東京駅の東北・上越・北陸方面の新幹線ホーム。新幹線が入線すると、ホーム上には新幹線に向かって頭を下げる赤いブルゾンを着たスタッフらの姿があった。
彼らは「JR東日本テクノハートTESSEI」の従業員。同社は、東京・小山エリアにおける新幹線の車両や駅のコンコースなどの清掃業務を担当する会社だ。1952年に国鉄の在来線電車の清掃を担当する鉄道整備株式会社として誕生し、創立60周年を迎えた2012年に、社名を変更。「テクノハート」は「技術と心で創るおもてなし」を意味している。
その社名どおり、スタッフの働きぶりは技術と思いやりにあふれている。お客さまが降車後、ホームのスタッフは折り返し運転のため新幹線に乗り込み、素早く車内のゴミを回収し、座席の向きを逆向きにそろえる。さらに座席背面のテーブルを一つひとつ開いて拭き上げ、床のほうきがけを行う。トイレや洗面所などの清掃を行うスタッフもいる。
一連の作業にかけられる時間は、わずか7分。限られた時間を有効に使うための“ワザ”は随所に見受けられる。新幹線の清掃を担当して5年目になる榎田マイラさんが教えてくれた。
「たとえば、座席の背面テーブルを開く角度は45度。この角度なら汚れの影が見えて発見しやすいんです」
効率よく清掃を行うため、新たな機器の導入も積極的に行っている。「サーモグラフィ」もそのひとつ。これはサーモグラフィを使うことで濡れている座席を発見するというものだ。本社経営企画部の浅海雅也さんが説明する。
「座席は飲みものをこぼした時だけでなく、ペットボトル表面の水滴や汗などで濡れることもある。次に座るお客さまが不快な思いをされないよう、できる限り座席が濡れていないか確認しています」
これまでは濡れている座席に触れると、ブザーが鳴るほうき状の器具を主に使っていた。しかしすべての座席に触れる必要があり、時間がかかる。
「そこで、2年前から一部車両でサーモグラフィを導入。色によって濡れている座席が分かるようになり、作業効率が大幅にアップしました」(浅海さん)
TESSEIの清掃作業の特長は、清掃を単なる“お掃除”ではなく、お客さまへのおもてなしととらえていることにある。それは、清掃作業前後にスタッフが行う礼にもよく表れている。
「新幹線到着時はお客さまへの感謝の気持ちを込め、清掃作業終了時にはホームに並び『お待たせいたしました』の気持ちを込めて礼をしています」(榎田さん)
キビキビと清掃作業を行い、お客さまへの礼を尽くすスタッフたち。この様子が話題を呼び、数年前から国内外でさかんに取り上げられるようになった。
「取材では『清掃業務は3K(きつい、汚い、危険)の仕事とされてきたが、なぜスタッフはイキイキと働いているのか』『モチベーションを上げる方法は?』などの質問を多く受けました。その答えは、当社が醸成してきた『互いを認め合う文化』にあると考えています」(浅海さん)
この文化の中核を担うのが「エンジェルリポート」だ。目立たなくとも、日頃コツコツと作業に励んでいるスタッフや、お客さまに対する行動を互いに認め合う制度で、専用の用紙に相手の名前とどのような行動が素晴らしかったのかを記入して提出する。社内にすっかり浸透し、16年にはリポートをもらったことがあるスタッフは96%にものぼった。
「リポートをもらえると、仲間や上司から頑張りを認めてもらえたと感じられて、とてもうれしいです」(榎田さん)
スタッフのモチベーションを高く保つ一方で、現状に甘んじてはいない。TESSEIではすでに次の時代に向け、新たなおもてなしの方法を模索している。
新型コロナウイルス感染症によって、社会環境は激変。同社の業務においても、清掃の際に消毒液を用いるなど、感染拡大防止のための作業が加わった他、ソーシャルディスタンス確保のため、お客さまへの積極的な声掛けや案内は難しくなった。
「コロナ禍によって世の中が変化し、お客さまの価値観が変わったのだから、私たちの仕事にも変化が求められます。そこで、現場のスタッフが集まり、今後、必要とされるサービスについて話し合う場を設けました。生産性の向上を意識した取り組みや新しいおもてなしに挑戦し、TESSEIの存在価値は何なのかを一丸となって考えたい」(浅海さん)
来たる東京2020オリンピック・パラリンピックに向けても、おもてなしのアップデートに余念がない。
「お客さまとのコミュニケーション能力の向上などに努めています。またご旅行に不慣れなお客さまへのお声掛けの方法を考案するなど、社を挙げて東京2020大会の開催に向けて邁進中です」(同)
変化を恐れず、挑戦を続ける。その姿勢はコロナ禍収束後に再び訪れるであろうグローバル社会でも、輝きを放つことになるはずだ。
JR 東日本は、東京2020 オリンピック・
パラリンピックを応援しています。