英語のある特別講義の質疑応答の際、授業内容に絡めて中学1年生がこう質問しました。
「What is a human being?」
高校3年生を受け持つ教師は「人間とは何か」という問いに対し、フランス人思想家の言葉を借り、「『人間とは考える葦である』と言います。葦のようにひ弱でも、考えることができる存在です」と答えました。
中学1年生は「それは調べればわかります。先生自身の考えが聞きたいです」と返しました。議論を深めようとする姿に感動したことを覚えています。「自ら考える」を求める姿勢は、本校が特徴とするアクティブ・ラーニングそのものです。
創立者であり初代校長も務めた佐藤栄太郎は、建学の精神に「人間是宝」という言葉を置きました。一人ひとりの個性や能力を丁寧に磨いてあげたい、という思いが込められています。授業、校外、クラブ、キャリア教育という四つの領域で重視するアクティブ・ラーニングは、社会に出たあとに必ず役立つ主体性や思考力、あるいは行動力を着実に養っていきます。
個性を認め合う「人間是宝」の環境では、一人ひとりの居場所が存在し、各々が自分の好きなことを追究できます。中学3年生で行政書士の試験に合格した生徒や、テレビ番組の高校生クイズ大会で準優勝した生徒。鉄道研究部でその道を極める生徒もいれば、サメの研究に励む生徒もいます。自分の居場所での成長は自己肯定感をもたらし、そこで得た自信が授業で育む学力と融合するからこそ、難関大学合格といった成果を勝ち取ることができるのでしょう。
ある年の春、アメリカの空港で高校卒業直後の8人とばったり出くわしました。世界的IT企業を訪れたいとのこと。私の知人が働いているので、そのつてをたどり、2日後にその企業に出向きました。ある卒業生は社員に「起業したいからアルバイトさせてほしい」と直談判し、その場で採用されました。その主体性と行動力、それらを裏付ける自己肯定感は本校で培ったものだと思い、涙が出るほどうれしく感じました。
生徒も先生も卒業生も、この学校に愛情を注いでくれています。それは、多様な人間がいきいきと過ごせる「人間是宝」という校風があるからでしょう。今後も一人ひとりを大切にする教育を丁寧に続けていきます。
昭和学院は、昨年創立80周年を迎えました。私は、校長に就任して以来、レベルの高い文武両道の学校を実現したいと改革に取り組んで参りました。まず着手したのが、教員の意識改革です。今求められているのは、何を学びたいかを一人ひとりが考えていく主体的な姿勢ですが、受け身では向学心は湧いてきません。そこで、生徒が主体的・能動的に授業に参加するアクティブ・ラーニングの研修を行い、結果を体感してもらったのです。
本校の先生方はとても勉強熱心で、さっそく授業に取り入れてくれました。すると、それに呼応するように生徒も変わり始め、受け身ではなく、学校生活全般に興味関心を示して、自ら行動するようになってきました。
その影響は授業だけにとどまらず、学校を良くしていこうという機運が盛り上がってきました。本校は元々女子校でしたので、髪型規定など、生活指導も厳しかったのですが、生徒たちから、変えてほしいと要望がでるようになったのです。
生徒が課題意識を持つことは大事なので、教員も生徒の話を聞き、変えるべきところは変えていくようになりました。今では、「学校を良くする会」というプロジェクトに発展し、生徒とともに若手教員も入って意見交換をしています。
こうした機運の高まりと共に、80周年を機に、生徒それぞれの特性や希望を生かす5つのコース制を導入しスタートしました。本校は、豊かな個性を持ち、優れた能力・適性を持つ多彩な生徒がいる学校なので、それぞれの良さを引き出すためには、画一的なシステムでは限界があると思ったからです。どのコースも一人一台のタブレットを活用したアクティブ・ラーニングが根付いていますが、IA(インターナショナルアカデミー)コースは、帰国子女や英語に興味のある生徒が集まっていて、特に活発なやり取りをしています。ネイティブと日本人教員2名体制のオールイングリッシュ授業で、英語力を伸ばします。実際、1年間で英検の取得級は格段に伸びていますし、市内のスピーチコンテストでも、近隣の私学を抑えて優勝するなど、着実に成果が現れています。こうした改革を評価いただき、附属小学校からの入学者も増え、中学入試でも注目していただくようになってきました。生徒は、無限の可能性を秘めていますが、磨かないと光りません。それを引き出すのが教師の役割ですし、教師と生徒のコラボが活発になればなるほど、生徒たちはまだまだ伸びていきます。伸びしろのある学校が昭和学院なのです。
3月まで勤務してきた東京都市大学で教育担当副学長を務めましたが、こちらに来てびっくりしたことがあります。それは、進学実績がこれだけ上がっているのに、勉強だけをやらせている訳でなく、全人的な教育を行って、結果を出しているということです。
校訓の「自主」を深堀りし、教師と生徒たちが一体となって主体的な学びを実践しようとしているのです。
ユニークなのが、その指導法です。本校の先生は本当に熱心で、生徒の面倒をよく見ますが、指示や命令をするのではなく、生徒自身に考えさせることを大切にしているのです。
生徒会活動も活発ですが、生徒からの要望を鵜呑みにせず、敢えて壁となって熟考させます。
本校のマスコット「としまろ。」も誕生の前には何度も生徒にダメ出しをしました。その一方、形になった後には、商標登録をし、着ぐるみを作るなど、全力でサポートするのも本校の特徴です。
こうした信頼関係の積み重ねが生徒のやる気を引き出しているのです。
もう一つ驚いたのが、キャリア教育がしっかりしていることです。中高一貫教育の利点を生かし、中3で、企業研修や、自分史の作成などキャリア・スタディに1年間かけて取り組み、主体的に進路を考える力を育てます。このプログラムには、同窓会が全面的に協力し、キャリア・スタディ小委員会を結成して、毎年20人くらいのOBが関わってくれています。
さらに高1で、関心のあるテーマについて、ほぼ1年かけて中期修了論文を書きます。大学のゼミと同じ形式で、一人の教師が生徒7〜8人を指導しますが、先生はほんとうに熱心で、私から見ても大学生に引けを取らないレベルの仕上がりです。
こうした取り組みを通して、自分がやりたいことを見つけ、それを実現するための進路を選んでいく生徒も多く、結果として難関大学へ進学しているのです。
本学の成り立ちが、理科教育の振興に期することだったので、時間割の中に実験という科目が取り入れられているのも特徴です。こうした、枠にとらわれない独自の取り組みで、「自分で調べ、考えて、答えを導きだす」力を育んでいきます。
私たちは「知耕実学」という考えを教育理念に据えています。知恵は座学のみでは身につけられず、教室を飛び出しての体験を通して、やがて社会に生かせるような豊かな「知」を養う時間を大切にしています。
中学1年生は田植え、除草、稲刈りという米づくりを経験。中学2年生は東京農業大学の教授の指導のもと、新米と古米の違いを科学的に検証。中学3年生は「麹にはどんな種類があるか」などを農大の教授から学び、味噌づくりを体験。中3の9月に行われる3泊4日の北海道自然体験研修では、鮭を自分で開き、塩を揉み込む新巻鮭づくりを味わいます。知的刺激に満ちた「本物にふれる実学体験」こそが、私たちの学びの軸にあります。
中学1年生から高校2年生の希望者を対象とした「一中一高ゼミ」も特徴です。校長の私自身が指導する「人体の構造と機能および病気の成り立ち」、あるいは「探究学習 with JAXA」や「西欧近代を問い直す」、さらには「数学ゼミ」や「ロックンロール入門」などメニューは豊富。中学生は年上の高校生の視点に刺激を受けますし、教科横断型の学びが意識された輪読やディスカッション、プレゼンテーションなどを通じて身につける知恵は、大学入試のみならず、その後の人生にも必ず生きてきます。
中学生にとっての「知耕実学」の集大成が3年次の課題研究発表です。卒業論文のような位置づけで、一年以上を費やして論文をまとめます。「感染症は経済にどのような影響を与えるのか」「本能寺の変の黒幕は誰なのか」「ネアンデルタール人について」など、テーマはさまざま。全員が概要を英文で書くなど、中学で育んだ英語力を発揮する機会にもなっています。
高校では大学進学への道もきめ細やかにサポートしています。充実した授業を軸に、小テストや確認テストを重ねる「段階的フォローアップ」や、志望大学別の講座を含む放課後講習を実施。夏期講習では「英語で生物を学ぶ」など、教科横断型の形態で、知識と思考力を磨く場も設けています。
私たちが追求する「知耕実学」は、人間としての総合的な成長を促す「人間力育成」が目的です。卒業後、奥行きのある人間として社会に貢献してくれることが、何よりの願いです。