今回の座談会に参加した大学
なぜ文系が求められているのか。“文理融合”によって何ができるのか。
座談会参加のみなさん
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桜美林大学
学長補佐
ビジネスマネジメント学群長 教授
山口 有次 さん

同志社大学 学長補佐 文化情報学部 教授 阪田 真己子 さん

一橋大学
ソーシャル・データサイエンス教育
研究推進センター 副センター長
七丈 直弘 さん

明治学院大学 学長 村田 玲音 さん

東京海上ホールディングス
株式会社
デジタル戦略部マネージャー
佐藤 竜介 さん

ファイザー株式会社
執行役員
ヘルスアンドバリュー統括部長
平石 洋子 さん

木村恵子(AERA編集長) 先生方はAI・データサイエンスのどのようなところに面白さを感じますか。
村田玲音さん(明治学院大学) データとは、非常に複雑なものの断面図だと考えています。断面図が少ないと、もとの形は想像しにくいものですが、科学の発展によって、様々な角度から断面図が取れるようになると、本来の姿が見えやすくなる。これまでは手が届かなかったような複雑なものの像が、AIやデータサイエンスの手法で見えるようになってくる。そこに面白さや重要性があると思います。
山口有次さん(桜美林大学) 今や現実だけでなく、バーチャル世界にまでデータが存在するようになりました。それらを「いかに可視化して社会で生かすか」という意味では、AIやデータサイエンスは「人間そのものの根源的な探求」につながっているのではないでしょうか。
七丈直弘さん(一橋大学) AIやデータサイエンスが発展している今、分析の前後の「どのように課題を見つけるか」と「分析結果からどのような意味を導くか」という部分が重要で面白いところです。私は科学技術政策が専門ですが、高齢社会や脱炭素のように大きな課題の解決のためには「社会科学」の視点が必要だと考えています。
阪田真己子さん(同志社大学) データサイエンスは多様な学問と結びつき、発展していきます。例えば本学の文化情報学部では、データサイエンスの手法で作者不詳の文芸作品や絵画の作者推定などの研究も行ってきました。社会では多様性が重視されていますが、データサイエンスは研究におけるダイバーシティを実現するための接着剤の役割を担っていると思います。

技術の活用の場は分野を超える
木村(AERA) 本当に様々な分野をつなぐような総合的な学問ですよね。それを体現しているのが企業だと思います。
平石洋子さん(ファイザー株式会社) 当社では医薬品の開発に関わる研究や疾患の発生や要因の分析、そして営業やマーケティングなど、本当に幅広い分野で活用しています。私の部署の事例では、電子カルテに保存されているデータを使い、がん患者さんを対象とした薬物治療の効果などを客観的に評価する手法の確立に挑戦しています。これによって、患者さん一人ひとりの特性に合わせた医療が進展するきっかけになり、適切な医薬品を早期に患者さんに届けられるようになります。
佐藤竜介さん(東京海上ホールディングス株式会社) 当社でも様々な場面でAIやデータサイエンスを活用しています。例えば、保険金のお支払いの円滑化のために、コールセンターのオペレーターとお客様のやり取りをテキストデータ化して言語解析によって要約したり、衛星画像から気象災害の被害を素早く推定したりしています。また今後は、事故が起こりそうな挙動や健康に影響しそうなライフスタイルを解析し、事が起こる前にアドバイスを行う「ロスプリベンション」という領域にも取り組むところです。
「文系」の素養が求められている


木村(AERA) 企業では多様な分野でAIやデータサイエンスを活用しているのですね。そうした活用の場には、「文系」の力が必要と言われています。大学ではそれをどのような場面で実感されますか。
山口(桜美林) 本学のビジネスマネジメント学群では、データサイエンスをツールとして使い、経営にアプローチできる人材を育成しています。その中では、独自に収集したデータを分析し、活用することが今後の教育の肝と捉えています。例えば、本学が企業や団体と連携して取り組んでいる「ビジネス演習(DX)」の一つに、新大久保商店街での実習があります。商店街の定点カメラやARアプリで来店客のデータを集め、分析し、売り上げ向上といったお店の経営問題や廃棄ロスの削減などの社会問題に生かそうとしています。そういうアプローチはある意味文系的と言えるのではないでしょうか。
木村(AERA) 経営にはデータの知識は不可欠ですね。企業でも、文系の知識や思考が役立つ場面はありますか。
平石(ファイザー) 当社のデータサイエンス分野の中心は開発部門の統計解析やデータマネジメントのグループのため、多くは理系出身ですが、活用に際してはビジネスマインドが不可欠であり、経済学や経営学のセンスが求められると思っています。例えば、データが発生する社会的な背景や医療制度を理解したうえで解析して、その結果を解釈する必要があります。さらにその解釈を説明する際に、文系・理系双方の視点から、多角的に思考することが重要になります。
佐藤(東京海上) 当社にはデータサイエンティスト育成プログラムがありますが、受講者の文系・理系は問いません。ビジネスの世界では、解くべき問題は何か、それを解く価値はあるのかという見極めが非常に重要です。現場の方の話をしっかりと聞いて課題の種を見つけられるか、そしてそれを実現するためのストーリーが描けるか。文系か理系かよりも、データに対してそういったリテラシーを持っている方が活躍しているように思います。
阪田(同志社) 今の佐藤さんの言葉、刺さりました。「その技術で何ができるか」の先にある「人間はどうありたいのか」という「問いを立てる力」が重要です。学生にも「データサイエンティストになりたい」ではなく、「データサイエンスで何をしたいか」を考えてほしいと伝えています。そのために本学部では、文理を超えた能力である論理的思考を重視しています。

近年の企業へのアンケート調査では、特にデータを用いたビジネスの課題解決を得意とする人材や、複数の分野を俯瞰的に見てデータ分析の活用を戦略的に考えられる人材が求められている。
一般社団法人 データサイエンティスト協会 調査・研究委員会「データサイエンティストの採用に関するアンケート」2022年3月31日より作成

七丈(一橋) データサイエンスが生きる場は、政府や公共部門、国連などの国際組織や、NPOやNGOにもあると思います。政府ではエビデンス※1に基づく政策立案が広がっており、データや統計に基づく手法が活用されています。そこで本学は、民間企業に加え、様々な府省と連携してPBL※2を展開する予定です。企業で活躍する人材はもちろん、政府での意思決定の仕組みへの理解とデータサイエンス的な知識を持った行政官も育成します。ルール形成を行う現場にそうした人材が出てくれば、データサイエンスを使いやすい制度が作れるようになり、企業や大学がより活躍しやすい社会になるのではと思います。
※1 エビデンス…証拠、証明、根拠。
※2 PBL…Project Based Learning。プロジェクト型学習。
木村(AERA) AI・データサイエンスを社会で活用するには、文系の素養がいかに重要なのかよくわかりました。
「正しく使う」ためには倫理の学びが必要
阪田(同志社) 私は伝統芸能の研究でモーションキャプチャーを用いた動作計測を行っています。以前、日本舞踊の著名な舞踊家が「お腹の下の丹田に魂を込める」というお話をされた時、計測担当者が丹田にも計測用のマークを貼ろうと提案しました。しかしそれが逆鱗に触れてしまったんです。
木村(AERA) 神聖なものだったのですね。
阪田(同志社) この時、測れるもの、測れないものの他に「測ってはいけないもの」があると気づきました。物事の本質を見極めるには、文と理のバランスのとれた知識や感性が必要です。例えば新しい技術が「人類に幸せをもたらすか」は、古くからの倫理学や哲学などの学問が、その本質の意味を与えてくれると考えています。
村田(明治学院) 2030年頃には、会社で同僚や部下がAIになる時代が来ると思います。そうした時に、大学で学んできた技術や個性を生かして働くためには、仲間であるAIの性格や能力の範囲を、誰もが知っておいた方がいい。また、仕事を機械が行うことで、誰かが不幸になってもいけません。社会や人間を知り、AIや情報理論を知り、倫理を学ぶことによって、誰もが技術を正しく活用していけるような教育が大学に求められていると思います。

社会の「幸せ」に貢献していく
木村(AERA) 大学では、今後どのような教育に取り組んでいくのでしょうか。
山口(桜美林) 私が教えているのはビジネスの領域ですが、重視しているのは心の教育です。実習では、奉仕やおもてなしの精神など、「人や社会の役に立ちたい」という思いを大切にしています。企業のお二人の保険や医療という分野とも、ある種のホスピタリティという意味で私たちの専門分野と共通点が多々あります。その中で私たちが重点的に進めようとしているのは、幸福そのものをデータサイエンスするということです。
木村(AERA) 「幸福」をデータサイエンスするとは、興味深いです。
山口(桜美林) 例えば“幸福度が低い”と言われる日本人は、別の切り口から見ると、実は幸せなのではないか、などのテーマをデータサイエンスの観点から考えると面白いと思います。こうした「人々の幸福」を目指す研究を企業の方とも取り組んでいきたいですね。
阪田(同志社) AIやデータサイエンスは明日の人類の役に立ちますが、今役立つことはすぐに役立たなくなります。本学部では、10年後、50年後、100年後の人類に幸せをもたらすために、「何を問うべきか」を学生と共に考えたい。その未来志向こそが我々アカデミアの使命だと考えています。
七丈(一橋) 2023年に向けて、本学は「ソーシャル・データサイエンス学部」と「大学院ソーシャル・データサイエンス研究科修士課程」を設置します。さらに、将来的に博士課程も設置することで、世界有数の研究者とともに研究を行い、その成果がまた博士課程から修士課程、そして学部にまで反映されてくる。そんな新しい技術の変化に対応した研究体制・教育体制とし、データサイエンス領域全体の発展に貢献したいと思っています。
村田(明治学院) 本学も「情報数理学部」を2024年からスタートさせるべく準備をしているところです※3。3年生からコース制を導入し、「AI・データサイエンス」、「情報システム・セキュリティ」、「数理・量子情報」と3つの方向に分かれ、それぞれの専門性を深めることができるのが特徴です。さらに、同時に「情報科学融合領域センター」を設置し、新学部と既存の学部の連携を目指しています。
※3 仮称・設置構想中
木村(AERA) こうした大学の取り組みに対して、企業のみなさんは何を期待しますか。

企業への調査で「今後、大学が優先的に取り組むべき教育改革」は「課題解決型の教育プログラム(PBL等)の充実」が最もポイントが高く67.9%だった。
一般社団法人 日本経済団体連合会「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」2022年1月18日より作成

佐藤(東京海上) 当社のモットーは、お客様の「いざ」をお守りすることですが、今後はデータサイエンスの活用を進めて、事故の「事前・事後」まで拡張していきたいと考えています。そのため大学のみなさんには、今後どのような技術を追うべきか、企業の外から見て守るべき倫理は何かなどについて、一緒にお話しできることを期待しています。
村田(明治学院) 企業の方に相談です。今後のAI・データサイエンス教育では、PBLの機会をいかに増やせるかが大きなカギになります。なかでも、企業からいただく実践的な課題は、学生にとって良い学びになります。そこで、企業の方にも気軽にPBLの講師を務めていただけるような制度ができれば、大学と企業がもっと緊密に連携ができるのではと思うのです。
平石(ファイザー) 村⽥先⽣の話をお聞きして、⼀つアイデアが浮かびました。当社では、「ファイザー・ヘルスケア・ジャパン」というオープンイノベーションの取り組みを通じて、デジタルヘルステクノロジーやサービスをお持ちのスタートアップ企業とともに、患者さんにより良い解決策を提供することを⽬指しています。ここで、大学にご相談するのも一つの方法ですね。
七丈(一橋) ヘルスケア・ハブというのは面白い取り組みです。私は、日本の長期的な課題を解決するために、ステークホルダーが集まって議論をできる開かれた場が必要だと考えています。そうした場に、大学も貢献したいと思います。
木村恵子の編集後記

AI・データサイエンスは、様々な学問の接着剤になるというお話や、文系・理系の垣根を越えて、人間の根幹に関わる学問だというお話が印象的でした。大学、企業の方々が、社会の幸せを目指そうという思いが一致していることを実感し、この場からも新しい「融合」が生まれるのでは、という期待を抱きました。