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対談:立命館アジア太平洋大学・出口治明学長×UNWTO駐日事務所・吉田順子さん

2023年4月、「サステイナビリティ観光学部」開設
観光は地域にどんなメリットをもたらすのか。地域住民を優先する観点から考えることが必要。
来年4月に新学部「サステイナビリティ観光学部」を開設する立命館アジア太平洋大学(略称APU/大分県別府市)。連載企画第2回のゲストは、国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所の国際部プロジェクトコーディネーター・吉田順子さん。地域活性化のカギとなる、これからの観光のあり方について、出口治明学長と語り合った。

取材・文/中村正史 撮影/山本薫 デザイン/洞口誠(ドットワークス)、大内和樹 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot. ADセクション

UNWTOの観光教育の国際認証「TedQual(テッドコール)」を取得

吉田順子氏(以下、吉田) 国連世界観光機関(UNWTO)は、観光の国連専門機関で、本部はスペインのマドリードにあります。観光の発展を通じて世界の平和に寄与することを目的に1975年に設立され、2003年に国連の専門機関になりました。観光の果たす役割が重要になってきたことが背景にあります。
 160カ国・6地域が加盟しており、国内ではAPUなど21団体が賛助加盟員になっています。次世代の観光リーダー育成に向けたワークショップの第1回を2019年にAPUで開催しており、APUと深い関わりがあります。

出口治明学長(以下、出口) APUは2018年に、UNWTOが実施する観光教育の国際認証「TedQual(テッドコール)」を取得しました(2021年、再認証取得)。国内では観光学部のある和歌山大学に続いて2番目、私立大学では初めてです。観光はAPUが強い分野なのです。
 APUは2023年に「サステイナビリティ観光学部」を開設します。2000年の開学以来、アジア太平洋学部と国際経営学部(2009年3月まではアジア太平洋マネジメント学部)の2学部でやってきましたが、開学20周年を機に3学部にしようという構想が出てきて、「APUの柱は何か」と学内で議論しました。その中で、「観光だ」ということになり、議論を重ねた結果、観光だけではなくサステナビリティとセットで、「観光とサステナビリティ」を柱にすることを決めました。
 アメリカのスタンフォード大学がこの9月に、70年ぶりの新学部として「サステナビリティ学部」を開設しました。この同じタイミングで、スタンフォード大学とAPUがサステナビリティを柱に教育に取り組むのは、とても面白いことです。

吉田 順子 よしだ・じゅんこ
国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所・国際部プロジェクトコーディネーター。 大阪府立大学大学院経済学研究科観光・地域創造専攻修士課程修了。2010年からUNWTO駐日事務所。持続可能な観光に関する国際会議のセミナーの企画・調整・実施や、UNWTO出版物の日本語版の作成のほか、国際機関・大学・高校への講演や広報業務等に従事している

経済、社会・文化、環境のバランスが一つでも崩れると、持続可能な観光は成り立たない

吉田 これからのサステナブルツーリズムはどうあるべきなのか。新型コロナウイルス感染症で人の移動が止まったことは、これまでの観光を再考するいい機会です。これまでのような数を追う観光ではなく、質を追う観光に転換すべきです。観光客数で考えるのではなく、観光が地域住民の生活を向上させているか、観光客が訪れると地域住民にどういうメリットがあるかという、地域住民を優先する観点から考えるべきです。
 観光はビジネスなので利益を上げる必要がありますが、UNWTOは経済、社会・文化、環境の三つのバランスの一つでも崩れると、持続可能な観光は成り立たないと考えています。

出口 APUの考え方と同じですね。観光はサステナビリティであり、サステナビリティでないものは観光ではありません。新学部では、これを理念として掲げ、理論を学び、実践を積んでいきます。
 この2年余り、コロナ禍でみんなが家にこもってしまいました。しかし、今は回復途上にあります。日本の間違いは、この1年くらいは回復途上にあったと理解していなかったことです。
 本質論とそうでないものを分けて考えなければいけません。今の状況で、地域で経済が回るのは観光以外にはありません。その本質論は、コロナ禍の前も後も少しも変わっていません。だからAPUは、新学部で持続可能な観光と開発に取り組むのです。
 観光は日本だけの問題ではありません。APUは学生の半数が留学生で、世界中から集まっています。観光とサステナビリティを一緒に4年間学び、入学定員350人の新学部の学生たちが、卒業して世界に飛び立っていくのが理想です。

出口 治明 でぐち・はるあき
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒。日本生命保険相互会社に入社し、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任後、2008年にライフネット生命保険を創業。2018年、国際公募制で推挙され立命館アジア太平洋大学学長に就任。2021年に再任され、現在に至る。主な著書に『生命保険入門(新版)』(岩波書店)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『人類5000年史(I ~Ⅳ)』(ちくま新書)、『戦争と外交の世界史』(日経ビジネス人文庫)、『復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる』(講談社現代新書)など多数

理想は、学生が世界の大学院に進み、卒業後に世界を変える人になること

吉田 UNWTOは、観光がよりよく回復し、発展していく取り組みを行っています。たとえば、観光業界で働くのは女性が多く、日本では54%を占めています。他の産業は39%です。しかし、収入は男性の平均より低いです。UNWTOは、インクルーシブ(包摂的)な成長を促そうとしており、社会的弱者にインフラを提供するのはもちろんですが、意思決定にも参加できるよう働きかけています。
※出典:「観光における女性に関するグローバルレポート第2版」(2019年、国連世界観光機関)

出口 日本では女性の地位が信じられないほど低いです。世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数では、2022年の日本は146カ国中116位(前年は156カ国中120位)です。日本の成長のためには、様々な分野で女性をもっと増やさなければいけません。

吉田 留学生が半数のAPUは、国際的な学びの場所ですね。

出口 APUの1期生は現在40歳くらいで、まだ若い大学です。でも国連で働いている卒業生が30人くらいいて、校友会の代表はスイス・ジュネーブの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に勤務しているフィリピン人です。
僕の理想は、APUで学部のスタートを切り、4年間学んだ学生がアメリカのハーバードやイギリスのオックスフォードなどの、世界の大学院に進んで、卒業後に世界を変える人になることです。APUは海外の大学院に進学する学生が毎年80人前後います。これからの展開がとても楽しみです。

吉田 UNWTOの駐日事務所は、職員10人ほどで、本部の活動を支援し、様々な活動をしています。たとえば島嶼(とうしょ)国は観光に依存している国が多く、コロナ禍の中で持続可能な観光に取り組んでいる人や会社を紹介する「太平洋のツーリズム・ストーリー」を発表しました。また、人口1万5千人以下の地域で観光を活用して地域の課題に取り組んでいる事例を表彰する「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」の広報活動を行ったりしています。
 日本には和食をはじめ独自の文化がいろいろあり、観光資源が多様です。日本の日常生活の一つひとつが独特であり、文化があり、他から見れば観光資源となり得ます。一方で、日本は高齢化や少子化が進み、地域に活力をもたらすために、観光の役割が注目されています。観光庁も、新しい需要を掘り起こし、地域経済を活性化する観点から「第2のふるさとづくりプロジェクト」を進めています。

「日本の日常生活そのものを体験することが観光になる」と吉田氏(右)は言う

地域振興には、地域の課題を見つけ出し、リーダーシップを取れる人材が必要

出口 APUはTedQual(テッドコール)を軸に、もっともっとUNWTOの期待に添う教育・研究をしたいです。

吉田 新学部で取り組みを強化したいと、お考えなのですね。UNWTOでは、学生を意思決定に参加させようということも進めており、高校生から大学生まで参加できるサミットを開催しています。こういう場に参加して、APUで学んだことをフィードバックしてほしいです。

出口 そういう場があると、実践ができそうです。キャンパスでは現在、新しい教学棟を建設中です。建物中央の「大階段コモンズ」などの木造建築部分はほぼ大分県産材を使い、大学の木造建築としては国内有数の規模になります。ここは、APUのサステナビリティに対するコミットメントのシンボルとなります。

吉田 APUと一緒にできることがいろいろありそうです。持続可能な地域づくりがうまくいっているところは、強い熱意を持つリーダーがいます。地域振興のためには、観光を活用して地域の課題を見つけ出す人や、リーダーシップを取れる人材が必要になります。まずは友達や家族など自分のコミュニティーで実践し、影響力を持てる存在になってほしいです。

出口 同感ですね。友達が多くなればなるほど、人はいい経験を積むことができます。

吉田 地域おこしには若い人の声を聞くことが重要です。一例を紹介すると、日本三景の天橋立を望む京都府与謝野町では、地元出身の大学4年生がベンチャーを立ち上げ、地元で栽培しているホップに目をつけてクラフトビール造りを始めました。天橋立の内海では牡蠣が大量繁殖し、景観の悪化や悪臭の原因になっていましたが、牡蠣の殻を醸造所の浄化槽などに利活用し、ビールを飲むほど海がきれいになるエコシステムをつくりました。現在では、町が6次産業化を目指すようになっています。

出口 APUには「APU起業部」と呼ばれている学長直轄の課外活動団体があり、2022年度で5期目の学生を迎えました。毎年60人くらいが入り、平均5組くらいが卒業後などにベンチャーを起こしています。
 1期生の女子学生は、フードロスと食の貧困を解決するために、地域の農家から規格外などの理由で廃棄される野菜や食料を集めて、値札をつけずに売る店舗を別府市内に開きました。栽培した生産者の情報や、その食材の料理方法の提案を併せて利用者の方へ知らせています。利用者は、無料で持って帰ってもいいし、自分で値段をつけて、ボックスにお金を入れてもいいというシステムです。

吉田 UNWTOは、観光を活用したSDGs(持続可能な開発目標)への貢献や地域振興のアイデアを募る「スタートアップ・コンぺティション」を行っています。APUの新学部から起業する学生が出てきたら、ぜひ参加してください。

出口 新学部ができると、観光寄りの起業も生まれてくるかもしれません。2学部が3学部になることで、トライアングルになり、安定します。僕もワクワクしています。

出口学長を見つけると、学生たちは気軽に声を掛けてくる

新入生たちと写真に納まるモース氏(後列右端)と出口学長(前列左端)

校友会(同窓会)の代表は、国連人権高等弁務官事務所の人権担当
 2000年に開学したAPUは、これまで148カ国・地域の約2万600人の卒業生を出してきた。校友会(同窓会)の代表を務めるのは、スイス・ジュネーブの国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)で人権担当をしているモース・カオアガス・フローレスさん(3期生、06年卒)。フィリピンの北部にある小さな島で育ち、少数民族の権利や文化を守るために国際機関で働きたいと思っていた。交換留学で来日して、「今度、新しい大学ができる」と聞き、APUに入学した。卒業後、コスタリカの大学院に進んで国際法と人権を学び、ILO(国際労働機関)を経て、15年からOHCHRで仕事をしている。卒業後も、APUで国際関係の授業でゲストレクチャーとしてキャリア支援の講演などを行ってきた。22年秋の卒業式と入学式にも出席し、「未来に向かって大いに羽ばたいてください」などとあいさつした。
from APU

提供:立命館アジア太平洋大学