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偏差値だけに頼らない中高一貫校選び2025

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コロナ禍を経て、ますます人気が高まる中学受験。先の見えない時代だからこそ、わが子の可能性を伸ばせる学校を選びたい、偏差値だけにとらわれず、わが子に合った学校を見つけたい――。そうした視点で中高一貫校を探すご家庭も増えています。

小社発行のAERAムック『偏差値だけに頼らない中高一貫校選び2025』では“偏差値”という指標だけにとらわれない、多角的な視点から、中高一貫校の魅力や中学受験のリアルを取材しました。学校を選ぶために知っておきたいキーワードや、最新動向を紹介します。

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なぜ今、「探究的学び」が必要なのだろう?

最近、「探究」という言葉をよく聞くようになりました。学校教育の中でも、小学校・中学校・高校で「総合的な学習(探究)の時間」があります。なぜ、今探究的な学びが必要とされているのでしょうか?慶應義塾大学名誉教授の河添健先生に歴史をひもときながら解説していただきました。

文=江口祐子

河添 健

数学者・慶應義塾大学名誉教授
神田外語大学・放送大学客員教授
河添 健先生

1954年東京都生まれ。慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部部長(校長)、慶應義塾大学総合政策学部長を歴任。2020年4月から東京女子学園中学校・高等学校(現芝国際)の校長を3年間務め、探究学習を推し進めた。共著に『信じることから始まる探究活動のすすめ』(大修館書店)がある。

 教育には大きく分けて二つの考え方があります。一つは先生が生徒に知識を教えること。学問を教科書に沿って系統的に指導することから、「系統主義」とも言われています。もう一つは、個人の経験を重視し、そこから学んでいこうとするやり方。「経験主義」とも言われます。

 どちらがいいか、という話ではなく、両方をバランス良くやるのが一番です。系統主義で得た知識に基づいて個人がいろいろなことを体験し、試行錯誤や失敗を繰り返していきながら学んでいくのです。

 しかし、日本は明治維新以降、ずっと系統主義に基づく知識量偏重の教育から抜け出すことができません。昨今日本は、知識量において世界で見ても引けを取らない学生が多くいるにも関わらず、人材が育っておらず、GAFAのようなイノベーションを起こす企業は生まれない。学生も内向き志向で、国力も弱まっている。ようやく、知識を詰め込むだけでは世界に通用しないとはっきりわかってきたのです。

 そこで、もう一つの「経験主義」を元にした実学―道理を知り社会を生きる力―をきちんとやりましょう、というのが文部科学省の考え方であり、「探究」の導入になっています。

これだけは押さえておきたい教育のキーワード①

江戸
寺子屋の普及

幕府や藩が設置した藩校と庶民を対象とした寺子屋が普及した。さらに国学・漢学・洋学などの私塾も多数存在した。

寺子屋

寺子屋は庶民に生きるために必要な実用的な内容を教えた。まさに当時のアクティブラーニングだ。
写真:AP/アフロ

明治
1872年(明治5年)学制公布

近代的学校制度を定めた基本法令。特に小学校での教育が重視された。明治23年には教育勅語が発布され、大正の初期にかけて日本の近代教育制度は確立する。

学制公布

寺子屋では個々に指導を受けていたが、明治期には教科書を使い、集団で一斉に教えるという方法に変わった。
写真:AP/アフロ

明治維新後、系統主義が強まる

 少し教育の歴史を振り返ってみましょう。

 江戸時代には、庶民を教育する場所として寺子屋がありました。寺子屋のすごいところは、同じ教室にいる仲間に教えてもらったり、教えたりしながら主体的に学んでいたところです。

 ところが明治維新以降、富国強兵の道に進みます。諸外国との遅れを取り戻すために、西洋人と同じ博学を身につけた博士を多くつくろうということとなり、系統主義の教育を強化したのです。

 大正期は欧米の影響を受けてユニークな教育を行った学校もありました。しかし国家的な教育統制のもとでは主流にはなれませんでした。

 敗戦後、アメリカの指導のもとに教育改革が始まります。経験主義的な教育を取り入れようとしましたが、それを指導し、実践できる人がいない。その流れは頓挫してしまい、結局明治期とあまり変わらない系統主義教育に戻ってしまいます。6・3・3制の単線型の学校教育制度が導入され、教育の画一化が進みました。

これだけは押さえておきたい教育のキーワード②

大正
大正自由教育運動

日露戦争(1904〜05年)後は帝国主義的な国民教育が国を支える。この画一的な教育を排し、欧米で活発化していた主体性を重視した教育運動。しかし戦時体制下では批判や弾圧を受けることになる。

学校の例
昭和
戦後の教育

ジョン・デューイの経験主義的な教育から始まる。しかし昭和30年ごろに見直しとなり、系統性を重視した基礎学力向上の教育となる。高度成長期に科学技術教育に重点が置かれ、内容が高度化する。昭和40年代後半は高校進学率が90%を超え、高校教育が大衆化する。昭和50年頃になると「詰め込み教育」「受験戦争」「おちこぼれ」が社会問題となる。

ジョン・デューイ

ジョン・デューイ(1859-1952)はアメリカの哲学者、教育思想家。「経験主義教育」という新しい理念を日本にもたらした。
写真:AP/アフロ

ゆとり教育

1978年の学習指導要領に教育の目的は「人間性豊かな児童生徒を育てる」と明記される。後にゆとり教育と呼ばれる。これからの社会に求められる教育は、「生きる力」の育成であり、個性を尊重し、学ぶ意欲や主体性を重視し、体験学習や問題解決学習が行われる。

偏差値が登場、受験戦争が加速

 その後、昭和30年代に「(学力)偏差値」が使われるようになります。進路指導に信頼できる指標を導入することが目的で考案されたものです。戦後のベビーブームという社会的背景もあり、大勢の中で自分の学力の位置付けができる偏差値は便利に使われ始めました。

 1970年代になると学習塾や業者テストにも浸透します。偏差値は学校のランキングにも使われだし、偏差値の高い学校へいくことが教育の目的のようになってきます。「受験戦争」という言葉も出てきて、偏差値重視、詰め込み型学習の傾向は加速します。

「おちこぼれ」といった弊害も生まれ、教育改革をしようとする動きが出てきます。

 80年代から始まる知識量偏重型の詰め込み型教育の是正を目指した、いわゆる「ゆとり教育」です。

 慶應義塾大学は90年に画一的な教育システムからの脱却を掲げて藤沢キャンパス(SFC)を造り、初のAO入試(現在の総合型選抜)を導入しました。しかしゆとり教育は学力低下や競争原理を避けるとの指摘を受け、国民の強い賛同は得られませんでした。そして「脱ゆとり教育」につながります。

 ゆとり教育のキーワードである「生きる力」は引き継がれ、2022年度から高校で導入された「総合的な探究の時間」につながっていきます。

これだけは押さえておきたい教育のキーワード③

平成
1990年(平成2年)慶應義塾大学A O入試の開始

世界で活躍する人材を育成する場として湘南藤沢キャンパスを開校する。問題発見・解決型の教育を実施し、学ぶ意欲や主体性を評価するAO入試(現総合型選抜)を導入する。

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス

神奈川県藤沢市に広大な敷地を持つ慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)。数多くの起業家が輩出している。写真:朝日新聞社

「生きる力」
がキーワードに

2002年度から「総合的な学習の時間」が本格導入され、調べ学習や発表・討論などが行われる。しかし授業時間が問題視され、学力低下が指摘される。各方面から批判が起こり、11年度からいわゆる「脱ゆとり教育」が始まる。ゆとりでも詰め込みでもない生きる力を育む教育であり、高校で導入される「総合的な探究の時間」につながっていく。

令和
2022年(令和4年)高等学校で「総合的な探究の 時間」スタート
2010年3月31日付朝日新聞朝刊から。

2010年3月31日付朝日新聞朝刊から。

探究は子どもが視点の中心

 探究は経験主義的な学びなので、視点の中心は先生ではなく、子どもにあります。そもそも先生が教えるものではなく、生徒が自主自発的に行っていくものです。ですから、先生が良い成果を求めて「こうやったらいいよ」とやり方を教えてしまったら意味がありません。当然、試行錯誤や失敗はつきものですし、それらを何度も繰り返しながら進めていくのが探究です。

 よく、知識教育と探究はどちらが重要か、と質問を受けることがありますが、両者はそもそも軸が違うのです。したがって一般入試に向かない生徒は「探究」をして、総合型選抜を受験する、という指導は本末転倒です。受験のための探究になってしまってはいけない。

 まずは、一人ひとりの個性を見て、その子を伸ばすための探究をすべきです。テーマは本人が興味を持てるものだったら何だっていいのです。

 保護者は、何より「自分で考えさせる」ことを意識してください。また、失敗しないようにレールを敷いてあげる、という発想は今の時代、やめたほうがいい。最低限のレールを敷いてあげたとしても、外れることを怖がらせてはいけません。そして子どもが興味を持ったことを励まし、応援してあげることが大事です。もちろんやりたいことが途中で変わることもあります。それも探究のプロセスの一つ。子どもの可能性を信じてあげてほしいです。

多様化する中学受験

最近の中学受験は多様化しています。受験生の志望動機もさまざまであり、入試の種類も知識を問う4科目受験だけでなく、思考力や表現力、主体性などを問う、いわゆる「新タイプの入試」が増えています。その背景を探究学習に詳しい、知窓学舎塾長の矢萩邦彦さんに聞きました。

文・構成=玉居子泰子

矢萩邦彦

知窓学舎塾長 矢萩邦彦さん

実践教育ジャーナリスト、中学受験塾「知窓学舎」塾長、多摩大学大学院客員教授など様々な肩書を持つ。約30年前から「探究学習×受験」をテーマに、小中高生に向けた探究学習型受験指導を行う。著書に『正解のない教室』(朝日新聞出版)ほか多数。

 親世代の中学受験といえば、小学4年生で塾通いを始め、4教科をしっかり勉強し、少しでも偏差値の高い学校を目指すのが主流でした。しかし近年、偏差値帯よりも、私立ならではの学習や中高一貫の学びにひかれて受験を目指す子も増えました。そうした家庭の一助になっているのが、「新タイプ入試」と呼ばれる入試形態です。

大学入試改革の影響で
中学受験にも変化の波が

「新タイプ入試」は4科目(関西は3科目)受験以外の入試で、例としては公立一貫校受検でも取り入れられている「適性検査型入試」から、判断力やコミュニケーション能力を測る「グループワーク型入試」、考える力を見極める「探究型入試」や、1科目に絞って挑戦する「1科型入試」など、実に多種多様です。

 新タイプ入試が広がった背景について、知窓学舎塾長の矢萩邦彦さんは「2020年度以降の大学入試改革の影響が大きい」と言います。

「大学では、総合型選抜と言われる、いわゆるAO型の受験形態が増えてきました。現在は私立大学を受験する半数以上が、総合型選抜や推薦型選抜で合格を得ているという時代。“偏差値だけでは測ることができない学力”が重要視され、認められるようになったと言えるでしょう」 

 さらに、この大学受験の変化の流れが、そのまま中学受験のあり方に影響を与えている、とも。

「つまり、中学受験も偏差値型の一般入試だけではなくなってきた。4科目受験では難関校を目指すことができない子でも、得意科目やその子の持つ能力を生かせる受験であれば、上位校を目指すことができるようになったのです」

 学校側も、ペーパーテストだけでは測ることができない個人の能力(コンピテンシー)を見極めるため、スポーツや芸術の活動実績、作文や面接、集団討論など、多様な入試の選択肢を提示するように。

「入試にバリエーションが増えただけではなく、最近では、保護者の方々の意識も変わってきたように感じます。特に私の塾に通う方は、詰め込み型の従来の学習方法に疑問を持ち、『探究型の学びのほうがいい』『合格することより、ちゃんと成長してほしい』とおっしゃいますね」と矢萩さん。

 小学生のうちから“得意なこと”“好きなこと”を軸に学びや経験を積み重ねる重要性が、学校側にも保護者にも浸透しているようです。

偏差値より「相性」
基礎学力と個性がキーワード

 実際に、4科目受験ではなく、「新タイプ入試」を軸に中学受験に挑む場合、どのような準備が必要なのでしょうか。

 これまで新タイプ入試に挑戦した数々の教え子を見てきた矢萩さんは、「得意科目や思考力、判断力、プレゼンテーション力など、個性や強みを生かすことができ、その子の能力と試験問題が合っている場合は、比較的短期間の準備でも合格することは可能」だと言います。

 一方で、「新タイプ入試だから受験が“楽”になるわけではありません」と、忠告も。

「適性検査型入試も含め、新タイプ入試で重要視されるのは、学校と生徒の“相性”です。その子が持つ特性や能力が、学校側が求める能力と合致していれば、いわゆる“受験勉強”を何年も行わなくても、合格できる可能性は高い。しかし逆に言えば相性が合っていなければ、いくら対策をしても合格を得るのが難しいのが新タイプ入試なんです」

 わが子と希望の中学との相性を見極める方法は、「とにかく普段から、子どもを観察すること」。 

 勉強で言えば、国語が得意、算数が苦手、という大きな枠だけでなく、「読解問題は不得意でも、作文は得意」「算数の図形は得意だけど、計算は苦手」「教科で高得点は難しいけれど、プレゼンテーションは堂々とできる」というように、細かいところまで、子どもの得意不得意を保護者が理解できていると、各学校の試験問題の傾向・対策にもつながるといいます。

 また、過去の入試問題を解いてみて、割合楽しく取り組めている場合や、良い結果が出る場合は、学校との“相性”がよく、入学後も楽しく学べる可能性が高いというバロメーターにもなります。

「試験問題は、学校が提供する教育を映す『アドミッションポリシー』に沿って作られていることがほとんど。つまり試験問題を見れば学校がどういう教育を提供しようとしているか、教育方針にわが子が合うかどうかがわかるのです」と矢萩さん。

「ただ、新タイプ入試で入学した場合、一般受験で入学した生徒とは基礎学力に差がある場合があります。そういう子たちと肩を並べて、いかに主体的に授業に取り組めるか、学校側も学力的に必要なサポートをしつつ、独創性や創造性をいかに伸ばしていけるか……そこは入試改革後の新しい挑戦でもあります」

 入試改革によって学びの質がどう変わっていくのか、それが成功と言えるのかは、少なくとも6年間は経過を見ていく必要がある、と矢萩さんは注視しています。

「学校は、入試だけを新しくすればいいのではなく、旧来型の授業作りを超えるカリキュラムを作り、新しく求められる『学び』を改革しなければいけない。そのためには先生たちの意識改革をしていく局面でもあると感じています」

 自分の能力や適性を自覚し、努力できる子は、先行きが不透明と言われるこの時代にも、自らの特性や希望に沿って仕事を選び、向き合えるのは確か。自分の人生に「納得」できる大人を育てるためにどんな「学び」が必要か、大人はどうサポートすればいいか、学校も保護者もしっかりと考え、伴走しなければいけないのかもしれません。

*本記事は「偏差値だけに頼らない 中高一貫校選び 2025」本誌からの一部抜粋です。