今回の座談会に参加した大学
社会でどのように活用されているのか。大学と企業が改めて語り合う。
座談会参加のみなさん
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関西学院大学
副学長 情報化推進機構長
工学部 教授
巳波 弘佳 さん
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京都精華大学 メディア表現学部 教授 鹿野 利春 さん
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滋賀大学 データサイエンス学部長 教授 椎名 洋 さん
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立正大学 データサイエンス学部 教授 渡辺 美智子 さん
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大同生命保険株式会社 システム企画部 システム企画課 米倉 秀昭 さん

株式会社日立製作所
Lumada Data Science Lab.
シニア・データサイエンス・エキスパート
佐藤 達広 さん


木村恵子(AERA編集長) AI・データサイエンスは、今注目されていますが、そもそも、どんな学問なのでしょうか。
巳波弘佳さん(関西学院大学) 高校生にとって、AIやデータサイエンスはとても高度で遠い世界のものというイメージがあるかもしれません。しかし、実はすでに日常生活に浸透しています。例えば、スマートフォンの写真をデコレーションするアプリでは、AIの顔認証や画像認識などが使われています。この学問はひと言でいうと、理論と実践が一体化している、今ホットな学問分野です。
椎名 洋さん(滋賀大学) この学問の魅力は、あらゆる分野で活躍できるということです。ラーメン屋さんも、漫画家も、スポーツ選手も、職種を問わず、データに基づいて行動できるようになると、駆使できない人より間違いなく有利になると思うのです。データサイエンティストは、あらゆる職種のパフォーマンスを上げるお手伝いができる、とても魅力的な職種だと思っています。
鹿野利春さん(京都精華大学) 例えばYouTuberなら、自分の動画の再生回数、視聴時間などのデータを分析すれば、より高い再生回数を目指すための方向性が見えてきます。また、椎名先生のお話の具体例として、ラーメン屋さんは来店客の動向と気象データを組み合わせると、「この天気のこの気温の日は混雑する」などがわかります。漫画家も、ベタ塗りをAIに任せられる人とできない人では、締め切りに間に合うかどうかが変わってきますよね。これからは、どの職業でも、AIやデータサイエンスを使いこなせるかどうかで差がつくと思います。
渡辺美智子さん(立正大学) テニスの試合を「今のはラインぎりぎりだったな」などと言いながら見ませんか? 1球の着地点だけでは一瞬の出来事で終わってしまいますが、多くの着地点を集めると、その選手のサーブの傾向がわかり対策のヒントが見えてきます。このように社会のあらゆるものをデータで「見える化」し、意思決定に役立てていく考え方と技術がデータサイエンスと言えます。
社会では「ブーム」から「スタンダード」へ

木村(AERA) 企業では、AIやデータサイエンスをどのように活用しているのですか。
佐藤達広さん(株式会社日立製作所) 当社がAI・データサイエンスに取り組む領域は実に様々です。私自身は主に生産分野のお客様の案件を担当しており、工場ラインで不良品を出さないようにする仕組みを考えています。例えば、設備の故障の兆しをAIで検知し、事前にメンテナンスを行うなどです。
米倉秀昭さん(大同生命保険株式会社) 当社では、保険引受業務の中でAI活用に取り組んでいます。引受業務では、専門の部署が加入希望者の健康情報を確認し、保険料を高めに設定する必要があるかなどの判断をしています。最近では、過去の引受判断内容をAIに学習させて、加入希望者への迅速な引受結果連絡を目指しています。
木村(AERA) AIの普及に伴って、社内やお客様と接する中で感じられる変化はありますか。
米倉(大同生命) AIでできることとできないことへの理解が進み、いい意味で落ち着いてきていると感じています。社内でも、データサイエンティストなど一部の専門職以外もAIの可能性に気づくことが重要だと考え、関西学院の巳波先生にご協力いただいたe-ラーニング「AI活用入門」を本・支社全員が受講するなど、知識の向上に努めています。
佐藤(日立製作所) 当社でも、以前は「とりあえず話を聞きたい」というお問い合わせが多かったのですが、今は「AIをどのように使えば課題が解決できるか」という具体的な提案が求められています。また、自社でデータサイエンティストを養成したいというようなお引き合いも増えてきていますね。
木村(AERA) 社会にAIが定着しているのですね。先生方は現状をどう見ていますか。

渡辺(立正) これまでデータを扱うのは一部の専門職に限られていましたが、今では社会全体でデータを活用しようという機運が高まっています。データサイエンティストだけではなく、データを扱うスキルのある人と企画など一般の職種をつなぐデータ翻訳者という仕事も出てきています。そういった意味で、活躍の場はますます広がってきていると言えます。
鹿野(京都精華) 状況が落ち着いている今だからこそ、学生たちには意識的にAIやデータサイエンスを使ってほしいですね。例えば、本学は芸術デザイン、メディア表現など文系の色が濃いのですが、学生全員が「データサイエンス入門」を履修しています。今後、文系の人も使っていかなければいけないし、使える環境も整ってきていると思います。

調査結果によると、企業では5年間で多様なデータの活用が進んだ。特に、店舗のレジから取得するPOSデータなどの「販売記録」や機器の測定データを集める「自動取得」などの項目が増加した。
総務省「デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究」2020年3月より作成
※Machine to Machine。機械同士が自動的に情報をやりとりするシステム。
「身近なこと」から応用へつなげる

木村(AERA) 大学では、どのような授業や研究をしているのかお伺いしたいです。
椎名(滋賀) 授業の中では、データ収集から分析まで一貫して取り組むことが、学生たちのモチベーションにつながるようです。そのため、全てのプロセスを自分で行えるように、スマートフォンなど身近な機器からデータを取り出すことも教えています。例えば、卒業研究で工具のボルトの打音検査の音を集めてAIで分析し、締まっているかを判定するというものがありました。こうした研究ならデータ収集も簡単でリアルに把握できますよね。
鹿野(京都精華) 今や小中高で統計やデータの活用を学ぶようになりました。大学には当然、高度な学びが求められますが、私は授業でAIの応用を原始的な実験で理解できるようにしています。例えば、画像認識の応用でグーチョキパーの画像をコンピューターに認識させ、じゃんけんができるという仕組みを作ります。そこで、よいデータを作る大切さや、データがプログラミングに結びついて初めてものが動き、応用につながることを実感してもらっています。
木村(AERA) 高度な応用のためにも、まずは仕組みや工程の理解が重要なのですね。
巳波(関西学院) AIは活用方法を自分自身で考えることが重要です。その際、学生にはAIと目の前のものとを組み合わせてみるように話しています。例えば、「古文」と「AI」をつなげる活用例として、くずし字の文字認識があります。古文書は文字同士がつながっていたり、漢字とかなが混在していたりと、いわば文字認識界のラスボスです。それでも先端的なものは認識率が90%を超え、古文を原典から読めるようになっています。
米倉(大同生命) くずし字の解析ができれば、医師の手書き診断書も機械で読めそうですね。
渡辺(立正) 本学のデータサイエンス学部では、ビジネスや観光、スポーツといった分野での具体的なビッグデータの活用に取り組んでいます。例えば、コンビニのレシートを見て、「おにぎりを買った」という事実でなく、「ダイエット中」「豪華一点主義」など、買い物の傾向から顧客の好みや生活様式を推測します。そのパターンをレジに組み込めば、顧客に合わせた新しいレコメンドサービスを提案することができます。学生には、柔軟な発想でサービスの提案までできるように指導しています。
社会の誰もが活用できる時代へ
木村(AERA) 企業では今後について、どのような展望をお持ちですか。

佐藤(日立製作所) 個人個人が生き生きと暮らしていける社会を目指しています。例えば企業の「商品の需要を予測して売り上げを上げたい」や、個人の「電車とバスの乗り継ぎをスムーズにしたい」といった課題はもちろん、脱炭素や気候変動対策などの大きな課題もAIやデータサイエンスを使って解決していくことが当社の基本的なスタンスです。
米倉(大同生命) オンラインツール会議やスマートフォンによる手続き、コールセンターのログなどは貴重な情報の宝庫です。このような情報を活用して、お客様への理解の解像度を上げて、あらたな価値を創出していく、そんな企業に変革していきたいと考えています。

データを活用している企業では9割近くが何らかの変化や影響を感じている。具体的には、「業務効率の向上」が最も多く、次いで「意思決定の向上」となった。
総務省「デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究」2020年3月より作成
木村(AERA) 先生方はいかがでしょうか。
椎名(滋賀) 例えば、企業がデータに基づいてアクションを起こすには、関係者全員がデータについての知識を持っている必要があるのではと思います。今後、誰もが同じ知識の土壌で行動できるようになった時、社会ではより大きな動きが出てくるのではないでしょうか。
巳波(関西学院) 私は、AIに詳しい人と、そうでない人の差が広がるということも危惧しています。簡単なAIのアプリはエクセルを使える程度のスキルがあれば作れます。「理系教科が苦手だから」と興味を持たない人を生まない教育も必要だと思っています。
木村(AERA) 今のご意見に深くうなずいた先生もいらっしゃいますね。企業からは、大学の今後に何を期待しますか。
佐藤(日立製作所) データサイエンティストは文系の人とも連携して仕事を進める必要があります。お客様からのお話を掘り下げて、課題の本質が何なのかを考え抜く力や、あるべき姿を考える発想力、そして周囲の方と協力し合えるコミュニケーション力も大事です。そういった能力も磨けるように大学でもご指導いただけたらと思います。
米倉(大同生命) 今後は小学生からプログラミングや情報を学んできた人材が社会に出てきます。そういった人材が若い着眼点でデータを扱えるというのは、企業にとって変革のエンジンになると思います。私たちも、大学との共同研究で学生さんのアイデアから刺激をいただいています。
「どう生かすか」を常に考える
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木村(AERA) 高校生にはどのようにAI・データサイエンスを学んでほしいですか。
巳波(関西学院) これからAIは、電卓のような位置づけになると思います。「道具」として活用するためには、面白いと思うものを受け身で眺めるだけではなく、「どうやったらもっとうまくいくのか」という思考を常に持っていることが大切だと思います。
渡辺(立正) 巳波先生がおっしゃった「道具」の使い方は、チームで協力しながら誰もやったことがない新しい方法を考え、物事を〝少し効率化〟していくということだと思います。ぜひ構えずに大学に来てほしいですね。また、「誰もやっていない」ことには、あらゆる分野で人の役に立ったり、世の中を変えたりできる大きなチャンスがあると考えて、データサイエンスを学んでもらえるとうれしいです。
椎名(滋賀) 本学のデータサイエンス学部の学生には、データサイエンスの理論に興味のある人、具体的なデータ分析に興味のある人、また課題解決に興味のある人と様々です。これらは、車に例えると、車の設計、運転、車を使ったサービスになりますが、理系・文系両方の要素があるわけです。本学では、自動車を使ったサービス、つまり「データを社会にどう生かすか」にトライできるところまで教えています。自分は理系なのか文系なのか悩む人には、ぜひ来ていただきたいと思います。
鹿野(京都精華) そうですね。文系や芸術の分野に進んで、それらにAIやデータサイエンスの力を掛け合わせることで、新しい産業も生まれると思います。自分の好きな道に自信を持って進んでほしいですね。
巳波(関西学院) 本学は文系学部が多いこともあり、「AI活用人材育成プログラム」の受講者は8割が文系、2割が理系。また、男女比も1対1です。AIやデータサイエンスはジェンダーや学部を問わず学べるものだということを強調したいですね。
木村恵子の編集後記
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AIやデータサイエンスは、一部の専門家が使う技術ではなく、誰もが身につけるべき素養になるということ。そして、それらを「道具」として使い、社会で役立てることに学問の意味があるということが印象的です。また、AIを使いこなし、データを読み解けるかどうかで、今後、差が出る可能性があることも実感しました。