【Vol.2】奥只見のイヌワシを守れ!「自然」との対話で育む生命 |AERA dot. (アエラドット)

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自然豊かな山奥に水力発電所を増設する工事が、希少な生き物たちの暮らす環境を破壊してしまうかもしれない。対立する二つの難題を解決するために凝らした知恵とは……。新潟県と福島県の県境にある奥只見ダムを訪ねた。

【Vol.2】奥只見のイヌワシを守れ!「自然」との対話で育む生命


 水気をたっぷりと含んだ草地を歩いていくとすぐに、丈の低い水草と澄んだ水を湛えた池が現れた。空を反射する水面と水草の群落が複雑に入り混じり、理想的な湿原の風景が広がっている。言われなければ、この湿原「エコパーク奥只見」が人の手で作られたものだとはわからないだろう。

「実は、ここは水力発電所の増設工事で出た岩や土砂を捨てる場所だったんです」

湿地復元の発案者である電源開発株式会社(J-POWER)の鳥羽瀬孝臣は、成長した我が子を見るかのように少しまぶしげな表情で湿原を見つめた。

「エコパーク奥只見」に広がる湿原。山の天気は変わりやすく、水面に映り込んだ雲の流れも速い

 湿原の向こうには日本最大級の貯水量を誇るダム湖、奥只見湖が広がる。豪雪で知られるこの地に、流量豊富な只見川の水を活用するための奥只見ダムが建設されたのは1960年代。地下に設けられた水力発電所は、経済復興で深刻な電力不足に陥っていた関東圏をはじめ、地元新潟にも電力を供給してきた。

 電力需要はその後も増加の一途をたどり、1990年代には増え続けるピーク需要に対応するため、発電所の増設が必要となった。ところがこの時、強い反対運動が巻き起こった。奥只見ダムからわずか数百メートルほどの斜面で、絶滅危惧種のイヌワシが営巣していたのだ。

対「自然」と、対「人」
二つの面から問題と向かい合う

 しかもその巣のペアは、調査工事が始まってから3年連続で繁殖に失敗。反対の声はいよいよ高まり、工事の継続が危ぶまれる事態に陥っていた。鳥羽瀬が現地に派遣されたのはそんな時だった。

「工事反対の立場に寄り添ったドキュメンタリー番組がテレビで放送され、エネルギーの安定供給という使命とイヌワシ保護運動との板挟みで、当社は非常に難しい状況にありました。私自身は増設工事の設計を担当する技術者だったのですが、ある日突然、環境管理責任者として現地に行けと言われたのです」

 いったいどうしたら発電所の工事と環境保護を両立させられるだろう? 鳥羽瀬らは専門家の協力を得て長期間・長時間に及ぶイヌワシの観察を行い、そこで得られた知識と専門家の助言をもとに、多岐にわたる対策に乗り出した。

 まず、イヌワシのペアが環境変化に敏感になる営巣期、11月から翌6月の8カ月にわたって地上での工事を行わないことを決めた。さらに、イヌワシを頂点とする生態系を保護するために騒音・振動や水の汚濁などに対する防止措置を施し、警戒色である黄色と黒で塗られた工事車両に鳥類がストレスを感じないよう、すべて焦げ茶色に塗り替えた。

「ただ、この問題は環境保護対策だけ考えていてもうまくいかない。反対されている方々と我々が『対立』する構造を変えなくては何も前に進まないのです。信頼関係を築くためには事業者側からの徹底した情報公開が必要だと考え、仮に自分たちに不利な情報でも、聞かれる前から積極的に発信しました」

 対「自然」と、対「人」。鳥羽瀬たちが二つの軸で対策に奔走した末に、1999年、本工事は慎重に開始された。

 そして翌年の2000年。イヌワシペアは卵を孵し、すくすくと育ったヒナは7月、無事に巣を離れていった。

クリーム白色の綿羽に覆われたイヌワシのヒナ(中央)。両翼を広げ、バランスを取りながら巣の中を動き回っている(写真提供/電源開発株式会社)

7月2日の巣立ちから18日後の幼鳥。両翼を大きく反らせ、営巣地近くの木に止まろうとしている(写真提供/電源開発株式会社)

前代未聞の
湿地復元プロジェクト

 時計の針を少し戻した1998年の初夏。工事現場のすぐ近くで、新潟県では初記録となる希少なトンボ「ムツアカネ」を県内の専門家が確認したという記事が新聞に掲載された。

 記事を見た鳥羽瀬は青ざめた。ムツアカネが発見された場所は30年前の工事で土捨場にしたところに生まれた湿地で、今回の工事でも土捨場となる予定だったのだ。

 悩んだ末、新たな土捨場の上に湿原環境を作り、元の湿地から動植物を移転させられないか、と思いついた。鳥羽瀬はすぐさま、新聞に出ていたトンボの専門家、林克久さんのもとへ向かった。

 当時、県内の高校で生物の教員をしていた林さんは鳥羽瀬の話を聞いたものの、そんなアイデアがうまくいくとはとうてい思えなかった。

「これまでにも類似の試みが各地で行われていますが、ある生息地から別の類似の自然環境へ移すことすら成功例はほとんどありません。ましてや人工的に作った環境では……」

湿地復元に関する指導助言やモニタリングにも携わった林克久さん(写真提供/林克久)

 しかし林さんは鳥羽瀬の論理立った計画とあふれる熱意に心を動かされた。湿地の復元には年単位の時間と大きなコストがかかる。湿地の生き物を守るためにそれだけの大規模な工事をしようというJ-POWERの覚悟も感じた。

「希少なトンボをなんとか守りたいという気持ちもありましたし、どうしても埋め立て工事が避けられないのなら協力しましょう、と答えました」

 鳥羽瀬の前に、一筋の光が差した。

 林さんを始めとする動植物の専門家チームの助言を受けながら、J-POWERは湿地の心臓部にあたる池を残してその周りから段階的に埋め立てを始め、新しい池を作った後、2年にわたって元の池を埋め立てずに残した。元の池と新しく作った池をできるだけ長く併存させ、生き物たちが自ら移動できる時間を確保する、というのがこの湿地復元プロジェクトの肝だった。

 3年後、新しい池には貴重な水草がしっかり定着し、ムツアカネがその上を舞った。前代未聞の湿地復元プロジェクトは、みごとに成功した。

エコパーク奥只見に生息するムツアカネ(写真提供/林克久)

 元の湿地は完全に埋め立てられたが、その後J-POWERは新しい池のすぐ近くにもう一つ池を作り、生き物たちのすみかはむしろ以前より広がっている。林さんは言う。

「その後も外来種の増加はほとんど見られず、生物相は安定しています。トンボは、希少種を含めこの17年で40種が確認されています。以前よりも豊かな環境だと言えますね」

人の手で作られたとはにわかに信じられないほど、野趣に富んだ光景が広がるエコパーク奥只見。ムツアカネのほか、オゼイトトンボやエゾイトトンボなどの保全対象種も継続して観察されている

20年経っても続く
揺るぎない信頼関係

 工事が終わって今年はもう20年になる。ところが、林さん、鳥羽瀬、当時の工事担当者など、湿地復元に携わったメンバーは現在も年に2回の調査・観察会を行い、レポートを作り、維持管理の提言を続けているという。

「今年結成したAICOの会(奥只見の重要野生生物を保全する会)には当時関わっていなかった人も加わり、仕事としてではなくこの湿原への愛着で通い続けています。20年にわたって我々の調査や提言を尊重してくださっているJ-POWERさんとの信頼関係があるから、これほど続いてきたのだと思います」

 と林さんは言うが、鳥羽瀬は笑って首を横に振る。

「林先生たちの『湿地を守りたい』という強い思いに周囲が自然に巻き込まれて今があるんです」

早朝、朝靄に包まれる奥只見ダム(中央奥)

奥只見ダムの上から眼下を見下ろす。ダムの傾斜は51度もあるという

 エコパーク奥只見はいまJ-POWERにとって、電力供給と環境保護をどう両立するかを学ぶエネルギー環境教育の拠点になっている。
 電力の安定供給と環境保護はずっと、一方をとれば他方が犠牲になる二者択一の関係だと思われてきた。しかし奥只見の山あいにはその二つをなじませ、共生させる知恵が、豊かな湿原という形で残されている。

鳥羽瀬孝臣(とばせ・たかおみ)

福岡県出身。1981年、東京理科大学理工学部土木工学科卒業。電源開発株式会社入社後、技術開発センター茅ヶ崎研究所地盤・耐震研究室リーダーなどを経て、2019年から現職。CO2貯留プロジェクトマネージャーも務める。

文:江口絵理 写真:高山剛

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