【Vol.4】対話が紡ぐ未来への架け橋~エコ×エネ体験プロジェクトの輪
「小江戸」と呼ばれ、歴史を感じさせる蔵造りの町並みが観光客を引き寄せてきた川越に、60年も前から東京へ電気を届け続けてきたJ-POWERグループの施設がある。北日本・東日本の水力発電所および変電所を運転・操作する東地域制御所と、発電所から送られてきた電気を届ける南川越変電所だ(変電所は電源開発送変電ネットワークが運営)。ここには、新潟県と福島県の両県にまたがる奥只見ダムの水力で作られた電気が今まさに届いている。
「あ、来た来た!」
J-POWER広報部の小林庸一が弾んだ声を上げた。2年前の奥只見ツアーに参加した2人の女性がこちらに向かって歩いてくる。小林は、まるで10年来の友人に再会したかのような満面の笑顔で出迎えた。
J-POWERでは毎年、奥只見ダムや岐阜県にある御母衣ダムの水力発電所、神奈川県の磯子の火力発電所を間近に見学できる「エコ×エネ体験プロジェクト」を開催している。小学生親子向けのツアーや高専・大学生向けなど対象も多彩だ。小林が迎えた女性2人は、都内の小学校で教える秦さやか先生と星野光子先生。2年前から新たに始まった教師向けツアーのいわばOGである。
環境教育の研究会でツアーの存在を知った秦先生は、「エネルギーと環境を組み合わせたプログラムがあるなんて!」とその場で参加を決めたという。それを聞いて川越勤務で奥只見ツアーのスタッフでもある南栄助が傍らでうなずいた。
「たしかに環境教育と発電設備見学を合わせた体験プログラムをやっているところは、僕が調べた限りではほかにないんですよね」
小林がこう付け加えた。「このツアーはそもそも、J-POWERグループの事業をアピールすることだけが目的のツアーではなく、会社の社会貢献活動の一環として、エネルギーとエコロジー(環境)がつながっていることを一般の方々にも広く知っていただく機会を作りたいという思いから始まったものなんです」
小林は、2007年から始まったエコ×エネ体験プロジェクトの4代目の運営責任者だ。発電の業務に携わっていた時期もあるが、2017年に自ら志願してエコ×エネのスタッフに復帰。ライフワークのような情熱でプログラムの企画・運営に打ち込んでいる。
乗り気ではなかった。
なのにいつしか大ファンに
星野先生は、上司である校長からの勧めで奥只見ツアーに参加したという。
「週末の2日間を使うツアーなので、参加すると一週間休み無しで翌週の勤務に突入することになるんです。だから、正直なところあまり前向きな気持ちではなかったですね(笑)」
ところが、と星野先生は続けた。
「始まってみたら、小林さんの情熱あふれる語りと、電力と環境のつながりを体感できるプログラムの見事さにぐいぐい惹き込まれてしまって。終わった時には『来年は知人を誘って参加しよう』と心に決めていました」
年ごとにプログラムが違うわけではないのに翌年も参加したいと思わせる理由はどこにあるのだろう? 実は、秦先生は2018年に初参加し、翌2019年にも参加したリピーターだ。
「同じプログラムでも、参加者が違えば互いに話すことも変わってくる。同じものを見ても、最初は新鮮な驚きに圧倒され、2度目は落ち着いて深く理解することができる。1年目と2年目は、私にとってまったく違う体験でした。可能なら毎年参加したいぐらいです」
エコ×エネではパッケージとして完成された何かを“教える”のではなく、“考えるきっかけ”を提供したい、と小林は言う。
発電所やダムの実物、それらを取り巻き、支えている自然環境を間近に見て、体で感じてもらう。エネルギーを作る現場の人の思いを聞き、環境教育のエキスパートの解説に耳を傾け、実験に参加し、スタッフやほかの参加者と語りあう時間をもってもらう。すべてはそこが終点ではなく、考えるためのきっかけ作りに過ぎない。
考える材料として、プログラムでは電力事業のネガティブな側面も包み隠さず話している。たとえば水力発電のためのダム建設時に湖の底に沈んだ村のこと、石炭火力発電のCO2排出のこと……。日本中が原発事故の恐ろしさを目の当たりにした東日本大震災の年にも、迷いはあったが「今こそ、エネルギーについて多くの方に考えてほしい」とプロジェクトを継続してきた。
「環境にも社会にも悪影響がない100点満点のエネルギーは存在しない。といって電力を使わない世界を目指すのも現実的でない。だから僕らの答えを押し付けるのではなく、一緒に考えてみよう、と呼びかけています」(南)
どちらを選ぶかではなく、
どう組み合わせるか
大学生の時に奥只見ツアーや磯子の火力発電ツアーに参加し、御母衣ダムの見学も企画・実施した澤渡麻帆さん。業界やビジネストレンドの情報を扱う仕事をする今も、その経験が生きていることを感じるという。
「よく知らないままだと、エネルギーとエコロジーは相反する関係に見えてしまいますよね。でも、ダムや発電所の見学を重ね、環境とのつながりを教えていただいて自分なりに考えるうちに、どちらかだけを追求するのは結局サステナブルではない、と思うようになりました」
小林が言葉を継いだ。「世の中にはこのように二律背反に見える問題がたくさんあります。たとえばコロナ禍における『健康か、それとも経済か』の問い。便利で清潔なペットボトルが引き起こす環境問題。でもどれも、『どちらを選ぶか』ではなく、良いバランスを探っていかなくてはいけない。若者や子どもたちにとっても身近なエネルギーは、世の中にはこういう課題が数多く存在することを知り、学ぶのに格好の題材ではないかと思うんです」
小さな「種」は
若者の中で芽を出した
体験を通して得る実感は、頭だけで理解した概念とはまるで質が違う。実物を見て、体で感じ、現場の人の話を生で聞くからこそ、自分の納得には誰のものとも交換できないリアリティが宿る。それが人に考えさせ、さらに「行動」へと後押しするのだろう。
大学1年の時に奥只見ツアーに参加した串田大亮さんは卒業して大手飲料メーカーに就職し、昨夏、念願だったCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)の部署に配属されたばかり。参加してから約10年が経つ今も、ツアーの終わり際のことをくっきりと覚えている。
「自分が今後何をしたいかを小さな紙に書いて、みんなと一緒にブナの木が描かれた大きな紙に貼っていく、という時間があったんです」と串田さんは話し始めた。
「その時、僕は『将来は子どもたちに環境のことを教える仕事をしたい』と書きました。もともと環境教育に興味はあったのですが、エコ×エネに参加したら、小林さん、南さんをはじめとするツアースタッフの皆さんがあまりにも輝いていて、自分も絶対こんな仕事をしよう、と強く思ったんです。その後もずっとその思いを持ち続けて、そういう仕事に向かって歩いてきて、今があります。エコ×エネは、僕の仕事の原点です」
小林たちが若者に手渡した「きっかけの種」は、小林自身も予想していなかった形で若者の中に根を張り、芽を出していた。少し目を潤ませながら小林は答えた。
「ありがとう。実は僕たちもあの時、目を輝かせて参加してくれた串田くんたちからエネルギーをもらっていたんです」
エコロジーとエネルギー。ツアーを企画する人と参加する人。教える人と学ぶ人。エコ×エネ体験プロジェクトは、「一方から他方へ」ではなく、両者が対等に影響を与え合ってよりよいものを生み出すことの希望を教えてくれる。
小林庸一(こばやし・よういち)
東京都生まれ、埼玉県育ち。1996年、早稲田大学法学部卒業。電源開発株式会社入社後、2010年から本店広報室にて社会貢献担当としてエコ×エネ体験プロジェクトに携わったのち、兵庫県・高砂火力発電所での現場業務を経て、2017年よりエコ×エネ体験プロジェクト担当として“復帰”。ツアーやカフェの参加者には「ヨーコバさん」の愛称で親しまれている。
エコとエネが「自分事」になる体験プログラム
J-POWERグループが「エネルギーと環境の共生」を目指して取り組んでいる社会貢献活動「エコ×エネ体験プロジェクト」。小学生から大人まで、年齢問わず楽しみながら学べる体験ツアーやワークショップ、ワールドカフェスタイルの語りの場「エコ×エネ・カフェ」などを開催しています。詳しくはこちら >
文:江口絵理 写真:今村拓馬
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