17の目標に169のターゲットを内包するSDGs。複雑に絡み合う課題に対して、大学そして企業が果たすべき役割とは。
また、2030年以降の「ポストSDGs」に向けた次世代の教育のあり方とは。
座談会参加のみなさん
成蹊大学
サステナビリティ教育研究センター 所長
副学長 理工学部 教授
藤原 均 さん
中央大学
副学長(教育開発・社会連携・
広報・SDGs担当)
中央大学教育力研究開発機構長
法務研究科 教授
佐藤 信行 さん
北海道大学
副理事 創成研究機構 副機構長
URAステーション長
阿部 弘 さん
龍谷大学 副学長 政策学部 教授 深尾 昌峰 さん
キユーピー株式会社
経営推進本部
サステナビリティ推進部長
山本 英之 さん
株式会社大和証券
グループ本社
経営企画部 SDGs推進室長
川那部 留理子 さん
木村恵子(AERA編集長) SDGsの2030年の期限に向けて、大学はどのように貢献していくべきだと考えていますか。
深尾昌峰さん(龍谷大学) 本学の建学の精神は、浄土真宗の精神であり、仏教の精神「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」に、SDGsの「誰一人取り残さない」という理念に通じる面があります。これまでの取り組みをさらに推進するという視点で、「仏教SDGs」を掲げ、積極的に取り組んでいます。近年は、地域の社会課題の解決に向けて、学生ベンチャーの育成に力を入れています。例えば、授業で農山村のサステナビリティの重要性を学んだ学生が、獣害に悩む山間地域のために、ジビエの販売会社を立ち上げ、利益を出しながら地域に還元する仕組みを創出しました。このように本学では、学生たちが新たな価値を創造する事業を主体的に生み出すために、起業方法やビジネス手法が学べる「社会起業家育成プログラム」など、様々な取り組みを用意しています。
阿部 弘さん(北海道大学) 本学は、北海道における唯一の総合大学です。SDGsという観点から、道内の179の市町村と連携を深め、課題解決に取り組むことが大きなミッションだと考えています。北海道の一次産業は国内生産高の多くを占めていますが、なかには持続可能な形ではない場合もあります。特に水産業は今とても大変な状況で、イカやサンマ、サケなどが以前より獲れなくなっています。つまり、獲る漁業から、例えば養殖を中心とした「育てる漁業」へと転換することも考えていく必要があります。自治体・企業と連携して、「地域に密着した基幹総合大学の新しい大学モデル像」を目指し、地域問題の解決に貢献していきたいと考えています。
佐藤信行さん(中央大学) 学生が「持続可能性」を踏まえた考え方を身につけるためには、伝統的な縦割方式の学修方法だけでは追いつけなくなっています。そこで本学では、学部横断教育プログラム「FLP※」を展開し、様々な学部の学生が一堂に集い、地域や環境など個別のテーマで学んで問題解決能力を培っています。また、社会人向けにもオープンカレッジ「クレセント・アカデミー」を開講しています。大学の役割で重要なのは、視点の提示です。例えば平等の視点から、カナダの法律では「同性結婚」を男性同士・女性同士と定めていません。2つの性に該当しない人もいるのですから、結婚を「二人の人間が行うこと」と捉え、性別要件自体を排除したのです。このように個々の取り組みを広い視点から見て、社会に伝えることも私たちの大切な仕事です。
※ファカルティリンケージ・プログラム
藤原 均さん(成蹊大学) 本学は「SDGs副専攻」を設けるなど、総合的な学習環境を整えています。また、小・中高・大学が同じ敷地にあり、成蹊学園全体で行う一貫連携教育が本学のSDGs推進の大きな特徴です。中でも象徴的なのが「けやき循環プロジェクト」です。成蹊のけやき並木は、武蔵野市の天然記念物第1号にも指定され、地域からも愛される存在です。プロジェクトの活動の一つには、学園の児童や学生、教職員などが参加して集めた落葉で堆肥を作り、学内の植栽活動に利用するというものがあります。身近な自然の循環システムを学ぶと共に、美しく住みやすい町づくりにもつながる、SDGsのまたとない題材となっています。このような、総合的な教育の場を提供していくことが大学の役割だと考えています。
SDGsへの意識についての調査では、環境や食品ロスへの危機感から、興味を持つようになったという回答が多かった。
株式会社電通「第5回『SDGsに関する生活者調査』」(2022年1月調査)から作成
ビジネスと社会課題の両立に全社で取り組む
木村(AERA) 企業が目指す方向性についても教えてください。
川那部留理子さん(株式会社大和証券グループ本社) 当社では経営ビジョン「2030Vision」を策定し、「貯蓄からSDGsへ」をコアコンセプトに、SDGsの達成を目指しています。注力しているのは、社会課題の解決につながる資金循環の仕組みづくりです。当社では、2008年に国内で初めて、集めた資金が途上国の子どもたちのワクチンに充当される「ワクチン債」の販売を始めました。こうした債券や「グリーンボンド※」、また「ソーシャルボンド※」などを含め、資金使途がSDGsに貢献する事業に充当される「SDGs債」の発展に努めています。
※ 「ボンド」は債券の意味。グリーンボンドは環境問題の解決、ソーシャルボンドは衛生・福祉・教育などの社会課題の解決を目的とした資金調達のための債券。
山本英之さん(キユーピー株式会社) 当社は創業以来、「食を通じて社会貢献する」という考えのもと、事業を展開してきました。現在、力を入れているのは、食品ロスの削減です。2020年度の国内の食品ロス量は、約522万トンと推計※されます。今後、世界的に人口が増えるなか、食資源をどのようにシェアしていくのか、各国・企業が課題に向き合う必要があります。
※ 農林水産省・環境省の発表
木村(AERA) 日本の食品ロス量は世界の主要国で6番目に多い※というデータもありましたね。
※ 農林水産省「海外における食品廃棄物等の発生状況及び再生利用等実施状況調査」
山本(キユーピー) はい。そこで当社では、野菜の加工時に発生する外葉や芯を集め、堆肥・飼料化する取り組みを行っています。さらに、堆肥を活用して育てた野菜でまた商品を製造するなど、一つの循環を構築しています。また、賞味期間の延長、年月表示への切り替えなども実施しています。社内の合言葉は、「捨てることを前提としないモノづくり」。設計の段階から食品ロスの削減に配慮し、廃棄物は循環化させていく。これが、今後の食品会社の使命だと考えています。
事態が停滞したときこそ切り口を変えて対応する
木村(AERA) コロナ禍にウクライナ問題と、世界の危機とも呼べる状況の中で、SDGsの取り組みは停滞したのでしょうか。
佐藤(中央) 停滞した部分もありましたが、そんな時こそ臨機応変に切り口を変えていくことが大切です。今年は未来を見据えて、学内の雰囲気を醸成するために、「中央大学SDGsアクションプランアワード2022」を開催しました。学生たちがSDGsに貢献する行動計画を作り、競い合う大会です。立川市や地元企業にも協賛いただき、多角的な視点・考察によるアクションプランを募集しています。
藤原(成蹊) 本学では、2016年から地域とのつながりを深めることを目的に、「武蔵野の自然と成蹊の学び」を軸として「ESD※成蹊フォーラム」を開催しています。外部講師による特別講演と、小中高大の活動報告が主な内容ですが、コロナ禍ではこれをWEB開催し、1年間アーカイブ配信するように整備しました。コロナ禍でも形態を変えて、SDGsへの取り組みは続いています。
※ Education for Sustainable Developmentのこと。「持続可能な開発のための教育」と訳される。
川那部(大和証券) 金融機関としては、社会に内在していた課題が、国内外でより着目されるタイミングだったと思います。課題の解決には資金が必要という認識が高まり、コロナ禍にはソーシャルボンドが増加しました。日本のESG投資残高も増加を続けています。この流れをより堅実なものにしていくべきだと考えています。
木村(AERA) 長期的に地球のために、という考え方が、お金の流れを見ても定着していると言えますね。
若年層から社会全体へと意識改革を進めていく
木村(AERA) 2030年のゴール、さらにその先に向けて成果を加速させるために、大学と企業はどのように連携するべきでしょうか。
山本(キユーピー) 新たな技術を取り入れながら、循環型社会へさらにシフトをしていく必要があると考えています。そこで、食品における循環化を考えると、残った食材の肥料や飼料への有効活用が課題になります。例えば、マヨネーズのように油分が多く酸性で塩分を含んだ調味料が残った場合、堆肥化は容易ではありません。企業の基礎研究は多くの資源を投入できない面もありますので、ぜひ大学の方々との技術連携を深め、SDGsの目標達成に結びつけていきたいと考えています。
深尾(龍谷) 円安、エネルギー問題に連なり、「食の問題」は注目されていますね。本学では農学部と先端理工学部が同じキャンパスにあり、2学部が協働しながら「アグリDX人材」育成への取り組みを進めています。今後は、農業と先端技術の融合のような、学際的な研究をどんどん生み出さなければならないと思っています。
川那部(大和証券) 様々な施策を実際に推進するのは社員です。特に、2030年に当社の中核を担う若手社員をビジョンの策定過程に巻き込み、意識の浸透を図りました。また、金融機関として、若年層への金融教育の重要性を強く感じています。社会に出る前の若い人たちに、サステナビリティに投資する意義を実感してほしい。今後は大学との接点を増やし、金融教育へのつながりも探っていきたいです。
大学と企業の産学連携において、企業は大学に地域を担う人材の育成を最も期待しており、次いで地域資源を生かした研究開発と地域をつなぐハブ的な役割という結果になった。
日本経済団体連合会「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」(2021年8月調査)から作成
企業と課題を共有し学際的な研究を推進する
深尾(龍谷) 地域の持続性を高めるために、ESG投資の地域社会への導入も重要な課題です。本学では、地元金融機関と共同で、「ソーシャル企業認証制度」を立ち上げました。財務諸表など経済合理性に偏った金融機関の与信のあり方を変え、企業活動の社会的インパクトを見える化し、価値づけを行っていく制度です。この制度をESG投資に接続させ、社会課題に取り組む地域の中小企業の成長を支えていきます。地域企業の意識変革を促し、地域の持続性向上に、大学として貢献していきたいと考えています。
阿部(北海道) 本学は、大学の社会貢献度を測る「THEインパクトランキング2022※」において、総合で世界10位、日本では1位を獲得しました。この背景には、北海道の広大なフィールドを使いながら教育・研究に取り組んできた実績があります。そもそも本学は、北海道開発のため、農業技術の開発と人材育成を目的に設置されました。研究目的で所有する農地・山林は世界屈指の規模を誇り、日本の国土の500分の1に及びます。この豊かな自然環境を基盤に、とりわけ農学・林学・水産学など、フィールドサイエンスや環境科学の分野で強みを持つに至りました。
※ イギリスの高等教育専門誌「Times Higher Education(THE)」
木村(AERA) 日本の国土の500分の1とは驚く数字です。
阿部(北海道) はい。具体的な取り組みの一つとして、自治体や企業、他大学などと連携した「北海道プライムバイオコミュニティ」への参加があります。持続可能な一次生産システムの構築を目指し、農林水産業のスマート化の推進や、市場拡大などに取り組んでいます。豊かな研究リソースを生かしながら、その結果を社会へ実装し、2030年の目標値に近づいていきたいと考えています。
藤原(成蹊) 大規模校ではない本学だからこそ、協定を結ぶ武蔵野市をはじめ、自治体・研究教育機関・企業などとの連携を大切にし、多様な講座やイベントを開催しています。例えば、JAXAや南極観測で活躍している研究者による講演会を実施してきました。また、今後については、エネルギーや食糧、人権など、先行き不透明な問題が多いなか、リベラルアーツ、特に基礎科学の分野での学びが、さらに重要度を増すのではないでしょうか。地域社会・企業と連携し、大人も学び続けられる環境を整えると共に、持続可能な社会の担い手を育てることこそが、我々のできる一番の貢献だと考えています。
佐藤(中央) SDGsには系統的に評価できる指標がないため、最終的にデータ分析が重要となります。本学では、新たに「AI・データサイエンスセンター」を設置し、人材育成と新技術の開発を進めています。さらに、倫理や法などから技術の社会実装を考える「ELSI※センター」も設置しました。大学の責任として、自分たちの強み・取り組みを可視化していくと同時に、企業の方々とも協働しながら、新しい時代のフレームワークを整えていきたいと考えています。
※倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとったもので、エルシーと読む。
木村恵子の編集後記
短期的な数字を追い求めるよりも、長期的な視点で幸せな未来を思い描くのがSDGsです。2030年が一つのゴールですが、当然そこでは終わらない課題も山積しています。大学と企業、そして地域社会が、SDGsという共通言語を基軸に結びつき、議論をさらに深めることで、多様な人材が力を発揮できる社会になるのではないでしょうか。