今回の座談会に参加した大学
データサイエンティストの仕事とは。 学びの先にある活躍の場について考える。
座談会参加のみなさん
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大阪大学 数理・データ科学教育研究センター長 教授 狩野 裕 さん
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京都橘大学 副学長 工学部情報工学科 教授 東野 輝夫 さん
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創価大学 データサイエンス教育推進センター長 浅井 学 さん

名城大学 情報工学部長 教授 佐川 雄二 さん

株式会社NTTデータ ソーシャルデザイン推進室 部長 稲葉 陽子 さん
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株式会社ブレインパッド 代表取締役社長 草野 隆史 さん (戸籍名:高橋)
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木村恵子(AERA編集長) AI・データサイエンスを学ぶことで身につくスキルや、その先の進路はどのようなものでしょうか。
狩野 裕さん(大阪大学) この表(表1)は、受験生や保護者の方へ向けた資料で、ビッグデータやAIを扱える人材が求められている分野を挙げたものです。科学技術の発展を背景に、理工系、人文社会系、行政、産業など多様な分野で利用可能なデータが増加したことによって、データサイエンス分野が大きく発展していることをお伝えしています。
浅井 学さん(創価大学) 私もデータサイエンスは他分野との掛け算が大事だと思います。例えば英語が得意な人々のうち、大多数の人は通訳や翻訳など専門の仕事に就いているわけではありません。しかし、英語ができれば世界の情報をすぐ知り、物事を改善していけます。データサイエンスも同様に、習得すると活躍の場が大きく広がる便利なスキルであり、しかも英語以上に時代の中心になるものだと考えています。
佐川雄二さん(名城大学) 昨今ではDX※を推進する風潮が高まっています。デジタル化に際しては、データサイエンスを学んだ人の客観的な分析によって「ここをデジタル化すると効率が上がる」という勘所を見極めると円滑に進みます。DXの指揮者のような存在になれるのではないでしょうか。
※デジタルトランスフォーメーション…IT技術の浸透が人々の生活をよりよくするという考え方。
東野輝夫さん(京都橘大学) これまで、人が持つ知識やノウハウは、経験を通して数十年かけて育てるものでした。しかし、それで培われる知識やノウハウの一部は、統計学的にデータを収集し、分析すると、AIで自動化したり共有したりすることができます。このように、データを分析して利活用できるスキルが、今後はとても重要になると考えています。
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「データサイエンスやAIを学ぶとどんな職業に就けるか」の例。左の列の紫文字は、その分野で仕事をする時に役立つ資格。右の列には、AIやビッグデータが求められている分野の例をまとめている。
※狩野裕教授作成資料を改変

データサイエンスは若者の武器になる
木村(AERA) データサイエンスを学んだ人材は、企業でどのように活躍していますか。
稲葉陽子さん(株式会社NTTデータ) 当社でAIやデータサイエンスを学んだ人材の活躍の場は大きく二つです。一つは、様々なデータ分析技術の開発を行う研究開発部門。二つ目は、お客様へデータ分析のコンサルティングやデータ分析技術を組み込んだシステムの提供をする部門です。公共分野、⾦融分野、製造業等の法⼈分野など多様なお客様がいらっしゃいます。
草野隆史さん(株式会社ブレインパッド) 企業はデータを活用して生産性や利便性を高めていかないと競争に勝てない時代が来ています。その前提の中で、データサイエンスやAIの知識は、あらゆる企業で不可欠になります。ですから、この学問を勉強したらどこに行けるかではなく、どこにでも行けるといった方がいいでしょうね。今は変化が加速しているため、昔のように年長者が経験に基づいて指導することが難しい領域が出てきています。その中でデータに基づき“ファクトベース”で議論できることは若者にとっては武器になると感じています。
データサイエンティストは多様な分野に出合う
木村(AERA) データサイエンスは強力な武器になりそうですね。では、データサイエンティストという職業はどのような職業なのでしょうか。
佐川(名城) データサイエンティストは、ファクトベースで中立的な立場だからこそ、既存の枠組みにとらわれない職業であることが魅力だと思います。例えば、ITスキルを核に持ちつつ、法学や心理学など自分の興味を生かせる場で働く。すると、何年か後に興味の方向が変わっても、ITスキルを生かして別の分野に移るなど、ひとつの職種や会社に縛られないような生き方もできると思います。
狩野(大阪) 本学の20年のデータサイエンス教育の中では、卒業生の大半が今でいうデータサイエンティストです。就職先も、ICT系や調査、教育、金融、製薬など多岐に及んでいます。さらに、最近は求人募集に「データサイエンティスト」と書いてくださる企業が増え、それを見た学生も、この分野が求められていると実感しているようですね。

木村(AERA) 企業ではいかがでしょうか。
稲葉(NTTデータ) 当社は、お客様企業の業務・サービスにAIやデータサイエンスを組み込むご⽀援をする⽴場です。どこにどのように組み込むかを検討するには、お客様業務などを広く深く理解する必要があります。例えば、バイオベンチャーのご⽀援では、遺伝⼦研究について詳しく把握し、知識が圧倒的に広がりました。様々な分野に触れることができるのもデータサイエンティストの魅⼒だと思います。
時代の変化を学びに反映させる
木村(AERA) 大学では、AIやデータサイエンスの進化に対して、どのように対応していきますか。
佐川(名城) 本学は2026年の開学100周年へ向けて「創造型実学」を掲げ、AI・データサイエンスをその柱の一つとしています。これまで本学は主に東海地区の自動車産業を中心とした物作り現場に人材を輩出してきました。昨今の企業は問題の複雑化から、様々な分野と協働しながら解決を目指す方向に変化しています。そういう時代においては、ITのスキルはもちろんのこと、そのスキルをどのように他の分野に生かせるかを意識しなければいけません。そこで、2022年4月から理工学部情報工学科を情報工学部として独立させ、時代の変化に対応することにしました。
東野(京都橘) 本学も昨年、工学部を新設しました。この学部では経済、経営の学部生とともに学ぶクロスオーバー科目の充実に注力しています。様々な専門を持つ学生たちが一つのチームになって企業から出される課題解決のPBLに参加します。文理融合の学びによって、社会課題を見つけ、AI・データサイエンスの実応用について考える力を育みます。そうした経験を通してAIでできることや、様々な職種の人と協働しながらプロジェクトを進めることを肌で感じてもらいたいと考えています。
全学生のリテラシーを高めていく教育
浅井(創価) 本学でAI・データサイエンスを学んだ学生には、自分の専攻分野とデータサービスを掛け合わせることができる「文系AI人材」の立場を狙ってほしいと考えています。本年度からのカリキュラムは、1年次の全学必修科目として基礎的なリテラシーレベルの授業を展開。さらに、副専攻の必修科目では応用基礎レベルを展開しています。ただ、応用に進むために、文系の学生の理系化に注力することが必要です。
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木村(AERA) 文系の理系化は大きな課題ですね。
浅井(創価) はい。その解決策の一つとしては、産学連携科目をより充実させて、社会のニーズを実感してもらうこと。そしてもう一つは「副専攻制度」や二つの専攻を持つ「ダブルメジャー制度」などを設けることです。先ほど私は掛け算が大切だと言いましたが、例えば経済学部なら経済を主専攻としたうえで、副専攻としてデータサイエンスを選択できるようにすれば、文系の学生もデータによる問題解決に貢献できる人材になることでしょう。加えて、系列校でもこの秋からデータサイエンス講座を行う予定です。
佐川(名城) 本学でも副専攻制度を利用した全学向けデータサイエンス教育を予定していますが、基礎知識の違いなどに対応するため、理系は情報工学部を、文系は都市問題などを扱う文理融合型の都市情報学部を副専攻先として設定することを考えています。
木村(AERA) 今や、AI・データサイエンスの知識は教養なのですね。
東野(京都橘) 本学では、全学部学科で2022年度よりAIやデータサイエンスの基礎科目を受講できる体制を整えました。情報系の人だけではなく、文系や看護学部などの学生もしっかりと学べる仕組みをつくることで、自身の専門分野と絡めて、社会におけるデータやAIの利活用方法など実社会に生かせる力を育みます。
狩野(大阪) そうですね。社会で「情報」の有用性が認識されてきた今、大事なのは全学生がAIやデータサイエンスのリテラシーを向上させることです。例えば、「この課題は、AIやデータサイエンスを使えばプラスになる」ということを指摘できる人は、幅広い分野にいた方がいい。また、AIやデータサイエンスをどの分野と掛け合わせるかで、解決方法も変わってきます。様々な分野を見ることで理解が深まることもあるので、ぜひ二つの分野と掛け算してほしいと思います。
リカレント教育の重要性が高まる

木村(AERA) 企業の方は大学に何を期待しますか。
稲葉(NTTデータ) 社会人のリカレント教育に期待しています。AIやデータサイエンスの人材はまだ不足しているので、私たち企業でも、研修や実業務での実践を通じて育成を⾏っていますが、⼟台を築き上げるべく網羅的に知識・スキルを⾝につけるのは、なかなか難しいのです。
草野(ブレインパッド) そうですね。若い人たちが知識やスキルを身につけてきた時に、受け入れ側の企業の啓発も非常に重要です。
東野(京都橘) 確かに、まだデジタル化していない分野の方などに、AIやデータの価値をにいかに理解してもらうかは大きな課題です。また、今後70歳まで働く社会が来ると、大学の学びを50年も使い続けられるかは難しいところです。データサイエンスやAIの技術のように進化の早い分野は、特に学び続ける必要があると思います。
浅井(創価) 本学では、通信教育を1科目からでも受講できますので、来年度からデータサイエンスに該当するカリキュラムも用意し、学び直しにも対応していきたいと思っています。
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調査によると、62%もの企業がデータサイエンティストを目標通りに確保できていない。
一般社団法人 データサイエンティスト協会 調査・研究委員会「データサイエンティストの採用に関するアンケート」2022年3月31日より作成
女性も一生続けられるやりがいのある仕事
狩野(大阪) みなさんは、女性のデータサイエンティストについてどう思われますか。本学の女子学生には、出産後の復帰の観点などから資格系の職業が人気のようです。しかし本学としてはデータサイエンスの仕事は非常に働きがいがあり、ライフプランを描きやすいと伝えていきたいと思っています。
木村(AERA) 確かに、この分野は女性が少ないと聞きます。
稲葉(NTTデータ) 当社のデータサイエンティストには男性も女性もおります。データサイエンティストはあらゆる企業で求められていますから、学び続ける意欲さえあれば、キャリアを積み重ねることはできると思います。

草野(ブレインパッド) 当社も女性のデータサイエンティストが男性と対等に活躍しています。変化が激しい分野ですが、1、2年のブランクで復帰できなくなることはありません。特にマーケティング系などのデータ分析では消費者の半分は女性ですから、偏りなく分析するためにも女性の分析者は重要です。
狩野(大阪) 私は、人材不足の原因は「理系嫌い」が多いことだと思います。実は日本人は受験などで数学や物理、化学を学び、理系の知識を備えています。そのギャップをなんとかなくして行きたいですね。
草野(ブレインパッド) AIやデータサイエンスを学ぶ人の多くは、学びが何かの役に立ったり、それを使って面白さや喜びを感じたりした時に、学び続ける原動力を得ると思います。この技術と手法を身につけたことで、探求の選択肢が広がったという感覚を学生のうちに得ておけば、社会に出た時に大いに活躍できると思います。
木村恵子の編集後記

AI・データサイエンスを学び、ファクトベースで語れる人材が社会に出た時に、その力を生かせる社会になっていないと駄目なのだと痛感しました。また、データサイエンティストの視点は生活者に密着しています。消費者は男女半々ですから、女性にも男性にも向いた仕事と言えますし、“理系”に留まらない職業だと実感しました。