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対談:出口学長×林篤志さん

2023年4月、「サステイナビリティ観光学部」開設
まずは旗を揚げること。そこに人が集まり、語り合うことで、「新しい社会」の解像度が上がる
来年4月に新学部「サステイナビリティ観光学部」を開設する立命館アジア太平洋大学(略称APU/大分県別府市)。連載企画第3回のゲストは、Next Commons Labファウンダーの林篤志さん。「ポスト資本主義社会」の構築を目指す林さんと出口治明学長が、地方の持つ潜在能力、日本を変える可能性について語り合った。

取材・文/中村正史 撮影/山本薫 デザイン/洞口誠(ドットワークス)、大内和樹 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot. ADセクション

社会を変えられないなら、新しい社会をつくってしまおう

林篤志氏(以下、) 私は元エンジニアで、2011年の東日本大震災の時は東京・渋谷に住んでいました。先行き不透明な原発事故を受けて、それをきっかけに縁もゆかりもなかった高知市に移住しました。人口千人足らずの土佐山地区(旧・土佐山村)は限界集落になる寸前でしたが、住民の知恵や技術に惹かれ、人間が自然の一部として生きる文化をつくろう、そういう人材を育む場所にしようと、「土佐山アカデミー」を立ち上げました。
 2年間暮らして一定の手応えは感じましたが、地域が変わっても社会全体は全然変わらないことを知り、無力感に陥りました。それで全国各地を回った後、岩手県遠野市の水道もない山奥に移住したのが2015年です。そこで暮らすうちに、「社会を変えられないのなら、小さくてもいいから、自分たちで新しい社会をつくってしまえばいいのではないか」と自分の考えが切り替わりました。
 それが「Next Commons Lab」の原点です。今の資本主義や国家に対抗するのではなく、地方でレイヤー(層)を重ねていくことで、新しい社会をつくっていこうと思いました。

出口治明学長(以下、出口) 面白いですね。APUがあるのも別府市の山の上です。でも、この大学がやっていることは変わっていて、学生の半分は留学生です。地方の大学では、とても光っていると思います。早稲田や慶應など東京の大きな大学は100年以上の歴史がありますが、APUはできて20年ちょっとにすぎません。しかし、大学としては負けてないくらい面白いことをやっていると思います。

 別府市にあるインパクトが大きいですね。APUを別府の街が受け入れているのが素晴らしいです。
十数年、地方をいろんな角度から見てきて、近年は状況が変わってきたと感じています。地域のことは地域の人間だけでやるということが徐々に難しくなり、地域の未来に何を残し、何を変えるのかを取捨選択しなければいけない局面になりました。むしろ地域を開放して、多種多様な人を受け入れたほうが、持続性が高いと考える人も増えてきました。地方はまだまだチャンスがあります。ただ問題は……。

出口 誰がやるかですね。

 そうなんです。どの地方でもアイデアはありますが、誰がやるのかということが抜け落ちています。

出口 APUは日本から世界を見ています。世界の人口は将来100億人に達すると推計されていますが、まだキャパシティーがあります。世界はこれから伸び続けていきます。これを考えていくのが、大学の使命です。

林 篤志 はやし・あつし
Next Commons Labファウンダー。1985年生まれ。2016年にNext Commons Labを設立し、ポスト資本主義社会を具現化するための「社会OS」をつくっている。自治体・企業・起業家など多様な領域と協業しながら、日本の地方から新たな社会システムの構築を目指す。日本財団特別ソーシャルイノベーターに選出(2016)。Forbes JAPAN ローカル・イノベーター・アワード 地方を変えるキーマン55人に選出(2017)。新潟県長岡市山古志地域で2021年12月に始めた「電子住民票を兼ねたNFTの発行プロジェクト」もプロデュースする。

デジタル村民の数がリアル村民を超えた新潟県旧山古志村のプロジェクト

 私が関わっている新潟県の旧山古志村(現・長岡市)でのプロジェクトを紹介します。山古志村は2004年の中越地震の前まで約2千人が住んでいましたが、約800人に減り、住民たちは物理的に住んでいる人たちだけで地域の持続性を考えることをあきらめました。そして山古志村を世界中に知ってもらうにはどうしたらいいか、私に相談がありました。
 私たちがつくったのは、「電子住民票」という考え方です。ブロックチェーン(分散型台帳)をベースにNFT(非代替性トークン)を発行し、NFTを購入することで国内外の人たちが「デジタル村民」になるのです。NFTは投票権にもなっていて、山古志村をどんな地域にしていくのか、予算をどう使うのかをオンライン上で議論します。リアルな山古志村は縮小していきますが、山古志村というデジタル空間は広がっていきます。デジタル村民は千人を超え、リアルな住民を上回りました。

出口 デジタル村民のうち、実際に現地を訪れた人はどれくらいいますか。

 1割くらいです。一度も行ったことのないデジタル村民も、山古志村の当事者のように感じています。このフィクションに一役買っているのが、山古志村が発祥である錦鯉をモチーフにしたデジタルアートであり、NFTです。

出口 想像の共同体ですね。今までは国家とか自治体という形で一体化してきましたが、分散化していくわけです。これは面白いですね。

出口 治明 でぐち・はるあき
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒。日本生命保険相互会社に入社し、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任後、2008年にライフネット生命保険を創業。2018年、国際公募制で推挙され立命館アジア太平洋大学学長に就任。2021年に再任され、現在に至る。主な著書に『生命保険入門(新版)』(岩波書店)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『人類5000年史(I ~Ⅳ)』(ちくま新書)、『戦争と外交の世界史』(日経ビジネス人文庫)、『復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる』(講談社現代新書)など多数

人口約3億人のインドネシアの大統領がAPUから出たら、面白いでしょう

 最近はDAO(分散型自律組織)という言葉が使われます。山古志村のデジタル村民は、一緒に活動していますが、本名や年齢、どこに住んでいるのかも知りません。匿名性が高いですが、共通のビジョンを持って活動するインクルーシブ(包摂的)な世界です。

出口 APUも様々な国籍や文化を持った学生が集まり、切磋琢磨しながら成長していく「混ぜる教育」が特徴です。

 分散化の流れは、日本の地方を拠点に始まっていきます。その時に学生の存在は媒介者として大きいです。APUの新学部のように、つながる入り口として観光を再定義するのは面白いです。
 山古志のデジタル村民のうち、海外にいるのは2~3割です。日本の限界集落を存続させようといっても、外国人には伝わりにくく、コンテクスト(文脈)の共有が難しいのが課題です。知られざる日本のディープな文化にアクセスし共に創る、それが観光だという伝え方に私たちも切り替えています。

出口 海外に2~3割いるというのは、すごいことです。多様な人と関わることで、感じ方や考え方の違いを学べるのではないでしょうか。
 APUの学生は4年間、ここで学んで、世界中に飛び立っていきます。いずれAPUから大統領や首相が出るのではないかと思っています。現在、インドネシアの東ジャワ州の副知事がAPUの卒業生です。大臣もタジキスタンの労働大臣をはじめ数人が出ています。もし人口約3億人のインドネシアの大統領がAPUから出たら、面白いでしょう。
 APUの校友会会長はフィリピン出身で、現在はスイス・ジュネーブのUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働いています。こういう例は、九州の大学ではあまりありません。
 APUで学んだ卒業生の何割かは卒業後に日本を離れていきます。それでいいじゃないですか。日本の歴史を考えて、日本がこれから生きていくとしたら、今の日本と新しい日本がいつか交わり、新日本が既存の業態を超えていくことだと思います。

 「新日本」の解像度を上げたいですね。日本は人口が減っていて、アメリカや中国のような強い産業がありません。将来を不安視する声が多いですが、私は日本という枠組みにさほど意味を感じません。別府市くらいの市町村の規模感で、世界にどう影響力を持つか、どう経済的、文化的な関係を持つかを考えていく。国家という枠組みではなく、もっと小さい分散型の地域やコミュニティーで生き残りを図っていく。その集合体が「新日本」ではないでしょうか。

「市町村の単位で、世界にどう影響力を持つかを考えていくことが大切」と林氏(右)

大きい目と小さい目の両方を使いこなせる人になる必要がある

出口 歴史を見る時は、大きい目と小さい目が必要です。小さい目で見れば、今の世界はアメリカの中間選挙やウクライナ情勢など大変ですが、大きい目で見れば、国家元首の任期は決まっているのですから、それほど大きな影響はありません。今の日本は人口減少などマイナスな課題が山積みで、悲観的になりそうですが、大きい目で見たら違うのです。

 新学部の世界観につながるかもしれませんが、大きい目と小さい目の両方を使いこなせる人になる必要がありますね。新学部の学びのカリキュラムは斬新で、「サステナビリティを実現するための観光」という切り口は、人々の心をつかみながら、意識や行動を地球全体のサステナビリティまで引き上げる力があると思います。

出口 まだ始まったばかりなので、これからどんどん変わると思います。

 地域に滞在し、移動し、購買するという一つひとつのアクションが、どうサステナビリティとつながっていくのか。これまでの観光は消費でしたが、地域の価値の再生産につながっていくところまで可視化できる人材がこれからは求められます。

出口 チャレンジです。サステナブルでないものは観光ではなく、観光はサステナブルでなければなりません。これを目標に1年目をやっていきます。

 どんな学生に来てほしいですか。

出口 新しいことをしたい人を歓迎します。観光は一つの切り口ですが、もっともっと新しいことをしたい人を集めたいです。社会をより良くしたいと少しでも思っている人も歓迎します。
 サステイナビリティと冠した学部は、世界でもそう多くはありません。日本ではAPUだけです。ワクワクしています。

 Next Commons Labは「ポスト資本主義社会」の構築を掲げていますが、最初から明確に全体像が見えていたわけではありません。よくわかっていなくても、旗を揚げる、のろしを上げることが重要です。そうすると、いろんな人が集まってきて、「自分はこんなことができる」「あなたが考えていることはこういうことだね」と話すうちに、ポスト資本主義を具現化する解像度が上がっていきました。

出口 APUの新学部も同じです。まず旗を揚げることが大事ですね。

「新しいことをしたい人を歓迎します」と出口学長(左)

交流の輪が広がる共同キッチン

国際社会を実地体験する
国際教育寮APハウス
 海外からの留学生(国際学生)は、入学1年目をキャンパスに隣接する国際教育寮APハウスで過ごす。約100カ国から集まった学生たちが共同生活によって日本、各国の生活習慣やルールを学び、国際理解やリーダーシップを促進することが目的だ。2023年にオープンする新棟を含め、居室数は合計1,571室。生活に必要な家具・備品を備えたシングルタイプとシェアタイプがあり、共同キッチンや大浴場、ビリヤード、ピアノ、コンピューター・ルーム、Wi-Fi完備の学習室など、共用施設も充実。各フロアにはレジデントアシスタント(RA)と呼ばれる学生スタッフがおり、全面的に生活をサポートしている。海外留学するより手軽に、濃密な異文化交流ができるとあって日本人学生の入寮希望者も多く、現在、国際学生と国内学生の比率はおよそ7:3。グローバルで多種多様な人たちとの協働が求められる社会への船出を前に、APハウスは貴重な実地体験の場となっている。
from APU

提供:立命館アジア太平洋大学