【Vol.3】香魚よ、よみがえれ!〜天竜川・天然アユ再生プロジェクトの軌跡 |AERA dot. (アエラドット)

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イワナやニジマス、アマゴなど、さまざまな魚が生息し、1年を通じて、多くの釣り人たちが訪れる天竜川。とりわけ、夏の風物詩でもあるアユは、天竜川の象徴として長年親しまれてきた。かつての天竜川の姿を取り戻そうとする人たちの姿を追った。

【Vol.3】香魚よ、よみがえれ!〜天竜川・天然アユ再生プロジェクトの軌跡


 穏やかな春が終わり、梅雨の足音が聞こえ始める6月。この季節になると、そわそわと心落ち着かなくなる人たちがいる。天竜川のアユの解禁日を待ちわびる釣り人だ。

 川を上るアユを狙い、目の前を流れる川と静かに向き合う。指先から腕へとまるで電流が流れるような感覚は、縄張りを守ろうと、囮を攻撃したアユが針にかかった合図だ。その瞬間、腕を勢いよく振り上げ、満面の笑みでアユをたぐり寄せる。

 この時期は釣り人たちにとって、1年の中でも特別な時間。だが、アユの遡上を心待ちにしているのは彼らだけではない。

日本有数の大河川・天竜川は、流域に数々の恵みをもたらす一方で、かつては毎年のようにはん濫し、「暴れ天竜」と呼ばれた。今年は河口から9kmほど内陸の地点(写真)で、天竜川天然資源再生推進委員会による産卵床造成試験を実施。産卵造成に適した砂利を試験区間の水際に集めた

自然を相手に試行錯誤の10年
「これぐらいで諦めちゃいけない」

 電源開発株式会社(J-POWER)で河川環境技術を研究する喜多村雄一。春、夏、秋、冬と季節が変わるごとにはもちろん、時間さえあれば天竜川に足を運ぶようになってもう10年以上になる。

 香魚とも清流の女王とも呼ばれ、釣り人から親しまれてきたアユは、河川評価の指標の一つにも使われるほど環境の変化を受けやすい。気温や水温、水質、流れの速さ、産卵に適した砂利の有無、餌となる苔とそれを育む光……。幾多の変化を敏感に感じ取るアユは、ここ数十年、全国的に減少している。天竜川も例外ではない。

 そうしたなか、喜多村は、天竜川の天然アユ資源と河川環境の再生を目指して、専門家や地元漁協、J-POWER、関係行政が立ち上げた「天竜川天然資源再生推進委員会(旧:天竜川天然資源再生連絡会)」に、2011年の立ち上げ当初から参画。アユをはじめ、天竜川の魚が減少している問題を解決するために調査研究を行っているこの委員会で、河川環境のマネジメントに取り組んでいる。

 喜多村は包み隠さずに言う。

「この10年の取り組みでアユが本当に増えたのかと問われると、『わからない』というのが正直なところです。近年、天竜川のアユの数は下がるところまで下がり、そこで多少のさざ波が起きているような、そんな状況です」

 かつてのように、アユたちが豊かに天竜川を泳ぐ姿を見たい。

 そのために、アユの数のバロメーターとなるハミ跡(アユが石に付着した苔を食べた跡)や産卵調査を重ね、少しでも可能性のあるものは試してきた。餌となる藻や苔が付着しやすいようにと、消防用の高圧ポンプを用いて河川の石の表面を洗浄したり、巨大な石を利用して、アユの生息に適した良好な早瀬も形成したりしたが、大きな変化はまだ見られない。だが、喜多村に落胆する様子はない。

「自然が相手ですから。まだ10年です。これぐらいで諦めちゃいけない」

縦横に筋が入って黒っぽく見える部分は、アユが苔をこそぎ落として食べた跡(ハミ跡)

雄大な「暴れ天竜」とともに生き
挑戦し続ける人々の眼差し

 かつて大規模な洪水を何度も引き起こし、「暴れ天竜」とも呼ばれた天竜川。この中流部に、日本の土木史上に残る佐久間ダムがJ-POWER(電源開発株式会社)によって建設されたのは1956年のこと。天竜川の豊富な水量と落差を活用した佐久間ダムの発電所(佐久間発電所)は、戦後間もない日本の電力不足を補い、高度経済成長を支え、今なお国内有数の水力発電量を誇りながら電力の安定供給の一翼を担っている。

 天竜川のアユが減少したのは、ダムが直接の原因となっているのか。それはわかっていない。もちろん、当時としては類を見ない大規模な開発だったのだから、河川や自然環境に影響を与えていないわけはない。だが、果たしてそれだけが理由と言い切れるだろうか。

 戦後、高度経済成長とともに日本人の生活は激変した。生活用水や工業用水の増加、二酸化炭素の排出、プラスチックごみなど挙げればきりがないが、一人ひとりの暮らしが日々、自然にダメージを与えていることに異論を唱える人はいないだろう。

 とは言え、アユが減少しているのは厳然たる事実だ。それをどう改善していけばいいのか――。

2020年11月に行われた産卵床造成試験の様子。重機を使ってアユの産卵に適した砂利を天竜川に投入。重機で大まかにならした後、クワや足を使って丁寧に平坦にしていく。最後はスタッフ総出で産卵床の上流の河床を踏みならす。短時間に集中して行うことで水の濁りを最小限に抑え、アユへの影響も最小限にしているという(写真提供/天竜川天然資源再生推進委員会)

 新型コロナウイルスが世界を襲った2020年。喜多村が専門家とともに取り組んだのは、アユが産卵しやすそうな砂利を川に入れ、長さ100mにも及ぶ産卵床を造成するというものだ。

 重機を使った大規模な施策も、どれほどの効果があるのかは未知数だ。これまで場所や時期を変えながら何度も試してはいるものの、洪水によって流されてしまったり、産卵が確認できなかったりと、まだ成果は出ていなかった。

 天竜川天然資源再生推進委員会の一員として、喜多村と一緒に試行錯誤を続ける天竜川漁業協同組合の事務局長、谷髙弘記さんは言う。

天竜川漁業協同組合の事務局長、谷髙弘記さん。同漁協では釣り人たちを迎えるため、毎年、多くのアユを放流し、漁協としては珍しいアユの養殖にも成功。天然アユの再生は漁協の悲願でもある

「これまで喜多村さんや専門家の先生方と一緒にいろんな取り組みをしてきました。同じようなことを、天竜川のように大きな川ではなく、もしほかの川でやっていたら、もう少し違った結果になっているんじゃないだろうか。そんなふうに思うこともよくあります」

 人ができる試行錯誤が目に見える結果となって現れるには、天竜川はあまりに大きいのだ。

立場を越えて思いを共有
「目指すところは同じ」

 アユたちが豊かに天竜川を泳ぐ姿を見たい。

 思いは同じとは言え、喜多村と谷髙さんは、はたから見れば相反する立場だ。ダムを建設した企業と、ダムによって生業に大きな影響を受けた地域の人たち。当然、佐久間ダム建設当時は地域との衝突や補償交渉もあった。率直に対話し交流できない時期も長かった。だが、それは一つの側面に過ぎない。

「ダムの建設・維持にあたっては、地域の人たちとの対話が欠かせません。建設からどんなに時間が経っていても、何かの折に、『ダムを壊せ』という声があがる地域もあると聞きます。でも谷髙さんをはじめとする天竜川漁業協同組合の人たちとの議論は、そうしたものとは全く違っている。天竜川に佐久間ダムがあることは大前提で、その上でどうすべきかを一緒に考え、ともに取り組んでいこうというものなんです」

 喜多村は、河川環境技術のスペシャリストとして、“ダムを建設した企業側の人間”として、天竜川以外の地域との窓口も務めてきた。だからこそ、地元の人たちと同じ思いを抱いて天竜川の再生に取り組めている今の関係をこう話す。

「今、私たちが天竜川で取り組んでいることは、企業と地域の関係として、理想的だと思います。もちろん意見がぶつかることはあります。でも、目指すところは同じです。だから諦めずに取り組みを続けてこられたのです」

 取材を終えた2週間後、喜多村から一通の知らせが届いた。

「造成した産卵床で、アユの卵が確認できました。ほんのわずかですが、道筋が見えたような気がします」

 5度目の挑戦にして、ついに現れた成果。これまでの方法が、間違いでなかったことが証明されたのだ。その喜びを喜多村は落ち着いた様子で伝えてくれた。

5度目の挑戦で初めて産卵を確認(写真提供/天竜川天然資源再生推進委員会)

造成した産卵床(緑の丸部分)のうち、赤い丸の地点で卵を確認した(写真提供/天竜川天然資源再生推進委員会)

 もちろん産卵は第一歩に過ぎない。無事、稚魚が生まれても、成長して海にたどり着き、再び天竜川に戻ってくるアユがどれほどの数になるのか、今はまだ、わからない。

 本当の意味で成果が見えるのは、1年後か、5年後か、もっと先かもしれない。だが、時間が経ち、もし成果が出なくとも、喜多村は落ち込んだ様子も見せずに言うに違いない。

「これぐらいで諦めちゃいけない。諦めませんよ」

喜多村雄一(きたむら・ゆういち)

福岡県生まれ。1978年、武蔵工業大学工学部卒業。電源開発入社後、水力発電の土木技術を中心に携わり、1990年、水に関するインフラ、技術、科学に関する世界有数の研究所「IHEデルフト」のMs.C(工学修士)を取得。1995年には、東京理科大学工学博士号を取得。「天竜川天然資源再生推進委員会(旧:天竜川天然資源再生連絡会)」の一員として2011年の立ち上げ当初から参画している。

文:奥田高大 写真:今村拓馬

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