【Vol.6】瀬戸内海から世界を変える!〜たゆまぬ挑戦が「脱CO2」の扉を開く
瀬戸内海の上に広がる青い空に、高さ約200mの白い煙突が映える。J-POWERと中国電力の合同で石炭火力発電の実証事業が行われている「大崎クールジェン」の煙突だ。
火力発電といえば煙突がつきものだが、J-POWER取締役常務執行役員の笹津浩司は「この発電システムから排出されるのはいずれ水蒸気だけになりますから、煙突はいらなくなるんですけどね」とさらりと言った。
大崎クールジェンには船で直接石炭が運び込まれてくる。燃料が石炭ならば排煙はもとより二酸化炭素の排出量も多いはず。ところが、驚くことにどちらも限りなくゼロにする試みが、2009年からここで進められている。
「私が主に拠点としてきた九州の若松研究所で技術開発を進め、石炭を使ったカーボン・ニュートラルな火力発電は技術的に可能だと確認されたことから、大規模な実証事業が始まったのです」
笹津は入社以来、火力発電畑一筋で技術開発に携わってきた。その歩みはひたすら、石炭火力発電の「効率向上」と「環境負荷の低減」を目指している。
「大学は数学科、大学院では環境科学研究科でミクロ経済学の研究室にいましたから、まさか自分が火力発電の技術開発をするとは思っていませんでした(笑)。ところがなぜかこの会社に拾われて研究開発の現場に放り込まれ、エンジニアとして歩き出すことになりました」
石炭から出る熱とガスの
2つを利用する「複合方式」
石炭火力発電の基本は、石炭を燃やした熱で水を温め、水蒸気でタービンを回して発電するというもの。笹津が注力してきたのは、石炭を燃やした「熱」で発電するだけでなく、「排ガス」で別のタービンも回して二重に発電する「複合発電」の技術開発。これを実現できれば石炭火力の効率と環境性は大きく向上する。
笹津は九州、スウェーデン、東京と数年ごとに各地を飛び回り、まるで知識のない領域でもゼロから勉強して要素技術の開発に取り組んだ。
「ただ、残念なことに排ガスを利用するこの複合発電(PFBC)は最終的に陽の目を見ることはありませんでした。代わりにJ-POWERとして力を入れていくことになったのが、石炭を蒸し焼きにして可燃性のガスを作り、そのガスでガスタービンを回し、さらに排熱で蒸気タービンも回すという複合方式。『石炭ガス化複合発電(IGCC)』と言います」
IGCCの発電効率は従来型石炭火力の最新プラントに比べて15%以上も向上するとされる。とはいえ、石炭火力発電はほかの発電方法に比べて二酸化炭素排出量が多い。いくら効率がよくなっても、結局、大気中の二酸化炭素を増やしては気候変動を悪化させてしまうではないか、と思うのが普通だろう。
実は、2007年から笹津が研究してきたのは、石炭から作ったガスから二酸化炭素を分離・回収する技術だ。
取り出した二酸化炭素は、漏れ出さないように圧力をかけて地中に埋める。このように二酸化炭素を回収・貯留することを「CCS」と言うが、IGCCとCCSを組み合わせれば“カーボン・ニュートラルな火力発電”が実現できる。笹津の研究は、それに欠かせないピースだった。
J-POWERでは現在、二酸化炭素の貯留に適した地層が豊富なオーストラリアや、従来は貯留に向かないとされてきた日本近海の地下に貯留する技術の調査・研究も進めている。
また、大崎クールジェンでは燃料電池を追加して水素をそちらにも送り、ガスタービン、蒸気タービン、燃料電池の3つで発電する方式(IGFC)を目指している。商用化されれば、発電効率はIGCCよりさらに15%以上向上し、55%を超えると見込まれている。
再エネ拡大を後押しする
火力発電の変動調整力
「大崎クールジェンは、もはや『石炭火力発電』ではなく『ガス火力発電』と呼ぶべき存在だと思います」
エネルギー問題を専門とする国際大学の橘川武郎教授は、これまで何度も視察で訪れてきた大崎クールジェンをこう評する。たしかに原料こそ石炭だが、発電に使うのはガスであり、効率は従来の石炭火力を遥かに凌駕している。
「気候変動は喫緊の課題ですから、再生可能エネルギーの割合は増やさなくてはいけない。しかし太陽光や風力は出力の変動が激しく、単に再エネを増やすだけでは、いわゆるブラックアウト(大規模停電)のリスクと隣り合わせの社会になってしまいます。この変動を相殺する調整弁の役目を果たせるのは、出力をスピーディに上下させることができる火力発電なんです」
となれば再エネと火力発電は「どちらを取るか」ではなく、再エネを増やすために火力発電が必要だ、という話になる。笹津もうなずく。
「大崎クールジェンの発電設備では、ほんの数分で最大出力まで上げられます。バックアップ役に徹すると発電所としての稼働率が下がってコストが高くなり、電気代に反映されてしまいますが、大崎クールジェンは石炭から作ったガスから、電力以外にも社会で必要とされるさまざまなものを作り出せるんです。つまり電力需要が下がっても設備の稼働率は下がらず、これまで通りの価格で電気をお届けできる」
石炭が秘める
大きな可能性を信じて
石炭ガス化によって作れる有用なものと何か。一つは水素だ。将来の水素社会において、“CO2フリー”の、すなわち二酸化炭素を出さずに作れる水素を世の中に供給できるプラントはどうしても必要、と橘川教授は言う。
「再エネで水素を作る『グリーン水素』もありますが、将来の需要にはとうてい足りないでしょう。大崎クールジェンのようなCO2フリーの火力発電で作る『ブルー水素』が主流になると私は見ています」(橘川)
また、ガス化の過程から分離・回収した二酸化炭素は、セメントに混ぜることで強度を出したり、農産物の成長促進に使ったり、油を生成する藻類を育てたり、液体原燃料に作り変えたりと実にさまざまな用途がある。すなわち、大崎クールジェンは火力発電所であると同時に、炭素から価値あるものを作り出す「化学プラント」でもあるのだ。
「だから私は、『低炭素』『脱炭素』ではなく『低CO2』『脱CO2』と言っています。炭素自体は非常に有用な資源で、賢くリサイクルして使っていくべきものだと思うからです」(笹津)
ゼロエミッションの
その先へ
笹津は言葉を継いだ。
「さらに私たちは、『ゼロエミッション』を超えて『ネガティブエミッション』を実現しようとしています」
その鍵は、木質チップなどを石炭に混ぜてガス化する「バイオマス混合ガス化」。バイオマスは自身の中に大気から二酸化炭素を取り込んでいるので、ガス化過程から分離・回収した二酸化炭素を地中に埋めれば、大気から二酸化炭素を取り除くことになる。固体の石炭からガスを作るガス化炉だからこそできる離れ業だ。
「燃料に10%程度のバイオマスを混ぜれば、二酸化炭素の排出をマイナスにできる。つまり、石炭を使いながらも『ネガティブエミッション』が実現できるのです」(笹津)
気候変動の観点から石炭火力を否定するのは簡単だけれど、と橘川は言う。
「電力会社には安定的に低価格で電気を送り出す責任も社会から課せられています。そして、天然ガスや石油に比べて安定して調達できるのが石炭の特長です。石炭を使いながらカーボン・ニュートラルを目指すのは、石炭をやめて目指すよりも難しい。しかしJ-POWERのその挑戦が日本の経済を支え、世界の無電化地域の人々も使えるようになる電力を生み出すのではないでしょうか」
笹津たちJ-POWER火力畑の技術者たちが歩んできた、高効率でクリーンな石炭火力発電を目指す道。石炭火力に国内外から厳しい目が注がれる中で、彼らは後退や断念を選ばなかった。大崎クールジェンは、「石炭による発電」=「二酸化炭素排出」=「気候変動問題の悪役」という図式を塗り替え、2050年のカーボン・ニュートラル、さらにその先のネガティブエミッションの実現に欠かせない存在たりえようと進化を続けている。
笹津 浩司(ささつ・ひろし)
広島県生まれ。1986年、筑波大学大学院環境科学研究科卒。電源開発入社後、火力発電の効率化・環境負荷の低減を中心とした技術開発に携わり、若松研究所長、磯子火力発電所長、技術開発部長、執行役員技術開発部長を経て、2020年6月に取締役常務執行役員に就任。2001年9月、九州大学にて博士(工学)学位取得。
文:江口絵理 写真:今村拓馬
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