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あらゆることがデジタル化され、日々大量のデータが生まれる現代社会。そのデータを活用するための教育や人材育成に力を注ぐ大学13校と、データをビジネスに活用して社会に貢献しようとする企業6社が、「AI」や「データサイエンス」の今と未来について語り合う。
取材・構成/株式会社POW-DER 座談会原稿/稲田砂知子
撮影/鈴木克典 イラスト/さかもとすみよ デザイン/スープアップデザインズ 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot.ADセクション
今回の座談会に参加した大学
どんな能力が求められているのか。社会で活躍するためのデータサイエンティスト像について語り合う。
座談会参加のみなさん
京都橘大学 工学部長 工学部情報工学科 教授 東野 輝夫 さん
神戸大学
数理・データサイエンスセンター
センター長
齋藤 政彦 さん
同志社大学
文化情報学部長
文化情報学研究科長
下嶋 篤 さん
立正大学 データサイエンス学部 教授 渡辺 美智子 さん
ダイキン工業株式会社
テクノロジー・イノベーション
センター
副センター長(IoT・AI担当)
都島 良久 さん
武田薬品工業株式会社 IT&デジタル ジャパン、ヘッド 松野 玲子 さん
片桐圭子(AERA編集長) 以前から、データサイエンスに興味を持っており、何度かAERAで関連する特集を組んできました。取材するたびに、特に日本ではこの分野の人材が少ないと耳にしました。実際、現場の実感ではどうですか。
松野玲子さん(武田薬品工業) 最近はどの会社においてもこの分野の人材のニーズの高まりを見せているようです。当社では医薬品の研究・開発から製造、販売、販売後調査に至るまで、全ての段階でデータを活用しています。デジタルでイノベーションを起こすことに努めており、例えば、日本では患者さんが医薬品を適切に使用し、希少疾患にも適切に接し、患者さんをサポートするためのプラットフォームを提供しています。
都島良久さん(ダイキン工業) 同じような状況です。ある程度データサイエンスの知識と実務経験があり、チームワークで課題を解決に導ける人材を探していますが、なかなか見つかりません。現在、「ダイキン情報技術大学」を開講し、技術系の新入社員100人は各部署配属せずに、まず2年間、ここで学んでもらっています。
データを扱う人に必要な資質とは
片桐(AERA) 人材育成は急務なんですね。こうした要請に大学はどう応えていきますか。
齋藤政彦さん(神戸大学) 文理のバランスが取れた総合大学として、情報科学を専門としない学生にもデータサイエンスの学びを提供しています。例えば2018年に立ち上げた「数理・データサイエンス標準カリキュラムコース」では、全学部の1、2年生を対象に数学・統計学や、プログラミングを習得できる科目を用意しています。このほか社会科学系学部において、応用に主眼を置いた「社会科学系データサイエンス・AIカリキュラムコース」も開講しています。自身の専門と合わせて、データサイエンスのスキルを習得できるようにしています。
東野輝夫さん(京都橘大学) AI時代の人材養成に向けて、21年に工学部、経済学部、経営学部を開設しました。工学部情報工学科ではAIやデータサイエンスなど情報工学に関する基礎知識と高度なシステム構築の技術を養う専門的な科目、経済学部、経営学部ではデータサイエンス・AIリテラシーを学ぶ科目を手厚く設けています。そしてこの3学部が分野を超えてチームを組み、PBL(課題解決型学習)に取り組みます。企業や地域と連携し、課題発見から解決・提案に至る、実社会と連動した学びで、新たな価値や社会実装に必要な幅広い視野とスキルを養います。
渡辺美智子さん(立正大学) 本学は「モラリスト×エキスパート」を育てるという人間教育を掲げており、21年に新設したデータサイエンス学部では、新しい技術であるAIやデータサイエンスのエキスパートとして、社会や経済における人間を中心にした価値創造の担い手を育成するためのカリキュラムを敷いています。ビジネスやスポーツ、観光など実社会の課題をテーマに、AIやデータサイエンスを実装する手法を無理なく学んでいきます。基礎から専門に至る科目に加え、企業や自治体などとの連携によるフィールドワークやインターンシップを充実させています。
下嶋篤さん(同志社大学) 私が学部長を務める文化情報学部は開設して15年以上が経ちます。人々の行動様式、人々が使う道具、人々の価値観、これらは全て文化であり、現在・過去・未来の文化のあり方をデータサイエンスの方法論で科学的に研究してきました。教育の方法として、学生自らがそうした探究を行ういわゆる探究志向カリキュラムを採用しており、主体的な研究の計画と遂行を通じて、高水準の論理的思考力とともに、データサイエンスの実践的な能力が身に付きます。
片桐(AERA) 文化情報学部の卒業生はどのような場で活躍しているのでしょうか。
下嶋(同志社) おもに2タイプに分かれます。一つは在学中に、データサイエンスを使って文化を探究することに注力した学生。こちらは文理融合の学びから得た応用力を生かし、自身の興味に応じて、さまざまな企業に就職しています。もう一つはデータサイエンスの方法論を探究した学生。研究を通して得た、データ解析の手法や数学、統計学の知見を深掘りするため、大学院へ進学する人や、IT系企業を中心に技術開発職に進む人が多いです。
片桐(AERA) AI・データサイエンス教育を強化している3大学では、どんな人材を育てたいと考えていますか。
東野(京都橘) 今後、経済活動から公共サービスまで、AIがビッグデータを解析し、高い付加価値を還元することを前提にした社会へとますます進展すると考えます。まずは特に統計的な問題に対する理解を深めて、プログラミングなど地に足のついた技術を習得し、そして社会の現場のどこにAIの仕組みを持ち込めばいいのか、見通す力をつけること。社会の課題とAIの技術をマッチングできる人を育てたいと思っています。
齋藤(神戸) まず自分自身が在籍する学部学科で深い専門性を身に付けたうえで、データサイエンスやAIを応用できること。それが課題の解決や新しい価値創造につながります。また、その時に欠かせない、異分野の人たちとのコミュニケーション力も養ってほしい。データサイエンスは学問としてはまだ確立されていません。枠にはまらず、いろいろな可能性に挑戦できる人になってほしいです。
渡辺(立正) Googleのトップデータサイエンティストは、データサイエンスの最も重要な要素は「データでストーリーテリング」することだと言っています。データサイエンスというと、数学やプログラミングの技術だけが取り上げられがちですが、この新しい技術で社会の課題を解決するためには、まず「課題に共感し、社会をデータでデザインする力」を養わなければならないと考えています。
人材育成は日本全体の課題
片桐(AERA) どのような人が即戦力となるのでしょうか。
都島(ダイキン工業) データサイエンスに関してのベースの知識、技術はもちろん必要です。それに加え、渡辺さんのお話にあった「ストーリーテリング」はまさにそうで、データの意味をきちんと捉えて技術的課題を整理し、それを愚直に複数案、提案できる、そうした課題解決力があることです。学生がビジネスを知らないのは当たり前ですが、データサイエンスを活用するならその企業で何ができるか、出口のイメージを最初から持っていてほしいです。そのためにも大学では課題発見からのPBLなどの積み重ねが大事ではないかと思います。
松野(武田薬品工業) データサイエンスを社会でどう使うのか、実践力を養うことが重要なのは、まさにその通りだと思います。それに加え、もう少し強化されるといいと思うのは、データ解析やプログラミングなど、実際に手を動かしてすぐに使えるスキルです。海外では大学での勉強に加え、インターンなどで入社前に実務経験を積んでくることが多いですが、日本では就職後にしっかりとトレーニングすることがまず基本となっているところに違いがあると感じます。もう一つは、英語を含めたコミュニケーションのスキルです。当社はグローバルな研究開発型のバイオ医薬品企業ということもあり、いろいろな方との連携を通して課題認識とデータ活用を進めていくことが重要です。
日本国内の一般企業(従業員30名以上)に向けたアンケートによると、国内企業の約3割にデータサイエンティストが在籍している。情報通信業では59%と活用が先行しているが、建設業では11%と差が大きい。また1人以上データサイエンティストが在籍し、1年間でさらに増員した企業は49%と注目度の高さがわかる。
片桐(AERA) 教育現場では、人材育成をどう思われますか?
齋藤(神戸) 私はある講演会でヤフーCSOの安宅和人さんが「日本の学生は世界では当たり前のデータサイエンスの能力がついていないまま就職している」と指摘されたことにショックを受け、大学の教育者として反省しました。他国ではデータサイエンスの手法が新しい価値を創造し、社会の発展につながっています。日本でも学生たちに機会を与えなくてはならない。その思いが数理・データサイエンス・AI教育を推進する力につながっています。
渡辺(立正) アメリカでは1992年に労働省のレポートで21世紀に向けた教育改革が提唱され、データによる問題解決の実践的な教育が幼稚園から大学、社会人まで繰り返し行われ、その能力の評価方法も確立してきました。日本は2019年に、政府のAI戦略として、卒業時までに年間100万人の高校生および文理を問わず年間50万人の大学生・高専生がデータサイエンスの基礎を学ぶという方針を立てました。約30年の遅れがありますが、この教育改革を成功させなければなりません。
東野(京都橘) 確かに日本はこれまでIT教育に力を入れてこなかったため、就職先でプログラミングを学んで、それから業務に対応している人が多いのが現状です。データサイエンス・AIのスペシャリストと、スペシャリストの言葉を理解し、社会の課題とを結びつけ、協働しながら課題解決に向かえる人の両者を育成する仕組みが大学では必要です。
あらゆる人を巻き込んでいく
片桐(AERA) この分野には女性が極めて少ない印象があります。今回の座談会も大学側の女性は渡辺さんだけです。
渡辺(立正) 私は学生時代、数学オタクでしたが、文系や医療系の学科で統計手法の活用を教える中で、データが持つ文脈を通して社会をみる面白さがわかってきました。データサイエンスは社会実装して価値を創出するまでを扱う、実践フィールドと強く結びついた領域なので、生活者の視点が特に重要です。あらゆる属性の人が関わり経験価値を共有し、社会をデザインしていく必要があるので、データサイエンティストこそ、女性が活躍できる職業であると女子学生には知ってもらいたいです。
齋藤(神戸) データサイエンスの科目における女子学生の履修率は確かに低いです。その理由の一つに数学への苦手意識があるようです。女性に限りませんが、大学受験で勉強させられ、合否に使われることがそれを助長するのかもしれません。数学も自分のためになる科目だということを強調し、前向きに取り組める教育を実現したいです。
東野(京都橘) データサイエンスの世界にも、意識的に女性を参画させようとする働きが必要でしょう。コロナ禍もあり、情報系の仕事は世界的に見てもテレワークがいち早く進んでいます。女性だけでなく、誰もが働きやすい職種ではないでしょうか。そうした認知を高めていく必要がありますね。
下嶋(同志社) 『文系と理系はなぜ分かれたのか』※という本で、著者は、多くの大人が、無意識の内に、男の子は理系、女の子は文系という思い込みや価値観を持って、子どもや生徒に接している側面があると述べています。教育に関わる人々一人ひとりがこの「負の文化」に気づき、一人ひとりが態度を改めることから始めなければなりません。
※『文系と理系はなぜ分かれたのか』(隠岐 さや香・著/星海社)
2016年の9%から2020年には11%と微増傾向だが、まだまだ女性の割合が極端に低いのが現状。特にマーケタータイプのデータサイエンティストが求められており、女性人材を増やしていくことが求められている。※データサイエンティスト協会 調査・研究委員会「2016年〜2020年一般(個人)会員アンケート」より
片桐(AERA) 企業ではどうでしょうか。
都島(ダイキン工業) 当社も女性が少ないため、女性技術者や女性リーダーの育成を全社で推進しています。ダイキン情報技術大学に入る新入社員は、女性も多いです。もう一つの専門性を磨きたいと考える人が多く、またIT業務はテレワークがしやすいので柔軟な働き方ができ、産休・育休中もインターネットで勉強しやすいことが理由だと思います。
松野(武田薬品工業) 当社は世界中の事業所を含めますと、全従業員の52%、管理職の40%が女性です。しかし、日本に限ると15%となっています。そのため女性管理職を増やす取り組みにはかなり力を入れています。女性の育児休業取得率は100%であり、フレックスや在宅制度の充実、湘南の託児所、MRの社用車での子どものお迎えを可能にする制度などがあります。医薬品を必要とする患者さんは個々に異なっており、患者さんの多様性と同じように女性やさまざまな背景を持つ人材の視点が重要だと思います。
片桐(AERA) いろいろな資質を持つ多様なデータサイエンティストがたくさん生まれることで、日本社会はきっと変わることができますね。
下嶋(同志社) データサイエンスを学ぶことの一番の利点は、それを社会課題の解決の手段にできることです。「データサイエンスによって○○がしたい」、学生には大学時代にこの「○○」をつかんでほしい。それも、何か世の中にとって良いことをしたいという思いに基づくものであってほしい。目標に納得したときの若者のエネルギーはものすごく高いので、文化やデータサイエンスを学ぶ上での障壁も越えていけるに違いありません。
記載されている会社名は、各社の商標または登録商標です
片桐圭子の編集後記
女性を含め、多様な人が集まった属性でないとイノベーションは起きない。データサイエンスでもそれは当てはまります。大学と企業両者が真剣にデータサイエンスについて考え、ともに動いています。この分野で日本は後塵を拝していますが、追いつくスピードが今、加速しているのではないかと期待がふくらみます。