〈PR〉
あらゆることがデジタル化され、日々大量のデータが生まれる現代社会。そのデータを活用するための教育や人材育成に力を注ぐ大学13校と、データをビジネスに活用して社会に貢献しようとする企業6社が、「AI」や「データサイエンス」の今と未来について語り合う。
取材・構成/株式会社POW-DER 座談会原稿/稲田砂知子
撮影/鈴木克典 イラスト/さかもとすみよ デザイン/スープアップデザインズ 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot.ADセクション
今回の座談会に参加した大学
なぜ今注目されているのか、どんなことを学ぶのか。
まずはこの新しい学問の全容や、これを学ぶ意義を知ることから始めたい。
座談会参加のみなさん
大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授 狩野 裕 さん
大阪工業大学
副学長
情報科学部情報メディア学科 教授
佐野 睦夫 さん
関西学院大学
副学長・情報化推進機構長・
AI活用人材育成プログラム統括・
工学部 教授
巳波 弘佳 さん
日本工業大学
情報メディア工学科 教授 先進工学部 学部長・教務部長[2022年4月
からデータサイエンス学科 教授]
辻村 泰寛 さん
福岡工業大学
福岡工業大学 学長
同短期大学部 学長
下村 輝夫 さん
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバルビジネスサービス
事業本部 タレント・トランス
フォーメーション 事業部長
石田 秀樹 さん
株式会社ローソン データ戦略部部長 向山 貴史 さん
※日本も参画している国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」は2019年、世界各国の電波望遠鏡を利用して得た観測データを解析してブラックホールを画像化したことを発表した。
片桐圭子(AERA編集長) 最近のデータサイエンスの活用例といえば、携帯電話の位置情報から人の動き「人流」を視覚化したことですね。新型コロナウイルス感染症拡大以降、よく見るようになりました。蓄積されたデータを分析して、見えなかったものを浮かび上がらせる。それがデータサイエンスの役割だと考えていいでしょうか。
狩野裕さん(大阪大学) そうですね。データを素材に、料理して、できたものを提示する。その「ストーリー」を通して、物事の本質を浮かび上がらせる方法論を指すと考えています。例えば病院でレントゲンの検査を受けると、骨など体の中が見えますよね。データサイエンスの考え方を持ち込むことによって、これまでわかっていなかったことが可視化されます。つまり、統計モデルによってランダムな誤差を取り除いたり、複雑に絡む情報を解きほぐしたりすることで、今まで見えなかったものを見せることができるのです。
佐野睦夫さん(大阪工業大学) 私はデータサイエンスを知らない人に説明するとき、「宝物を探す」学問だと伝えています。最近では、データ解析によってブラックホールの画像作成に史上初めて成功※したことが記憶に新しいです。宇宙の謎の解明に光をもたらす、まさに人類にとっての宝物が見つかりました。データサイエンスが面白いのは、新しいことを発見できるワクワクがあるからなんです。
機が熟した今社会が求める学問に
片桐(AERA) これまでもコンピューターサイエンスや情報を扱う学部や学科はありました。なぜ、今盛り上がっているのでしょうか。
巳波弘佳さん(関西学院大学) インターネットの登場により、大量のデータ、いわゆるビッグデータが容易に集まるようになりました。加えて、コンピューターの計算パワーが飛躍的に向上し、大量のデータを現実的な時間で解析できるようになったのです。AI、特に深層学習も発展しました。例えばスマートフォンの顔認証は深層学習の賜物です。これらの技術革新が相まったのがまさに今で、データを駆使して諸問題を解決しようという熱が一気に高まりました。
辻村泰寛さん(日本工業大学) 大規模AIプラットフォームはGoogleやAWS(Amazon Web Services)が世界のシェアをおさえています。日本の組織が新規参入しても、この牙城を崩すのは難しい状況です。そのことを前提にデータサイエンスやAIを必須ツールとして、どんな創造的なことができるのか。多くの企業や大学が今、全力で取り組もうとしています。
下村輝夫さん(福岡工業大学) 私がデータサイエンスの重要性を痛感したのは、審査員を務めている「ものづくり日本大賞」(経済産業省などが主催)の一環で、ある多品種・少数生産の工場を訪れたときのことです。たった1人の従業員だけで、機械を自動制御するプログラマブルロジックコントローラ(PLC)とIoT技術を駆使することでスマートファクトリーを実現し、生産性を上げていました。その場面に遭遇し、衝撃を受けました。データサイエンスはわれわれの日常の全て、世の中を大きく変える潜在的な力を持っています。
狩野(大阪) 一般の人がデータサイエンスを身近に感じられるようになったことも大きい。ネット上の購買履歴からオススメの商品を教えてくれるシステムもデータサイエンスあってのことです。私たち自身の行動もデータ化されて、データサイエンスの恩恵に預かっています。データサイエンスを使ってこうしたいなど、自分自身の周りを改善していくアイデアを思いつく可能性は誰にでもある。今後もどんどん広がりを見せていく学びだろうと思っています。
日本のデータ流通量は、デジタル化の急激な進展とともに爆発的に拡大している。2020年11月分のデータでは、ブロードバンド契約者の総ダウンロードトラヒックは約19.8Tbpsで、1年間で56.7%の増加。総アップロードのトラヒックは2,300Gbpsを超え、1年間で51.1%の伸びを見せている。
出典:総務省(2021)「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計結果(2020年11月分)」
片桐(AERA) 企業では、データサイエンスはどのような位置づけでしょうか。
石田秀樹さん(日本アイ・ビー・エム) データ活用の価値は高まる一方で、その可能性を広げ、新たな価値創造につなげることに企業全体として取り組んでいます。例えば人材マネジメントにおいては、データはこれまでなかなか生かされず、「KKD」(勘と経験と度胸)による意思決定がされてきました。それを一変させたのがデータサイエンスです。例えば、社内の人材データを集めてAIや統計解析ツールで分析して「見える化」し、社員一人ひとりに最適なキャリアを提示する取り組みを展開しています。人間に指示されるよりも、客観的なデータで示したほうが納得しやすい側面があります。
向山貴史さん(ローソン) 当社の従業員の多くはお客様に喜んでもらえる商品を生み出すことにやりがいを感じています。とはいえ、おいしい、匂いがいいなど人間の五感は主観なので、客観的な判断が難しいものでした。そこでデータサイエンスです。全国の店舗には1日1000万人以上のお客様が来店されますので、そこから得られるデータの量は莫大です。商品の何を評価していただいているのか、購買情報などのデータを集めて分析して数値化し、商品作りに生かしています。商品開発の「ワクワク」をデータで支えているというイメージです。
課題を解決するツールとして
片桐(AERA) データサイエンスは、実社会と密につながっているんですね。大学ではどんな場が提供されているのでしょうか。
下村(福岡工業) 福岡工業大学は、大分大学、オリンパス株式会社と共同で、AIを用いた内視鏡外科手術を補助するソフトウェアを開発しています。これは約230症例の手術動画から生成した約2000枚の手術画像をAIに学習させることで、熟練医が経験から覚えた「暗黙知」を解析し、手術を安全に進めるための目印を術中の画像に表示するシステムで、外科手術の均質性の向上を実現するものです。全学としては、工学系大学の強みを生かして、文系学部を含む全学部でリテラシーから専門レベルまで、データサイエンス、数理、AIに関する科目を開講しています。そしてその知識を活用すべく、近隣自治体と連携したPBL(課題解決型学習)の取り組みを増やしているところです。
佐野(大阪工業) 今年開設した本学の情報科学部データサイエンス学科は、産官、そして市民と連携して、実社会の課題に取り組みながら学ぶことを重視しています。特に市民レベルのNPOは、専門企業に頼みたくても資金的余裕がないところが多いです。そこを大学が担えるのではないかと考えています。もちろん学生だからといって中途半端な取り組みは許されないので、最後まで責任を持つPBLを実践します。学生の学びになるのはもちろん、市民のデータリテラシーを底上げすることにも貢献します。産学連携というと、学生には少し難度が高いかもしれませんが、市民と一緒に動くとなると、身近に思えるのではないでしょうか。
辻村(日本工業) キャンパスのある埼玉県宮代町と連携し、地域課題の解決に協力して取り組んでいます。その一つが高齢化で、特に男性の単身高齢者が引きこもりがちであることが問題視されています。そこで、高齢者向けのプログラミング教室を始めました。教える手法も学んでもらい、高齢者によるプログラミング講師のチームを結成しました。今はそのチームが地元の小学校でも教えています。町の全面的な協力のもと、地域活性につながっています。2022年に開設する先進工学部データサイエンス学科でも、学生自らが手を動かして実データを分析し、その結果が地域や企業の課題解決、価値創造につながる成功体験を積み重ねる実践的教育を重視します。
狩野(大阪) 本学は数学と情報科学を基盤としたデータサイエンスの理論を確実に習得して現場で生かせる力、そしてデータサイエンティスト集団におけるリーダーの育成に、60年にわたって取り組んできました。重視しているのは多分野にわたってコミュニケーションを可能にする知識と発想力を備え、分野横断型の融合研究や開発ができる能力を養うことです。多くの卒業生、修了生がデータサイエンスを生業として社会で活躍しています。
片桐(AERA) 関西学院大学と日本アイ・ビー・エムは教育面で連携しているそうですね。
巳波(関西学院) はい。両者で共同開発した「AI活用人材育成プログラム」を2019年度から全学で開講しています。AIの研究開発が最終目的ではなく、AIやデータサイエンスをどのように使いこなせば新しいビジネスにつながるのか、社会の課題解決につながるのか、これらをよりよく使いこなすための手法を学ぶカリキュラムで10科目あります。もちろん基礎から学びますが、ビジネスでの活用を強く意識した演習やPBLが多く盛り込まれています。文系・理系問わず、さまざまな背景の学生が履修し、ともにプロジェクトを行うなど、分野横断型の学びを展開しています。
石田(日本アイ・ビー・エム) このプログラムの立ち上げにあたっては、社会に出たときに本当に役立つ力とは何かをお互いに徹底的に議論しました。そもそも日本のビジネス界には、データサイエンスに関する知識・技術を有する人間が非常に少ない現実があり、データはあっても、どのように扱えばよいものか分からないため、外部のデータサイエンティストに丸投げする企業が多いんです。そのような状態を放置しておくと、自社での高度な意思決定や日常業務の判断もできない状況に陥ってしまいます。この溝をいかに埋めるか。企業としても、データやAIを社会や人々の生活に役立つものに落とし込める人に来てもらいたい。数学が苦手だからといって、データサイエンスを敬遠していた人でも、こういうことができるんだね、とワクワクしてもらえるプログラムになっていると思います。
片桐(AERA) なるほど。データサイエンスとは課題解決のツールであって、1人で黙々と取り組む学問ではないのですね。
辻村(日本工業) はい。データサイエンスの知識や技術を培っただけでは本当に使えるシステムにはならないことを実感しています。本学には特別支援学校から、肢体不自由な子どもがリハビリに使うソフトウェアを作ってほしいとの依頼も来ています。そうしたアプリケーションは多く市場に出ていますが、現場の先生たちによると、個別のニーズに合っていないので、ほとんどが使えないそうです。そこで学生は学校に出向き、利用者の状態をよく観察したり、先生方の声を聞いたりすることで、障がいを持つ方ができること、できないことを知り、それをシステムの設計に生かします。これからのデータサイエンスは相手との密なコミュニケーションのもと、「オーダーメイド」の応用が求められると考えています。
向山(ローソン) そうですね。データ活用を成功させるには、チーム力が一番の鍵だと思います。当社はグループ全体で見渡すと、エンタメのチケット販売、金融サービス、他業界とコラボした商品作りなど他業種との連携事業もたくさんあります。それらから得たデータを掛け合わせると、もっと新しい違ったビジネスが生まれたり、もっと消費者のことを理解できたりするのではと考えています。そこに関係している人も、私のいるデータ戦略部と兼務することで、組織、部署の壁を低くして、コミュニケーションの絶対量を増やしています。ものすごくいろいろなタイプの人がいるので、何か面白い「化学反応」が起きないかと期待しています。
データサイエンティスト協会の一般会員向けのアンケート結果によると、平均年収は2016年の726万円から2020年には791万円へと増加。日本の給与所得者の平均年収436万円(国税庁「令和元年分民間給与実態統計調査」)と比べ、高い傾向が見られる。
※データサイエンティスト協会「一般(個人)会員向けアンケート調査結果(2020)」より
文系・理系の枠にとらわれない
片桐(AERA) 異分野との連携や、チームで動いたりすることが特に求められるのは、ほかの理工系学問・研究にはあまり見られない特徴です。
下村(福岡工業) 答えのない課題に挑むデータサイエンスには枠にとらわれない発想が必要です。初中等教育から、STEM教育※にART(芸術)が入ったSTEAM教育、さらに歴史、倫理、文学、哲学の英語の頭文字をとったHELP教育を導入することが重要と言われています。データサイエンスを活用する人には、文理問わずこうした幅広い知と教養を備えた「知の統合の設計者」であることが求められるのではないでしょうか。各大学、そうした学生を育てることに尽力されていると思いますが、将来的にはGAFAを凌ぐような起業ができる学生を生み出したいですね。
片桐(AERA) 文系的な視点も必要とされるあたりが、文理融合の学問と言われる由縁ですね。
巳波(関西学院) そもそも文理が分けられることに疑問を覚えます。高校の数学においては文系と理系で学ぶ内容にさほどの差はなく、理系の方が微分積分を少し深く学ぶ程度の違いです。プログラミングやアルゴリズムは新しい分野で、文理の区分けで考えるのは意味がありません。大学で自分の専門をしっかり学ぶことは大事です。文学、社会学、数学など専門が縦軸だとすれば、データサイエンスとは横軸ではないでしょうか。分野を横断して語れる、共通言語になるものの一つがデータサイエンスではないかと思います。
狩野(大阪) その通りだと思います。数学を苦手にさせてしまうような教育制度にも問題があると思います。実際のところ高校まで日本の教育を受けていれば、数学の潜在的な力はついている人が多いので、「自分は文系だから数学が不得意」と思い込む必要はないのです。
片桐(AERA) 日本アイ・ビー・エムの石田さんから「いいね」(オンライン会議システムの意思表示機能)をいただきました。私もその通りだと思います。
石田(日本アイ・ビー・エム) 文系か理系の「タグ」をつけて可能性が閉じられるのはとても残念ですね。データサイエンスを応用するときは、問題を〝解く〟ことも大事ですが、問題を〝提起〟する力の方が大事かもしれません。同じ問題に向き合っても、立場が違えば、見え方が違うことはよくありますよね。多様な異才が集まることで、取り組むべき課題を設定することが可能になります。組織に同じような人ばかり集まってしまうのは日本の構造的問題ですね。
佐野(大阪工業) 私も「いいね」します。文理が明確に分けられるのは日本だけ。ダブルディグリー(大学で二つの学位を取ること)も日本では一般的ではありません。専門性を極めることが重視されてきたからですが、社会に出ると、一分野のスペシャリストではビジネスに対応できず、無力さを感じる人も多い。データサイエンスは研究開発レベルではかなり進歩していますが、社会に実装するとなるとまだまだです。小中高時代から文理にとらわれない幅広い視点で学ぶ必要があるのだろうと思っています。大学だけでなく、教育界全体が一緒になって突破口を開いていければいいですね。
片桐(AERA) 企業がデータサイエンスを学ぶ人に期待することとはどんな点ですか。
向山(ローソン) データサイエンスは歴史と伝統に縛られない新しい領域であることは間違いありません。だからこそ型にハマらないでほしいですね。イノベーションは中央ではなく、周辺や意外なところで起きやすいので、保守・本流ではないところで勝負したいという気持ちでいてほしい。企業としても、イノベーションの場となるよう努力していきたいと考えています。
石田(日本アイ・ビー・エム) データサイエンスは、〝諦めていた〟課題に対して、本当に向き合える力がありますが、企業内に蓄積されたデータを十分に生かせていない実情があります。ビジネスの世界で成果を生み出すには、知識・技術を持っていることは必要条件ですが、十分ではありません。常に「何のために」という視点を持ち続け、ツールとしての「手段」で止まるのではなく、自身なりの問題意識を持って取り組んでほしいと思います。
※Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字を取った科学的思考を育てる教育のこと
記載されている会社名は、各社の商標または登録商標です
片桐圭子の編集後記
「データサイエンスはワクワクする学問」という表現が印象的でした。これまでの大学教育とは一線を画す新しさがあります。日本はこの分野で世界に遅れをとっているという危機感と、これからは大学と社会の壁を取り払って、データサイエンスを社会に役立つ学問に育てなければという教育者たちの覚悟の表れなのだろうと思います。