2030年に迫るSDGsの達成期限には、テクノロジー、そして社会構造そのものの大きな変革を避けては通れない。
イノベーションを生み出す人材をどのように育てていくのか。大学と企業が語り合った。
座談会参加のみなさん
岡山大学
副理事
共創教育・SDGs教育担当
吉川 幸 さん
関西学院大学 学長補佐 国際学部 教授 志甫 啓 さん
京都精華大学 国際文化学部長 教授 山田 創平 さん
順天堂大学
国際教養学部国際教養学科
特任教授
平林 正樹 さん
オムロン株式会社 サステナビリティ推進室長 劉 越 さん
全日本空輸株式会社(ANA)
経営戦略室 エアライン事業部
GXチーム
乾 元英 さん
木村恵子(AERA編集長) SDGsに関して、大学では今どんな取り組みに力を入れていますか。
平林正樹さん(順天堂大学) 私はキャリア研究の観点から、「SDGs」というフレームワークを使って、今後の社会における生き方・働き方を、学生と一緒に考えています。学生たちは授業でSDGsの概念を学びますが、具体的に社会でどう役立つのかは実感しづらいことが多い。そのため中小製造企業6社と共同で、夏季2週間の「燃えるインターンシップ」を開催しています。SDGsの観点からの企業変革を掲げ、学生が現場で働く方々に経営目的や業務内容などをヒアリングし、最終日に提案を行います。非常に興味深いアイデアが出る場で、本学部では来年度、この活動を「モノづくり中小企業に学ぶSDGs経営」と題した正規科目とする予定です。
山田創平さん(京都精華大学) 本学では、SDGsにもつながる建学の理念「人間尊重」と「自由自治」に沿って、学内環境を整備しています。例えば、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」にも関連する多様性の理解促進。2016年の「ダイバーシティ推進宣言」では、ジェンダーに基づく差別はもちろん、SOGI(性的指向・性自認)など性の表現方法も含めて、京都精華大学における構成員全ての権利を守ることを宣言しました。具体的には、性別を問わず使えるトイレの設置をはじめ、通称名の使用を認める、あらゆる性別の表記の撤廃、同性パートナーをもつ教職員に、より婚姻に近い権利を認めるなどの取り組みを行っています。
志甫 啓さん(関西学院大学) 本学では、学生が主体となり様々な取り組みを行っています。研究の分野では、4つの理系学部と、総合政策学部が本学の神戸三田キャンパス(KSC)に集まり、「Sustainable Energy(持続可能なエネルギー)」の一大研究拠点を形成しています。理学部の次世代有機合成反応、工学部のパワーエレクトロニクス、生命環境学部の人工光合成など、先進的な研究の蓄積を行うと同時に、建築学部では持続可能な建築や都市、総合政策学部では地球環境といった分野での研究を進め、キャンパス全体にSDGsを浸透させています。また、周辺地域のスマートシティ化に向けた検討も進めており、地域・産業界とも結びつきながら、専門や文理、大学と社会の境界を超えてイノベーションを目指す姿勢を大事にしています。
木村(AERA) CO2の削減は、日本中が一丸となって取り組む必要がある問題です。新技術の開発が課題となりますね。
吉川 幸さん(岡山大学) 本学は「ありたい未来を共に育み、共に創る研究大学」をビジョンに掲げ、地域・世界との共育共創を推進する大学を目指しています。取り組みの一つに国連・国際機関との協働があり、大学として初めてUNCTAD(国連貿易開発会議)と包括連携協定を締結しました。国際社会と連携し、今後成長を期待できる若手の研究者、特に女性研究者を支援しています。また、岡山県下の自治体もSDGsに積極的に取り組んでいます。例えば、世界最初のRCE※に認定された岡山市や、木質バイオマス発電で知られる真庭市とは林業・木材・木造建築教育・研究ゾーンの形成や地域活性化に寄与することを目的とした活動を協力して行うなど、地域との連携を活発に行っています。
※「Regional Centres of Expertise on Education for Sustainable Development」。国連大学が提唱・認定する持続可能な開発のための教育に関する地域の拠点のこと。
既存の理念の中にもSDGsの思想がある
木村(AERA) 企業で注力している点を教えてください。
乾 元英さん(全日本空輸株式会社[ANA]) 航空事業を柱とする当社では、目標13「気候変動に具体的な対策を」にも深く関わる「GX※1」を推進しています。しかし、気候変動の解決は、単独では達成できません。業界全体、さらには産業・セクターを超えた連携強化に力を入れています。現在期待されているのは、「SAF※2」。石油以外の原料から製造される「持続可能な次世代の航空燃料」です。技術的にはまだ発展途上で、社会実装もこれから進めていく段階です。これを業界一体で、JALさんとも協働して取り組んでいます。
※1 グリーン・トランスフォーメーション ※2 Sustainable Aviation Fuel
木村(AERA) 普段は競合している企業とも協力しているのですね。
乾(ANA) はい。燃料開発には製造サイドの協力も欠かせません。2022年3月に当社とJAL、日揮ホールディングス、レボインターナショナルの4社で有志団体「ACT FOR SKY」を立ち上げ、SAFを社会に普及させていく取り組みを始めました。参加企業は現在、24社まで増えています。
劉 越さん(オムロン株式会社) 当社はオートメーションカンパニーとして、「カーボンニュートラルの実現」、「デジタル化社会の実現」、「健康寿命の延伸」の3つの社会的課題に取り組んでいます。そのなかで注力しているのが目標7、8、9に関連する「エネルギー生産性向上」への取り組みです。ものづくりでは品質、安全、コストなども重要ですが、地球環境の観点から、今後はエネルギーの使い方にも配慮が必要です。今、当社のオートメーション技術を活用して製造現場の最適なエネルギーの使い方を提案することで新たなビジネス機会につなげています。この取り組みによって、製造業に貢献することで、事業を通じた社会的課題の解決が実現できると考えています。
山田(京都精華) SDGsはそれぞれエビデンスに基づき、目標とターゲットが定められています。今まで大学や企業が理念に基づいて取り組んできたことが、数字をベースに説明できるようになりました。また、それを国連のWEBサイトなどで、学生も簡単に参照できる。非常に教育効果の高いシステムだと感じます。
企業への調査で、SDGsで力を入れている項目で一番ポイントが高かったのは、働き方改革など、社内から始められる目標8「働きがいも経済成長も」だった。次いで、リサイクルなどを含む目標12、エネルギー問題の目標7、気候変動の目標13が続く結果となった。
株式会社帝国データバンク「SDGs に関する企業の意識調査」(2022年6月調査)から作成
当事者意識を持った学生が増えている
木村(AERA) 大学では、SDGsに関する取り組みは学生にどのような影響を与えたのでしょう。学内の変化はありましたか。
吉川(岡山) 学生の変化は著しいですね。入学前に、海外支援や募金活動などSDGsに関する体験を経ている学生が、年々増えているように感じます。また、明確な活動経験がなくても、SDGs的な感覚の芽を持っている学生も多く見受けられます。本学では、教養科目としての「SDGs入門」をはじめ、複数のカリキュラムを展開し、知識を得るだけでなく、SDGsの考え方を活用して自らの学問的関心や学術的活動を高められるように働きかけています。
志甫(関西学院) 大きな変化は、学生が主体的に物事を捉えるようになったことです。学生が当事者意識を持って社会を見る、理系の分野であれば技術の必要性を感じながら研究を進めていく風潮に変わったと感じています。特にSDGsに関しては、若い世代からの押し上げが非常に大きい。今後は、企業の力も借りながら、課題解決に向けて取り組む実践的な学習機会を共創していきたいです。
平林(順天堂) SDGsは目的ではなく、フレームワークであり手段です。SDGsを学ぶこと自体が目的ではなく、その考え方を活用することで社会を捉え直したり、自分のやりたいこと・するべきこと・ワクワクすることを定義したりできます。例えば、就職活動の際には、企業・団体を評価するスケールとして使うこともできます。知識と実践を結びつけ、学習への姿勢はもちろん、生き方・考え方の指針としてSDGsを活用できるような教育を行いたいと考えています。
学びを実践につなぐ
木村(AERA) SDGsを推進するうえでの人材輩出について、育成したい人物像を教えてください。
志甫(関西学院) 本学には、「Mastery for Service(奉仕のための練達)」というスクールモットーがあり、「世の中に尽くすために自分を鍛錬する」という意味です。SDGsへの取り組みでも、この理念を体現する人物を養成したいと考えています。各大学にも元来、建学の精神としてそれぞれの社会的使命があり、そこには様々なSDGsとのつながりがあるはずです。大学を出ることが当たり前の世の中で、SDGsを通して、もっと多様な視点が必要だということを訴えていきたいです。
山田(京都精華) 建学の理念である「自由自治」とも関連しますが、主体的に考えることができる自立した人物を育てたいと考えています。例えば本学の学長選挙では、教職員だけではなく学生全員に信任投票の権利が与えられます。一つの考えを無批判に受け入れるのではなく、自分なりに咀嚼し、理解して行動するような人物になってほしい。そのためには、思考の基礎となる教養科目も重要です。1年次の必修科目には、古代ギリシアから始まる哲学の歴史を学ぶ授業や、アクティブラーニングを通して、シチズンシップについて考える科目などがあります。社会と自分自身について、地球規模で、かつ2000年以上のスパンで考える。縦と横の広がりを持って思考するという習慣を身につけていくのです。
吉川(岡山) 大学での学びがどのような社会実装につながるのか、積極的に考えられる学生の育成を目指しています。そのため本学では、社会活動などを通じた「実践型社会連携教育」を重視しています。これらを通じて、学生には正解がない問題について考え続ける「探究」の姿勢を身につけてほしい。先の見えない時代だからこそ、正解のない問題に向き合うことを恐れない人として、社会に出てほしいです。
劉(オムロン) 「SDGs」「DX※」をはじめ、近年は要求されるリテラシー自体が変わってきています。正解のないことに向き合い続ける「教養」も、社会人に不可欠なものとなりつつありますね。
※ デジタルトランスフォーメーション。IT技術の浸透が人々の生活をよりよくするという考え方。
会社員への調査で、SDGsの達成施策として「社員へのSDGs達成の告知や教育」などの活動が実施されているほど、職場の社員のモチベーションが高いと感じる人が多い傾向があった。
JTBコミュニケーションデザイン「SDGsと社員のモチベーションに関する調査」(2021年9月調査)から作成
平林(順天堂) 本学は健康総合大学として、学是「仁」を掲げています。他者を思いやり、慈しむ心のことです。国際教養学部では、この学是をベースに育成したい人物像を構築し、各教員が担当カリキュラムに落とし込んでいます。専攻領域には、「異文化コミュニケーション」「グローバル社会」に加え、健康リテラシーを学ぶ「グローバルヘルスサービス」があります。現役医師が授業を担当するなど、他にはないユニークな領域です。
木村(AERA) 企業はどのような人材に期待していますか。
劉(オムロン) 事業を通じて社会的課題を解決することが当社の存在意義であると考えています。そのために、創業者の時代から「7:3の原理」という言葉を大切にしています。これはビジネスに7割の成算があれば実践し、残りの3割は経営側がリスクをコントロールするという考え方です。事業運営には多様な人材が必要ですが、完璧を求めるのではなく7割で素早くチャレンジに踏み出せる人材を増やすことが、より多くの社会的課題の解決につながると考えています。
乾(ANA) 現在、当社では気候変動に対して、社会の仕組みそのものを変えるという大きなテーマを掲げています。そのため、時代に合わせて「変化できる」、つまり学び続けられる人材を求めています。また、課題解決のために、産業・セクターを超えた連携を一緒に進めていける「H型人材※」も望まれます。脱炭素化は1~2年で成果が出るものではありません。この難題を社会的価値の実現と捉え、ワクワクしながら取り組めることも、大切な素質ではないでしょうか。
※ 専門性に加え、幅広い知識を持ち、他分野の人材とも協働できる人物。
木村恵子の編集後記
座談会の最後に、山田先生から「SDGsには他者への想像力が不可欠。今回のように時間を共有して対話すること自体が、SDGsの実現につながる」という、うれしい言葉をいただきました。業種・分野を超えて多様な人々とつながり、正解のない問題に根気強く取り組む。そんな人材が、今後はさらに求められていくのではないでしょうか。