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ホンダ
CBR600Fが
生む、人との
つながり

早春の光を受けて輝く赤——。全長約2メートルの「ホンダCBR600F」と共に現れた大谷紀子教授。バイクと出会って約25年が経つ。

「免許を取得したのは大学院修士課程の頃です。魅力? マシンを自分で完全にコントロールする快感でしょうか」


以前は週末になるとツーリングを楽しんでいた。中でも白馬(長野県北安曇郡)には、オーナーがライダーの定宿があり、暇を見つけては走って、バイク談議で盛り上がっていた。


「よく白馬までの所要時間を聞かれるのですが、ライダーは目的地まで『おいしい道』を探して走ります。おいしい道とは、バイクの操作をさまざまに試せる道。急カーブが続くような峠道などを見つけるとワクワクしますね。車体を傾ける角度や、そのときの自分の姿勢、手・足・腰の力加減などをトータルで考えて、実際にやってみるのですが、イメージ通りにカーブを曲がれたときの達成感は最高です」


バイク乗りだからこその出会いもあるという。

「車の場合、駐車場で隣に偶然並んだ運転手と話し込むなどということは、あまりないですが、バイクの場合は『あり』なんです。というのも、バイク乗りは自分のバイクへのこだわりが強く、たとえボディーに貼ったステッカー1枚でも褒められたら、ものすごくうれしい。だから、駐輪場で気になるバイクがあれば、『それ、カッコいいですね!』と、つい話しかけてしまうんです(笑)」


バイクが縁で研究につながったことも少なくない。ドクターヘリの基地局に勤める無線技術者というライダーからの依頼で、要望通りのシステムをイチから作り上げたこともある。そう、大谷教授の専門分野は情報システム。AIを使った自動作曲システムが評判だ。

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3台目の愛車である「ホンダCBR600F」は15年以上も乗っていて、北海道へのツーリングも経験している。走行距離は10万キロを超えた。ちなみに、ボディーカラーを赤にしたのは、「バイクの免許取得に反対していた母の好きな色だったから。『お母さんの好きな色を選んだから見逃してね』という意味を込めましたが、通じていたかはわかりません」と懐かしむ大谷教授。

自動作曲
システムの
真の狙い
とは

「自動作曲システムは、ほかの大学や企業でも開発を進めていますが、そのほとんどが大衆向けというか、誰からも好まれる曲を目指しています。これに対して私は、ある特定の人にとって『いい』と思う曲、気持ちよくなる曲を作るシステムを手がけています」


もともとAIに出会ったのは大学3年生の頃。現在はAIの中でも「進化計算アルゴリズム」を専門に研究している。簡単に説明すると、生物の行動科学からヒントを得て、問題の最適解をコンピューターで導き出す方法を考える、というものだ。


この進化計算アルゴリズムはさまざまなジャンルで活用されている。しかしAIシステムでどのように作曲するのだろう。


「ある人が、特別に好きな3曲を選んだとします。するとAIがその3曲のリズムやメロディー、コード進行などの特徴を学習して、即座に新しい曲を作るのです。同じ曲を選んでも毎回違った曲ができてきますが、AIですから何度でもやり直してOK。最終的に気に入った曲ができればいいのですから。特定の人のための『おかかえ作曲家』として多くの人に活用してもらうのが目標です」


落ち着きたいと思ったらリラックスできる曲を、奮起したいときは元気が出るような曲を作ることもできるので、医療分野の音楽療法への発展にも期待がふくらむ。

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自動作曲システムのデモ画面。童謡やJポップ、大学の校歌など19曲が入っていて、この中から好きな曲を選択して、実行キーを押すと、新しい曲が流れ出てくる仕組み。

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教授室に貼られた「自動作曲システム」のポスター。学外で開催されるさまざまなイベントのために作成されたものだ。その仕組みがわかりやすく説明されている。

バイクと
AI研究には
共通点が
ある

「AI研究は、何か目標を設定して、それを成し遂げるために段取りをし、システムの課題を一つ一つクリアしていく。バイクも、この道を『攻略』するにはどうしたらいいか、いろいろと試して『クリア』していく。似ているな、と思っています。達成したときに得られる充実感も全く同じです。もちろん仕事漬けの毎日をリフレッシュするためにバイクに乗る面もありますが」


先ほど、バイク乗りには(知らない人でも)気軽に話しかける、と聞いた。そのときに忘れてはならないのが相手への思いやりだという。


「バイクにはいろいろ種類があり、楽しみ方も多種多様。ですから、相手の趣味嗜好(しこう)をくみ取ったうえで話すことがポイントになるんですね。プログラムの設計・開発を行うシステムエンジニア(SE)も同じです。顧客である会社の要望を上手に聞き出して、正しく理解し、専門用語をなるべく避けて……相手がわかる言葉を使って信頼関係を築いていくことが不可欠です」


パソコンを使った最新鋭の技術でも、結局は「人と人」なわけだ。東京都市大学のメディア情報学部情報システム学科では卒業生の多くがSEとして就職するため、学生たちにも日頃からコミュニケーション力の大切さを説いている。

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自動作曲システムには2008年に着手した。2016年にはフォークデュオ「ワライナキ」とコラボして、募金応援ソングを制作。「『助け合い』などのイメージに合う彼らの楽曲を元にした短い曲を複数作り、ワライナキの2人がまとめました。その成果か、通常の3倍の募金が集まったとか。まだ改良の余地があるシステムですが、役に立てて光栄でした」

国語力が
ないと
生き残れない

大谷教授は1年次の必修科目「プログラミング基礎演習」「情報数学」「アルゴリズムとプログラミング」、2年次の必修科目「人工知能とデータマイニング」、3・4年次の研究室(ゼミ)を担当している。理系で、しかも情報科学系なので、社会的なニーズの高い分野だ。


「ただ、大学で教えるのはあくまでも基礎であり、ごく一般的なこと。もちろん基礎は大事ですが、日々、新しいテクノロジーが開発されるので、いつまでも誰かが教えてくれるわけではありません。私の研究室では、『自分で調べる力』を養うことを重視しています」


学生が難題にぶつかっても、「こうすればいい」とは絶対に言わず、「ここがおかしいんじゃないかな」と助言。すると、学生自身が「何がおかしいのか、どうやれば解決できるのか」と考えて、調べるようになる。


「実のところ、私はプログラミングよりも、国語のほうが大切だと考えています。学生からメールが届くことも頻繁にありますが、文章の添削もして返信しますよ(笑)」


先日、ゼミ生に「AI時代の人材として、どの教科を学ぶべきか」というアンケートを取った。複数回答だったので「数学」「理科」もあったが、全員が共通して答えていたのが「国語」。国語力がないとシステムの世界では生き残れない、と学生たちは言う。


相手の意図を読み取り、自分の言いたいことをしっかり表現することが大事だと学生自身が認識している。「私の考え方は間違っていなかった、と安心しました」と大谷教授。

「これからプログラムを学ぼうとする人には、『いい意味での横着さ』があるといい」と大谷教授は話す。

「まじめでコツコツ努力することも大事ですが、その傾向が強すぎると自分でプログラムを組もうという気持ちが起こりにくいのです。『ああ、面倒だ。プログラムを作って、コンピューターにやらせよう』と思うくらいがちょうどいい。でも、そのために必要な知識やノウハウは貪欲にコツコツと身につけてほしいと思います」

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研究室でゼミ生と共に。取材時は春季休暇中だったが、有志が研究室のウェブサイトをリニューアルするために集まり、話し合っていた。教授も学生も、いい笑顔!

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研究室には思い出のグッズが多数。教授が手にしている虫取り網は、「この網を大きく振るとバグ(プログラムの不具合)がなくなるというのが、わが研究室の伝説なんですよ(笑)」。

Postscript

普段は安全を考慮してバイク通勤を避けているという大谷教授ですが、取材のために特別にバイクを準備してくれました。ゼミ生には「部屋に入ったら帽子を取る。コートは脱ぐ」など細かいマナーをつい注意してしまうそうです。「母親というより、親戚の口うるさいおばさん的存在」と自らおっしゃり、その場にいた全員が大笑い。学生との距離が近く、「先生の好きなペンギンを見に行こう」と誘われて水族館に行くこともあります。そんなときでも「魚の動きをヒントに、進化計算アルゴリズムを考えよ」という課題を出すとか。自動作曲システムの開発に取り組みながら、学生を熱く指導する大谷教授。今後の活躍に注目です。

Profile of Noriko Otani 大谷紀子教授

東京都市大学 メディア情報学部
情報システム学科 教授
博士(情報理工学)

1993年、東京工業大学工学部卒業。95年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了後、キヤノン入社。2000年に東京理科大学理工学部助手、02年に武蔵工業大学(現・東京都市大学)環境情報学部講師、同学部准教授などを経て、2014年より現職。

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※この記事の内容、事実関係は2020年3月現在のものです