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電気・

エネルギー・

DXとカメラと

岩尾徹。

Reportage

独自の教育体制で高度な学びを得られる東京都市大学。
優れた専門性と実践力をはぐくむ優れた教授陣が
そろっていることでも評判だ。
愛するモノ・コトを通じて、自身の
専門分野や未来のビジョンについて語ってもらう
本連載「ヒトモノリサーチ」、
今回は、名作ドラマ『ガリレオ』など数多くのテレビドラマで
科学監修も務める理工学部長の岩尾徹教授をインタビュー。
先端科学を使ったトリックを自らも考案する
自称〈変な人〉が考える未来とは?

東京都市大学 ヒトモノリサーチ Tokyo City University 4

文/安住拓哉 ウェブデザイン/ヨネダ商店 アートディレクション/鍋田哲平 撮影/戸嶋日菜乃(朝日新聞出版写真映像部)
制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot. ADセクション

岩尾徹

雷を
撮影する。
それがカメラ
との出合い

 ゴロゴロ、バリバリ、ドカーン!
 大学院時代の専門は「雷」だった。

 雷が落ちそうになるまで、トイレ・シャワーなしの山の頂上で2週間待つこともよくあった。晴天が続く間はひたすら「雷待ち」。そして雲行きが怪しくなり、待ちに待った雷がゴロゴロと音を響かせると、ようやく岩尾研究員たちの出番が来る。

 空から舞い落ちる霰(あられ)や雹(ひょう)、時には吹雪で凍えながら、雨雲や雪雲に向けてロケットのようなものを打ち上げる。それは、ロケットで人工的に制御された雷を起こす「ロケット誘雷」の実験だった。

 ロケットを打ち上げたら、カメラを空に向けて構える。ドカーン! 閃光(せんこう)が走り、ロケットと地上をつなぐワイヤに沿って雷が落ちる。一心不乱にカメラのシャッターを切る。

 落雷によって停電などの事故が生じる「雷害」の防止のための「ロケット誘電」の研究。この研究を通して、雷のエネルギーの解明を始めたのが、光とプラズマとの出会いだった。

 太陽、オーロラ、蛍光灯、レーザーなど、光にまつわる物理現象は数多い。そして、これらを産業や発電、送配電、変電に応用したり、再生可能エネルギーやインターネット、AI(人工知能)やビッグデータと組み合わせ、サイバーフィジカルとデジタルツインを駆使したりしながら、エネルギーのDXを起こしていく。それが電気・エネルギー・DXを専門とする岩尾徹教授の研究対象である。

※サイバーフィジカル…コンピューターによるサイバー空間と現実の世界=フィジカルをIT技術で連携させる
※デジタルツイン…現実の世界から集めたデータをコンピューターで再現する技術。デジタル空間に、まるで双子のように再現するので“デジタルツイン”
※DX…デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術により人々の暮らしをより良いものに変革する

 今では愛用品となったカメラも、最初は単に研究に必要な道具に過ぎなかった。改めてカメラの魅力に目覚めるのは、それからしばらく経ってから。

 大学院を2度も飛び級するほど勉強や研究に励んだ20代。その後アメリカへ3回の留学。もう一度基礎から物理や電気のことを学び直し、研究に没頭した30代。

岩尾教授が“光とひらめきのスペシャリスト”になる前には、数々の挫折や曲折があった──。

放電実験の様子

放電実験の様子。さまざまな実験を通して光にまつわる物理現象を解明していく。紫がかった光が素人目には美しい。

小中高は
劣等生。
「公式」が
大の苦手

 高校時代までの岩尾教授は意外にも算数や数学が大の苦手。将来の夢を聞かれると「政治家になりたい」と答えていた。どちらかというと目立つのが好きな少年だったようだ。

「小学生のとき、繰り下がりの引き算ができなかったのが最初のつまずきでした。割り算もよくわからず、中学になって二次方程式の『解の公式』や図形の証明問題が出てきて、ちんぷんかんぷん。もう完全に数学が苦手になりましたね」

 とにかく公式を教えられると、もうダメだという。

「なんでそうなるのか、理屈もわからないものを、単に覚えるだけでテストに答えることが生理的に嫌でした。公式を丸暗記しているのはズルいと感じたんです(笑)。だから、高校の数学のテストでは、まず公式を自分なりに30分ほどかけて証明してから、問題を解き始めていました。はい、数学の成績は最悪でしたね」

 高校の進路指導の前に、将来は何をやりたいかを書面で問われて「有名人になる」と記入し、先生からとても怒られたそう。

「先生の立場からすれば、相当面倒な生徒だったでしょうね」

 現役で受けた大学はすべて落ちた。自宅浪人をすることにした。一浪で受験した大学もすべて落ちた。その後、同じく自宅浪人の友達に誘われて受けた大学の夜間部に補欠合格することができた。現在の岩尾教授の活躍ぶりからすると、信じられない……。

「高校時代に通った予備校の先生に変わった人がいました。生徒にまったく何も教えず、自分で最後まで責任を持ってやり遂げることを第一にした教育スタイルでした。

 その教育(?)のおかげで、先生が悪い、高校が悪い、社会が悪いという人もいるけど、でも本当に悪いのは、『人を頼りにして、人のせいにして、自分はダメだとあきらめている自分自身。本質を理解し、自分でハンドリングし、他者に内容を説明できるような"勉強"ができない自分が悪い』と考えるようになりました。

 また、私が数学をはじめとした理系科目ができない理由は、問題の意味や教科書が理解できていないからだと考え、浪人時代の大半を国語の勉強に費やしたことが、のちの自分の成長に大きくつながりました」

 岩尾教授は必死で本当の勉強をするようになる。大学の夜間部は17時40分から21時50分までが授業。大学を追い出される23時まで勉強して、帰宅してから朝の7時までさらに勉強した。

 昼間に『笑っていいとも!』(1982年から2014年まで毎週月曜日~金曜日の正午から放映された森田一義さんが司会のバラエティー番組)が始まる頃に起床。午後は大学でサークル活動。所属したのは美術部だった。

道具類

寝る時間以外は勉強にいそしんでいた岩尾青年。勉強がつらいとは思わなかったという。

美術部、
アメリカ留学で
痛感した
多様性と信頼

 美術部での体験は、「どうしたら自分らしく、自分のやりたいことができるか」を考えていた岩尾青年にとって“気づき”のきっかけを与えてくれた。

 自分が描いた絵画作品を並べた個展を開いたときのこと。

「画廊を全部埋められるか。どんな作品を選んで展示するか。個展の内容に関しては誰の干渉もなく、すべて自由でした。お客さんが来なくても誰のせいにもできない。自分でいいと思ったことをやるしかない、と勢い込んでいました。

 いざ個展がスタートすると、大阪から来たというある人が『これはいい! 買いたい』と購入してくれたんです。それは僕が一番適当に描いた、自分では『最悪』と思っていた作品でした。

『ちょっと待ってください、これ、自分から見たら最低の出来なんですけど』と思わず口にしたくなるような作品を、その人は『いい、いい』としきりにほめてくれました。そのとき、価値観って人それぞれ違うんだな、多様性ってこのことだな、応援してくださる人を大事にしなければいけないな、と思いました」

岩尾徹

穏やかで丁寧な口調で、これまでの研究や経歴、学生時代の思い出について語る岩尾教授。目線は常にあたたかい。

 そんな経験を積み重ねながら大学を卒業。そのまま大学院に進学して、引き続き寝る間も惜しんで勉強と研究に励んだ。その結果、大学院では修士と博士の2度の飛び級(早期修了)を果たした。これは異例だ。

 さらに難関の、文部科学省傘下である日本学術振興会の特別研究員の座も射止めた。

「日本学術振興会は、最初は先生に言われた通りの内容で応募したら見事に落ちました。そこで、『本当に自分のやりたいこと』を貪欲に書いて提出したら受かったんです。

 どんな研究も上から言われてやるのでは、論文の言葉も軽くなってしまうんでしょうね。自分でハンドリングして、自分で全責任を持ち、覚悟を決めてやらないとダメだと実感しました。

 3年の採用期間のうちの半分は海外に行けるということで、うれしかった。私の研究対象であるプラズマの分野を、当時世界屈指といわれたテキサステック大学やミネソタ大学で客員研究員として学びました」

ニューヨークのグランドセントラル駅

ニューヨークのグランドセントラル駅。岩尾教授が撮ったお気に入りの1枚。
photo by Toru Iwao

 アメリカでは圧倒的なレベルの違いを感じたという。ホームシックになったり、独りでワーワー泣いたりする日もあった。

「自分の勉強がまったく足りていなかったことを思い知らされました。雷やプラズマの研究といっても、自分はふわふわした論文を書いてきただけだ、と。

 アメリカの大学で世界の先端を行く研究に触れて、基礎的なことに対する幅広い知識や文化的・歴史的な背景について知り……自分が無知だったことを痛感しました。

 ランチやディナーの席で日本の歴史すら満足に話せない、相手の文化や歴史もわからないとなると、信頼関係がまるで生まれません。仕事を一緒にやるには信頼し、そして仲間と協働して取り組むことが一番大切だということも学びました」

 帰国した岩尾教授は、もう一度、高校の数学、物理、化学の教科書や工業高校の電気の教科書を読み返し、基礎から徹底的に勉強し直した。

ガスボンベ

「どんな研究も自分自身がコントロールして、全責任を持つという覚悟を決めてやらないと、いいものにはならない」と岩尾教授。

30代、
ドラマの
科学監修で
信頼を勝ち得る

 暗中模索のアメリカ留学から帰国し、さて就職である。工業高校の電気の先生をしていた父親が学士号を取得していた縁もあり、武蔵工業大学(現東京都市大学)の求人に期日ぎりぎりで応募。工学部の電気電子情報工学科(当時)の講師として「運良く採用していただきました」。

 30代は研究や講師としての教育に疾走した。そんな中でたまたま出合ったのがテレビ番組の科学監修の仕事だった。

「『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲は、実際に実現できるかというテーマでテレビ出演したのが最初です。その後、数年ほどブランクがありましたが、ドラマ『ガリレオ』で実験指導を務めたことを機に、テレビや映画の世界から科学監修の依頼が増え始めました」

『ガリレオ』といえばフジテレビ系列で2007年に放映された、ベストセラー作家・東野圭吾氏原作の名作ドラマ。福山雅治さん扮する天才物理学者・湯川学が、超常現象じみた犯人のトリックを次々に解き明かして難事件を解決する。

『ガリレオ』第1話では、岩尾教授の専門分野であるプラズマやレーザーが役立った。電子レンジの実験やレーザーの反射、セリフの確認や文献調査を手伝った。

「科学的に間違った数式や表現があると、放映の数時間後にはインターネットで突っ込みが入るほど注目されたドラマです。科学者としての責任をひしひしと感じていました。

 スタッフのみなさまと夜遅くまで考えたり、電話やメールで相談し合ったり、スタジオでの打ち合わせや撮影などを行ったりしていました。

 時には、撮影や放送日のスケジュールの都合でギリギリになり焦ってしまうこともありましたが、できる限り丁寧かつ的確に応えることで、次第に信頼していただけるようになりました」

 今では科学監修の依頼が来ると、研究室に集う学生や博士号を取った教え子も交えて「このトリックだと矛盾が出るのでは?」「この方程式はすでにアメリカの映画で使われている」などと楽しく話し合いながら進められるようになった。

 時には「どのようなトリックを使って犯人が事件を起こし、どう、そのトリックを見破るか」といった、研究室での会話とは思えない言葉も飛び交うほど。単なる科学監修にとどまらず、トリックの提案やストーリー展開のアドバイスをすることで、撮影現場の評価も上がっていったのだろう。

 最近では木村拓哉さん主演の映画『マスカレード・ナイト』、ディーン・フジオカさん主演のドラマ『パンドラの果実』など、岩尾教授を筆頭に研究室の有志がチームを作って科学監修を引き受けている。バラエティー番組からの依頼も多い。

「パンドラの果実」脚本

2022年4月から、毎週土曜22時より日本テレビで放映された『パンドラの果実』は「科学犯罪対策室」を舞台に繰り広げられるドラマ。法整備や警察の対応が追いついていない“不思議な事件”を解決していく。

ドラマ
『ガリレオ』の
数式に込められた
深い意味

 岩尾教授が科学監修を務めた2013年放映の『ガリレオ』第2シーズンには、主人公が黒板にびっしり書いた複雑な数式が映し出される。

「ひらめきの式」という名で有名になった複雑な数式の一つ一つにはすべて、きちんと数学的に正しい意味がある。かつ、ドラマに託したメッセージも込められた岩尾教授の〈ひらめき〉によって生まれたものだ。

「こういった式は、最初の式を変形したものを羅列しているだけだと思われがちです。でも、僕が書いているのは学会で認められている式や、私のオリジナルな式。そのドラマの内容を、数学や物理の理論を使って自分なりに表現したものもあります。

 たとえば、ドラマの登場人物が弓矢を使って自殺するような場面が出てきたら、弓にこれくらいの力がかかると、どれくらいの速度で矢が放たれるか––––といったトリック自体を物理的に説明した式だけでなく、その背景にある人間関係に関する式も考えて入れています」

 人間関係のようなファジーなものを数式に? ちょっと意味がわからない。

「AさんとBさんがいたとします。2人は同じことを言っているんだけど、一見すれ違っている。こういうドラマの人物関係を表現できる物理現象はないかと考えて、『一見違うように見えて実は一致している物理現象の式』で表現したりします。

 また、その場面の心理的な葛藤を表現するために、最初にプラス2をするだけで答えがまったく違ってくる式を、ギミック(仕掛け)として入れてもらったこともありました」

 単純な科学監修を超えたクリエーティブな提案。それができるのもドラマに対する深い理解と、数式に落とし込めるビビッドなオリジナルの発想があってこそ。コンピューターにはできない仕事だ。

 コンピューターは、人間なら数万年かかるような超複雑な計算を一瞬で終えてしまう。だが「新しい数式を、ドラマの状況にぴったり合わせて作る」といったひらめきの力、問いを生み出す力、本質を見極め課題を抽出し解決する力はない。

「ドラマは撮ってしまったら終わりですから、撮る前に数学や物理、化学、生物、地学の観点から見て間違いがないかを監修する仕事は責任重大です。できるだけクリエーティブにおもしろいものを作りたい、でも映像として今後も残していくためには正確さも必要。一瞬一瞬の大切さを深く感じるようになりました」

岩尾教授オリジナルの「ひらめきの式」

ドラマ『ガリレオ』にも登場した岩尾教授オリジナルの「ひらめきの式」を取材当日に再現してもらった。右上と右下にある式が一卵性双生児の考え方が一致したりしなかったりすることを表現した数式だそう。素人にはさっぱりわからないが……。

40代でふと
「疲れ」を感じ
カメラの
魅力に開眼

 研究、教育、ドラマの科学監修などに没頭した30代を経て40代になった岩尾教授。

 気づけばゆとりのなくなった心を充電しようと再開したのが「一瞬を切り取る大切さ」にもつながるカメラだった。

「『グーグルプラス』などに撮った写真をアップロードするために50万円近いカメラを購入しました。『初心者でもこれなら失敗はないだろう』と(笑)。

※「グーグルプラス(正しい表記は『Google+』」(2019年にサービス終了)はGoogle LLC の商標です

 カメラを買って何がよかったかというと、外を出歩く機会が増えたことですね。アジサイの季節にはわざわざ鎌倉へ行ったり、香港に行ったら一番高いビルを探して夜景を撮影したり。

 秋にイチョウ並木を撮りたいなと思ったら、東京では明治神宮外苑や立川の昭和記念公園が有名ですが、毎年通うと、3~4年に一度くらいしか本当にきれいな黄金色のイチョウ並木にはならないことがわかります。

 神宮外苑の木の手入れの仕方や気候なども関係してくるんでしょうか。私の実感では数年に一度しか『これはすごい』という美しさにはならない。

 カメラで『一瞬を切り取る』ために必要な下準備をするのも楽しみ。一瞬の裏にあるストーリーを味わうことも楽しみ」

紫陽花

なにかと多忙な現代社会で、こういった「季節ならではの花々」を愛でる習慣が日本人から失われつつある気もする。
photo by Toru Iwao

 今でも大学の研究室のウェブサイトに、学生や卒業生、関係者に向けた写真をアップロードしている。

「『僕の写真はこうです、もっと他の人の写真のようにうまくなりたいな』という投稿に対しても、誰かが『ワクワクする』『元気になりました』『岩尾さんらしくておもしろいです』と返信してくれると、こちらも元気をもらえます。カメラを通して、社会は応援と感謝で成り立っていると実感しています」

 写真には必ず言葉を添えるようにしている。その写真を見る人が「ああ、私は応援されている」と感じられるような言葉を選ぶ。

※岩尾教授が撮った写真は、ウェブサイト「新・魔法の言葉」にアップされています

「これまで紆余曲折の人生を送ってきました。学生たちに対しても偉そうに教えてあげるのではなく、応援する姿勢が一番大切だと感じています。どんなに一生懸命勉強して、いい会社に入っても、その会社がなくなってしまうかもしれない。

 だったら、もっと自分のやりたいことを突き詰めて、自分自身に本当の力をつけて、仲間と協働しながら、どんな場面にも対応できる人になったほうがいい。『これをやったら周りからチヤホヤされる』『人より上に立ちたい』といった目的で動いても意味がないと思うんです。

 純粋に人を応援して、それによって勝手に自分も応援されていると感じる。このことを実現できるカメラの力は、すごいです」

ニコンのカメラとレンズ

最初は雷の撮影に必要だったカメラ。その後、研究生活に没頭した十数年を経て、改めて岩尾教授の〈ひらめき〉の供給源に。カメラはニコン、レンズもニコン。風景から室内の人物までを明るく撮るのに適した機種だ。

人と同じことを
しても
何も
生まれない

 そんな岩尾教授が今、熱心に取り組んでいるのが「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラム。東京都市大学のこれまでの歴史を振り返っても、かなり大きな教育改革だ。大学のカリキュラムを従来とは違う統合性のとれたものに改革する、文部科学省の採択事業にも選定された一大プロジェクト。その運営委員会の委員長を岩尾教授が務めている。

「ドラマの科学監修でもそうですが、研究者に求められるのはひらめきの力、問いを生み出す力、本質を見極め課題を抽出し、仲間と協働して解決する力です。正直、どこの大学を出ているかなんて関係ありません。『私は今、何ができるか』が大切です。

 僕は特に『問いを生み出す』能力が重要だと思っています。30年後にこういう課題や未来があるから、今はこういう研究をしなければならないということを考えるのが研究者。企業の研究所などから聞かれるのも『次に何が当たりますか』『次の研究の流行は何ですか』といったことばかりです。

 水たまりに誰が最初に的確な石を投げ込んで、波紋を起こすか。波紋ができることで『いや、違うよ』『いや、おもしろい』と議論が生まれ、それがイノベーション(技術革新)につながり、企業レベルであれば新製品や新企画に広がっていきます。

 研究者の論文でも、大切なのは正しさだけではありません。新しい問いを生み出して、その問いに対する仮説を立てること。仲間と協働しながらイノベーションを生み出し、ゲームチェンジをすることができる、社会変革のリーダーを育成するカリキュラムをゼロから作り上げるのが、この『ひらめき・こと・もの・ひと』づくりプログラムです」

 なぜボールは転がるのか? どうして摩擦が起こるのか? まずは「問い」を生み出し、「不思議だな」という思いを大切にし、「なぜ」を3回繰り返しながら本質を見極め、課題を抽出し解決していく授業が必要なのである。

研究室

「今、研究者に求められているのは『問い』を生み出す能力。水面に的確な石を投げて波紋を起こす『問い』の力が企業からも求められている」と岩尾教授。

「これまでの勉強は数学、物理、国語などの『科目』に分かれていました。でも、科目というのは枝葉でしかない。その科目で得た知識や経験をもとに問いを見つけて解決していく統合的な学びを構築します。

 大学の成績のつけ方も、普通に教えられたことを間違えずにこなせるだけでは70点。この70点はベースとしながら、たとえ間違えていても考えたり、仲間と協働しながら挑戦したりし、社会を変革するリーダーとしてふさわしいクリエーティブなことをしていれば加点し、100点にしていくといったふうに、新たに作り替える必要があると思っています」

 日本の教育現場では2022年度から「総合的な探究の時間」という必修科目が加わった。この科目により「探究の見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を育成することを目指す」と学習指導要領に書かれている。

「そうした教育改革を受けて、東京都市大学でも統合的な学びを重視したカリキュラムへの変更を進めています。授業ではディスカッションやグループワークを通じて、これまで学んだ物理や数学、国語、社会や英語などの知識・ノウハウを統合させ、生かせるようにします。

 さまざまな授業を通じて、最後に『じゃあ、あなたはどんな新しいアイデアやプロジェクトを提案できますか』ということを考えてもらっています。

 技術はイノベーションの駆動力です。技術やデータを基に、ひらめき、問いを生み出し、仮説を立てながらきちんと自分なりに本質を見極め課題を抽出し解決してもらいたい。

 もちろん、アイデアを出すといっても実現不可能なものではダメです。理系的な知識や技術に裏打ちされた具体的な問いの設定や、課題解決に向けた仮説を立てプロジェクトを前進させるようになってほしい」

 岩尾教授は、イノベーションを起こすためには「ブルーオーシャン」につながるひらめきや発想が必要だという。

「すでに多くの人々が参入し、競争が激しい市場のことを『レッドオーシャン』と言いますが、レッドオーシャンはもういいのです。

 未開拓で競争相手のいない『ブルーオーシャン』につながるようなひらめきや発想をゼロから作り出せるようにならないとイノベーションやゲームチェンジ、社会の変革は起こりません。

 高校生の『探究』の教科書にのっとって、データを使った理系的な論理力やイノベーションを起こす力を育てる教育改革を進めています」 

岩尾徹

岩尾教授が運営委員長を務める「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラムは開学以来、最も大きなカリキュラム変更に挑む。文部科学省採択事業にも選定された一大プロジェクトだ。

まったく
新しい
入試を
やります

 岩尾教授は入試改革にも取り組んでいる。2023年からは「データを駆使した理系的な論理の構築や、イノベーションを起こす力」に焦点を当てた入試を始める予定だ。

「私たちが生み出したいのは、問いです。水たまりに石ころを落として水面に波紋を起こす人たちを育てたい。

 世の中には人の上に立って『俺は偉いだろう』『私はすごいでしょう』と、自慢したりほめられたりしたい人も多いです。でも私は『人の前に出る人』になるべきだと思っています。

 人の前に出ることで最初に斬られる。失敗すれば、後ろにいる人にとっては『あいつが失敗したから別の道を進もう』という道しるべになります。

 もし前に出て、斬られなかったら? その発想やアイデアこそイノベーションやゲームチェンジ、社会の変革への第一歩かもしれません。

 失敗してもいいから、人の前に出る人間になってほしい。人の前に出る人間こそ、今後の日本に必要な人材だと思います」

 岩尾教授の頭の中には、明るい未来を生み出す人材を輩出するための〈ひらめきの式〉がたくさん詰まっているようだった。

Postscript

スキンヘッドに眼鏡、少しゆったりしたスーツで登場した岩尾教授。科学監修としてテレビ番組にも多数出演されているだけあり、話のおもしろさは天下一品でした。温厚で穏やかな口調。やさしくて、気さくな雰囲気。実は最初にカメラへのこだわりに関する質問をしたのですが、いざカメラの話にたどり着いたのはインタビューを始めてから30~40分後。さすが高校時代の数学のテストで30分ほどかけて公式の証明をしてから問題を解き始めたという逸話の持ち主! 丁寧に、根気よく、理路整然と問いを生み出し、課題解決に取り組まれる学者としての一面も感じられる、楽しいインタビューでした。

Profile of Toru Iwao

岩尾徹 教授
東京都市大学 理工学部長、
理工学部 電気電子通信工学科 教授
岩尾徹 教授1974年生まれ。神奈川県相模原市出身。1992年神奈川県立相模原高等学校を卒業後、自宅浪人、1997年中央大学理工学部2部電気・電子工学科卒業。1998年中央大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻博士課程前期を早期修了(飛び級)、1998年セントラルワシントン大学ESL留学、2000年に中央大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻博士後期課程修了(早期修了)。2000年博士(工学)。同年に中央大学理工学研究所ポスドク。2001年に日本学術振興会特別研究員(PD)となり、テキサステック大学、ミネソタ大学の客員研究員を歴任。2004年、武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部電気電子情報工学科講師。2009年、東京都市大学工学部電気電子工学科准教授、2017年4月同教授。2021年4月理工学部長に就任。電気学会の電力・エネルギー部門副部門長を歴任。専門は、電気・エネルギー・DXをかけ合わせたエネルギー・デジタルトランスフォーメーション。放電プラズマ、雷、電力用遮断器、レールガン、金属加工、照明、廃棄物処理、環境改善、電力システム、電力取引、AI、ビッグデータ、数理データサイエンスなどを得意とする。3次元電磁熱流体や電力系統シミュレーションと実験を高度に融合させた、サイバーフィジカルDX、デジタルツインの研究に従事。科学技術に関するテレビやラジオの出演も多く、『ガリレオ』『イノセンス 冤罪弁護士』『パンドラの果実』『マスカレード・ナイト』等のドラマや映画の科学監修も行っている。東京都市大学では開学以来の大規模なカリキュラム変更となる「ひらめき・こと・もの・ひと」づくりプログラム(2024年度より「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラムへ変更予定)の策定や実施、高校の新授業「探究」に対応した新入試改革で陣頭指揮を執っている。

※この記事の内容、事実関係は2022年5月現在のものです(AERA dot.掲載日…2022年6月30日)

提供:東京都市大学