ存在すら認められていなかった。

 前例のないプロジェクトに挑んだ戸田たちの挑戦と奮闘。それは次第に地元の人々の心を動かし、2003年秋、ついに地元と建設の最終合意に達した。

 そうして2005年春、J-POWERは田原臨海風力発電所から万博パビリオンの一部に対し、電気の供給を開始した。エネルギーの地産地消のためにグリーン電力証書のスキームを使った、日本初の大規模風力発電プロジェクトとなった。

 田原市の臨海エリアには現在、他社の風力や太陽光発電所、バイオマス発電所などが集まり、まるで再生可能エネルギー発電所“銀座”のような様相を呈している。その「道」をつくったのが、戸田が牽引した田原臨海風力発電所だった。

「万博に招待された時、愛知県の方たちから『いい仕事ができましたね』と声をかけていただき、握手を求められたんです。そこまで評価していただけているとは思わなかったので、強く記憶に残っています」

 エネルギーは暮らしや経済とは切っても切れない関係だ。リーマンショックやウクライナ侵攻、東日本大震災のような自然災害など、国内外で起こるさまざまな出来事がエネルギーの価格や調達に大きな影響を及ぼし、持続可能な社会の構築に向けて再生可能エネルギーへの期待が高まっている。

 現在、社内の風力部門の人数は150人超。草創期に比べ、10倍以上に増えた。建設中の7カ所だけでなく、陸上では複数地点の開発に着手しているほか、洋上風力の開発も進めている。カーボンニュートラル宣言以降、風力に対する世間の注目度もうなぎ登りだ。

 それに対し、戸田は「少し過熱しすぎている気がする」と冷静に捉えながらも、期待を寄せる。

「日本中、世界中、どこでも風は吹いています。これからも風が地域と共存し、次世代のエネルギーの希望になるような“道”を見つけたい。世の中は絶えず変わっていくものです。若い人たちにも失敗を恐れず、次のステージを生きるために切磋琢磨していってほしいと思います」

J-POWERが出資する世界最大級(※2)の洋上風力、イギリスのトライトン・ノール風力発電所。総発電容量85.7万kW、合計90基の風車が立ち並ぶ眺めは壮観だ(写真提供/電源開発株式会社)

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※1:総合エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 第31回再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 資料1 電気事業連合会「電力各社における再生可能エネルギーの開発について」より
※2:WFO Global Offshore Wind Report 2021 より

戸田勝也(とだ・かつや)

愛知県生まれ。総合商社を経て2001年にJ-POWERに入社。数々の新規発電事業立ち上げに携わったのち、エネルギー業務部、松島火力発電所、経営企画部などを経て、現在は再生可能エネルギー本部洋上風力事業部部長。国内各地の陸上風力発電プロジェクトのほか、洋上風力発電プロジェクトも手掛けている。

文:奥田高大 写真:今村拓馬

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