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ユニバーサル

デザイン

バス

西山敏樹。

Reportage

首都圏の好アクセスな立地で人気の東京都市大学。
この大学には高度な研究を担う、
ユニークで個性豊かな教授陣が数多くいる。
そんな先生たちが大切にするモノ、コトを通じて、
個々の素顔に迫る「ヒトモノリサーチ」。
今回は、多くの民間企業とも協力しながら
生活者目線でよりよい都市環境の実現に取り組む
路線バスのスペシャリスト、
都市生活学部・西山敏樹准教授に話を聞いた。

東京都市大学 ヒトモノリサーチ Tokyo City University 5

文/安住拓哉 ウェブデザイン/ヨネダ商店 アートディレクション/鍋田哲平 撮影/高橋奈緒(朝日新聞出版写真映像部)
制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot. ADセクション

西山敏樹

中学のときから
バスを
乗り歩き
高齢者と交流

「ボクちゃん、どうして、このバスに乗ってるの?」

 西山少年は休みがあると全国各地の路線バスを乗り継ぎ、地方の山奥や人里離れた秘境を旅していた。

 バスに乗っているのは地元の人だけ。普段は見かけない中学生ということで、よく話しかけられた。

「どの路線バスに乗っても、乗客の多くは高齢者でした。そんな方々に声をかけられて交流するうち、高齢者にとってバスは街に出るための生命線なんだな、バスの役目ってものすごく大事なんだな、と思うようになりました」

 生まれは東京の北区赤羽。大好きだった祖母の家(東京都練馬区)に行くときもバスを乗り継いでいた。

「祖母の家は23区内ですが、鉄道の路線とは離れた場所にありました。リウマチだった祖母がバスに乗るときの不便をなんとかしてあげたい、救ってあげたい、といつも考えていましたね」

 文章を書くのが好きだったこともあり、中学生の頃から、その思いを『バスメディア』という当時の読者投稿型バス専門雑誌にせっせと投稿した。

 慶應義塾大学のAO入試(現・総合型選抜)のとき、これら少年時代の〈バス投稿〉を論文にして提出したら、「君、おもしろいね!」と合格。

 大学時代は、バスをはじめとした公共交通のユニバーサルデザインや環境低負荷型のエコデザインの研究に没頭し、大学院に進んだ。東京都市大学で教壇に立つことになったのは2015年4月だ。

「僕の場合、趣味と研究の境目がないというか、趣味の延長で研究者になってここまで来たといった感じです(笑)」

 高齢者思いで心やさしいバスマニアの中学生が、夏休みの自由研究を突き詰め続けて、気づけば“大学で教える人”になっていた──。

西山敏樹

穏やかな表情の奥に「高齢者に限らず、どんな人でも気軽に便利に使えるバスを」という熱い使命感がある。

バリアフリーと
ユニバーサル
デザインの
違いとは?

「ノンステップバス」をご存じだろうか?

 西山准教授がその普及に尽力したのが、乗り降りの際に段差がなく、高齢者や体の不自由な人、子どもにもやさしいバス「ノンステップバス」だ。

「高齢者や障がいのある方に配慮した施策には、社会生活をしていくうえで障壁(バリア)となるものを取り除く『バリアフリー』があります。でも、出来てしまったバリアを後からなくすためには、余計なお金がかかります」

 かつて昇降リフトをつけたバリアフリーのバスが流行したそうだが、通常のバスの2倍近いコストがかかったという。最初からバリアのないものを普及させたほうが安上がりだし、利便性も高まる。

「そこで生まれたのが『ユニバーサルデザイン』です。生活者のQOL(Quality of Life=生活の質)を上げるために生まれたデザイン、そして、すべての人が最初から使いやすいもの。段差がなく乗り降りに苦労しないノンステップバスも、その一環です」

ノンステップバス

乗降時の段差がない「ノンステップバス」。少年時代に西山准教授が思い描いていた高齢者にやさしいバスは今、全国に普及している。

ノンステップバス

「電気バス」なら
より段差のない
車内空間を
デザインできる

 西山准教授は「電気バス」の普及にも取り組んでいる。ガソリンを使わないバスだ。

 内燃式のエンジンを搭載したバスの場合、どうしても後部座席の下に大きなエンジンを格納するスペースが必要。これが車内に段差ができてしまう原因となる。

 駆動モーターを車輪のホイール部分に搭載できる電気バスなら、バス後部に段差のない低床スペースを確保できる。その結果、完全なノンステップバスが可能になるのだ。

 電気バスなら、排ガス問題もクリアできるので、環境にもやさしい。

「大学院を出て研究者になった頃、国のプロジェクトに参加し、電気バスの研究も始めました。このとき、ユニバーサルデザインとエコデザインの融合を意識するようになりました。電気バスはまだ国内メーカーが製造に及び腰という面もあるので、独自にフルフラットな電気バスを国内メーカーとの協働で試作し、実証実験をしました」

電気バス

通常のバスとは違い、「電気バス」なら構造そのものが違うから、「みんなにやさしいバス」もつくりやすい。しかもエコだ。

救急車が
病院の中まで
入れたら
いいのに

 西山准教授が思い描く次なる未来は、「建物の中を電気で動く乗り物が自由に行き来するのが当たり前の世界」だ。

 手始めに取り組んだのは、病院の中を走る電気自動車だという。えっ、病院の中を? 自動車が走る??

「患者さんが病院内を平均何メートル歩くかを、まず調査しました。その結果は平均300メートル。受付から診察室など計6カ所くらいを歩いて回るケースが多いこともわかりました」

 病院に通うような人にとって、300メートルという距離は負担になる。

「排ガスの出ない電気自動車なら、病院内を走っても問題ないと考えました。自動運転技術も使った車にすれば、座って乗っているだけで、受付から受診、処方箋の受け取り、会計まで、できるはず。そんな電気自動車を病院内で走らせる実証実験を行いました」

 この研究は2014年のグッドデザイン賞を受賞し、電気自動車や自動運転に対する社会的な関心を集めることに成功した。

「いずれは『電気救急車』が病院の処置室に直接乗り入れて、すぐに手術や処置ができるような仕組みが作れたら……と考えています」

西山敏樹

発想が自由で「えっ!?」と驚いてしまうのだが、確固たる知識を元にひらめいている。だからこそ、詳しく聞くと「なるほど、それなら不可能ではない」と納得。電気救急車はその一例だ。

東伊豆町の
〈お困りごと〉を
「買い物列車」で
解決

 東京都市大学には、未来の都市や街づくりに関する研究を行う「未来都市研究機構」がある。その研究テーマの一つが、高齢者を中心とした「買い物難民」に対する買い物支援だ。

 西山研究室の学生の一人が静岡県の東伊豆町で「何か〈お困りごと〉はないですか?」と町民に尋ねたところ、聞こえてきたのが「駅前にスーパーがなくなってしまった」「買い物するところまで歩いて15分以上かかる」というリアルな声だった。

「スーパーがなくなったなら、乗り物でどうにか解決できないか」

 学生たちが東伊豆町を走る伊豆急行と交渉して実現したのが、駅のホームで時間を決めて販売を行う「買い物列車(移動式スーパー)」だった。

「車内で販売する商品の選定や告知の方法は、すべて学生たちに考えてもらいました。僕自身は学生たちのがんばりを後押しする形にとどめました。買い物列車は地域の方々から反響があり、うれしかったですね。すでに伊豆急行の沿線で3回、買い物列車が特別運行されています」

 この買い物列車の研究は、今年度の東急グループ社会貢献賞にも選ばれた。東急グループの東京都市大学という環境をフルに活かし、西山研究室は現場を大切にした研究を続けている。学生も現場の問題解決につながる実践的な研究活動が行えるため、着々と力をつけている。

 なお、企画の中心人物だった学生は、伊豆急行にそのまま就職することになったという。伊豆急行から「彼にぜひ来てほしい」と指名があったそうだから、買い物列車がどれくらい伊豆急行と住民の双方に支持されたかがわかる。

「僕自身、好きなことをずっと研究対象にしてきました。学生にも『好きなことを一生懸命やったら、楽しいよ』といつも言っています」

買い物列車

西山研究室の学生の地道ながんばりで実現した伊豆急行の「買い物列車」。地域住民にも大好評で、すでに3回も特別運行された。
photo provided by Toshiki Nishiyama

買い物列車

地域のお困りごとを解決するアイデアを一丸となって実践しながら研究できるのが、東京都市大学都市生活学部の魅力。
photo provided by Toshiki Nishiyama

 買い物難民救済のためのアイデアをもう一つ紹介しよう。畑のもぎたて野菜や新鮮な果実を生産者が消費者の家まで直接届ける「セレクト野菜ネットショップ」という実証実験だ。

 スマートフォンに表示された二次元コードを読み取るだけで、近所の農家から朝採れ野菜などの新鮮な青果が買えて、手元に届くサービスである。

 セレクト野菜ネットショップは、その土地で生活する人と、その土地で作物を育てている農家とのつながりづくりにも役立つサービス。この活動は全国各地に「エコな買い物支援サービス」として定着しつつある。

西山敏樹

西山研究室が発案した、買い物難民と地域の農家をつなぐ「セレクト野菜ショップ」の受け渡し風景。
photo provided by Toshiki Nishiyama

公金には
頼らず
今あるものを
いかに使うか

 一般的に、ユニバーサルデザイン関連や地域活性化につながるような事案は、国の補助金が出やすいイメージがある。だが、国の補助金にはほとんど頼らないそうだ。民間企業と積極的に協力して、現場のニーズにこたえていくと研究も進むことが多いという。

 今回の取材場所となった、神奈川県川崎市麻生区にある東急バスの虹が丘営業所も、実証研究の舞台だ。

「虹が丘営業所に、地域のニーズに合ったコミュニティースペースをつくれないか、東急バスさんと一緒に検討・研究を進めています。バス会社の車庫でもある営業所には空きスペースが意外にあるんです。そのスペースを使って、研究室の学生が企画した多世代の方が楽しめるイベントを開催することで、住民がバス会社に親しみを感じてもらえるような空間をつくろうと思っています」

「バスはヒトを運ぶもの」と決めつけてしまっては、もったいない。「何かを運んでもらいたい人」「スペースが欲しい人」など、調査すれば地域のニーズはたくさん見つかる。

「今あるものをいかに有効活用するかを一生懸命考えることで、新しいものが生まれると思っています。学生とともに、そのアイデアを考えることはとても楽しいです」

 こうした経験は、企業に就職してもそのまま生きる。現場重視の超実践的な学びを体験できるのが、東京都市大学の都市生活学部ならではの魅力といえる。

東急バス虹が丘営業所のコミュニティースペース

東急バス虹が丘営業所のコミュニティースペース。取材当日は「子供運転シミュレーターで運転士体験・虹が丘営業所見学」というイベントが行われていた。

自宅には
1300台以上の
バス模型が
3部屋を占領

 最後にもう少し、“バスマニア・西山”の素顔に迫ろう。愛してやまないモノは、バスや鉄道の模型だ。その数、バス1300台、電車1万両! 自宅の3部屋を埋め尽くしているという。

「2年ほど前、テレビの鑑定番組に出て、コレクションを鑑定してもらったことがあります。日本で初めてのNゲージ(レールの幅が9ミリの鉄道模型)『ソニーマイクロトレーン』を出品したら、55万円の評価額をいただきました」

 どれも大事で、どれも捨てられない。メンテナンスも相当大変だろう。取材当日も持参した超レアなバス模型を手に、うれしそうに「いかにレアか」を語ってくれた。

岐阜バス(正式社名は岐阜乗合自動車)の特注模型

特にお気に入りのバス模型の一つがこれ。世界に11台しかない、貴重な岐阜バス(正式社名は岐阜乗合自動車)の特注模型だという。

少年時代の
心のまま
バスを通じて
これからも

 大学時代には、バスマニアの間でも有名な、高速道路を使わない路線バスとしては日本一の走行距離を誇る八木新宮特急バスで、奈良県の近鉄大和八木駅から和歌山県のJR新宮駅までの約6時間半の路線バスの旅も楽しんだ。今でも暇さえあれば、路線バスの旅を楽しんでいる。

「地方のバスは中古車を利用していることも多く、かつて東京で走っていた貴重な車両に乗ることができます。『昔、子ども時代に乗ったかもしれないバスに、今、乗っているんだ』と思うと心が躍るし、感慨にも浸れます」

 バスや鉄道を愛する純粋な心は、地方の路線バスで高齢者と交流し、地域が抱える問題点に気づいた少年時代のままだ。これからも、みんながうれしくなるようなアイデアをどんどん思いついていただきたい。

西山敏樹

少年時代に感じた「お年寄りが快適に乗れるバスの必要性」からユニバーサルデザインの道に進んだ。その目は今も純粋で一直線である。

Postscript

「乗り物マニア」というと当然、乗り物に対するこだわりが強い人というイメージがありますが、西山先生は「たまたま乗り合わせた人たち」にも関心があったことが、新鮮でした。「問題は現場にある」という言葉を聞いて、自分自身、日々の生活を丁寧に見つめ直すことが、さまざまなアイデアや企画立案のためには必要だな、と痛感。それにしてもバス模型1300台、鉄道模型1万両のコレクションはすごい! 深く広い“バス愛・電車愛”に感服しました。

Profile of Toshiki Nishiyama

西山敏樹
東京都市大学 都市生活学部
都市生活学科 准教授
西山敏樹1976年、東京都北区赤羽生まれ。バスに関する論文で慶應義塾大学総合政策学部のAO入試(現・総合型選抜)に合格。大学時代にユニバーサルデザインの研究に目覚め、同大学大学院政策・メディア研究科に進む。2003年、博士号を取得。同大学医学部特任准教授、同大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任准教授を経て、2015年4月より現職。日本イノベーション融合学会理事長を兼務。大学や公的なシンクタンクで、ノンステップバス、電気バスなど、ユニバーサルデザインとエコデザイン(環境低負荷デザイン)の融合方策を実践的に研究・提案する。路線バスの活性化方策に明るい、数少ない研究者として有名。東京都市大学都市生活学部の西山研究室には乗り物好きをはじめ、ユニークな人材が集まる。

※この記事の内容、事実関係は2022年8月現在のものです(AERA dot.掲載日…2022年9月14日)

提供:東京都市大学