日進月歩の勢いで発展しつづけるAI・データサイエンス。生成AIなど新しい技術も普及し、
活用の範囲は広がりを見せる。AI・データサイエンスの今と未来、社会で求められる資質とは。そして、そのために必要な教育とは。
座談会参加者に聞いた!AI・データサイエンスの活用に欠かせないアイテムは?
大阪大学
大学院基礎工学研究科 教授
狩野 裕 さん
学習院大学
計算機センター 教授
データサイエンス副専攻
オーガナイザー
申 吉浩 さん
AIの言うがままになってしまう
滋賀大学
データサイエンス学部長 教授
椎名 洋 さん
理解しようとする態度
名城大学
情報工学部長 教授
佐川 雄二 さん
セコム株式会社
IS研究所 企画グループリーダー
高田 直幸 さん
日本気象株式会社
ICTソリューション部 副部長
佐藤 伸亮 さん
みました。自分でも試してみます)
AERA編集長
木村 恵子
学べば学ぶほど面白い
新しい時代の「必須ツール」
木村恵子(AERA編集長) AI・データサイエンスは次々と新しい話題が登場する注目の分野で、本誌2023年7月10日号でも『「生成AI」で大学は進化する』という巻頭特集を組みました。この新しい道具を使いこなし、学びや社会に変化を起こさなければいけないという現場のみなさんの思いを感じています。
狩野 裕さん(大阪大学) そうですね。私はこの春、裁判でデータサイエンスが活用される現場に立ち会いました。証拠となるデータをどう取得し、それをどうデータサイエンスの手法で解析するか、サポートにも入りました。諸外国では裁判でのデータ活用はすでに一般的に行われていますが、日本はまだ少ないようです。将来的にはこういう仕事もだんだん増えてくる予感がしました。
椎名 洋さん(滋賀大学) 最近の車は、走行中の記録がクラウド上に蓄積されるテレマティクス※1が採用されています。最近、本学の院生が、どんな状況で加速したか、どこで急ブレーキをかけたかなどの細かなデータをもとに分析を行いました。その結果、運転には⼀⼈ひとりの個性が、かなり強く出ることが判明しました。今後もいろいろな物にインターネットがつながり、データが取れるようになるので、ますます面白い分析ができますね。
※1 電気通信(Telecommunication)と情報学(Informatics)を組み合わせた造語。車など移動するものに通信システムを搭載してインターネットに接続し、情報を集約してサービスを提供すること。
申 吉浩さん(学習院大学) 現在AI・データサイエンスは、ビッグデータを活用するサービスで本領を発揮していると思います。ビッグデータとは「集める」情報ではなくて「集まる」情報なんですね。私は最近、ロボット掃除機もビッグデータを機械学習※2していることに、CMを見て気づきました。私が機械学習の研究を始めたころは、人工知能と説明しても「それはなんですか?」と言われてしまうことが多かったのですが(笑)。
※2 AIがデータを分析するための方法の一つ。コンピューターなどの機械が自動的にデータを分析(学習)し、規則や法則を見いだすこと。
佐川雄二さん(名城大学) トマトの加工食品メーカーでは、AIを使ってトマトの収穫量を予測しています。情報源は農場の日誌です。そこには気温や気象、使った肥料などのデータ、農家の人が気づいたことを綴った文章が記録されています。AI・データサイエンスが様々な領域に使われていく時は、現場とデータサイエンティスト※3の協力が必要不可欠。AI・データサイエンスとは、両者を近づける学問でもあると実感しました。
※3 2012年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で「21世紀の最も魅力的な職業」と表現され、注目を浴びた。多様なデータを収集・分析し、活用方法や課題の解決手段などを提案する仕事。
木村(AERA) 企業では、AI・データサイエンスをどのように活用していますか。
高田直幸さん(セコム株式会社) 当社ではAIという言葉が今ほど一般的ではなかった90年代から、画像解析技術を活用した警備サービスを提供してきました。現在は、人手が不足する時代のセキュリティーニーズにお応えすべく、AIを導入したバーチャル警備システム※4やセキュリティーロボットを提供している他、離れたご家族の見守りにAIを活用するサービスを提供しています。バーチャル警備システムでは、お子さんには等身大キャラクターが腰をかがめて対応するなど、温かみのあるインターフェースの実現にもAIを活用しています。
※4 モニターに表示された等身大のバーチャルキャラクターが警備・受け付け業務を担当するセコム株式会社のシステム。
佐藤伸亮さん(日本気象株式会社) 以前は、気象データを要望されるお客様の目的のほとんどは、自社のホームページなどに天気予報を載せるためでした。しかし近年、「機械学習に使用するために気象データがほしい」というご要望が非常に増えました。例えば商店であれば、来客数、販売数などは気象の影響を受けますので、そのデータ分析で関連性がわかれば、生産や販売の計画に役立てられます。当社でもそうした顧客のお手伝いができるよう、体制を整えているところです。
勤める企業・組織にデータサイエンスの専門組織があると答えたデータサイエンティストは、「金融・保険」が約7割と最も多く、続く「製造」「学術研究・専門技術」「IT・通信」「卸売・小売」が4割を超えた。
データサイエンティスト協会「データサイエンティストの就労意識」(2023年3月20日公開)からグラフ・文章を作成 調査期間:2022年11月9 ~ 29日
世界を驚嘆させた生成
AIいかに応用していくかがカギ
人の意識を大きく変えたChatGPT
木村(AERA) AI・データサイエンスは特別なものではなくなってきているのですね。そんな中、今年は生成AI※5のChatGPT※6が急激に世間に認知されました。先生方はどう受け止めましたか。
※5 データ分析(学習)した内容をもとに、指示に合ったテキストや画像などを生成するAI。
※6 人間同士のように自然なテキスト会話を実現するチャットボット。
佐川(名城) これまで「AI」「データサイエンス」という言葉を聞いても素通りしていた人たちの関心を一気に集めましたね。理由は様々だと思いますが、そのわかりやすさが大きいのではないでしょうか。技術の水準を引き上げるのと同様に、裾野を広げたことへの貢献は大きいです。我々が想像もしないような応用が今後されていくと思います。
狩野(大阪) そうですね。人の要求に応じてデータベースから有益な情報を素早く取り出し、かつ、それを自然な文章で表現して本当にコミュニケーションしているような気分にさせること。この二つが、大きなインパクトを生みました。ただ、私はあまのじゃくなので、これほど親切に対応されると「こんなに聞いたら申し訳ないな」と、ChatGPTに遠慮してしまうんですが(笑)。
椎名(滋賀) 我々人間にとって、知性の最たる能力が言葉を話すことだと思います。それを自由に操るように見えるChatGPTの登場には大きな衝撃を受けました。人間が言葉を組み立てる仕組みと、AIの違いは何だろう。それは言葉に気持ちや情熱がこもっているかどうかの差だけかもしれない。話すという行為について改めて考えさせられました。
申(学習院) 最近ChatGPTを使って論文を書いてみました。その能力の高さに驚きつつも、椎名先生と同じようなことを感じました。想像した以上に、上手に既知の事実を組み合わせて論文らしくまとめてくれます。よい意味で言えば、本当に革新的な発見以外はAIが肩代わりしてくれるのかもしれない、と期待する一方で、人間が知的活動と呼んでいたものの正体が意外な形で明かされるのではないかという恐れもいだきます。今後を非常に興味深く見ています。
木村(AERA) 授業や研究でChatGPTを使っていますか。
椎名(滋賀) 私の所属はデータサイエンス学部なので、プログラミングの授業では使いたくなるのが自然です。例えば、エラーコード※7を入力すると、ChatGPTがどこを直せばいいかを教えてくれます。ChatGPTをカスタマイズすることは、これから大事な仕事になりますので、ガンガン使い倒しなさいというスタンスです。
※7 アプリケーションやOSなどの使用時に、プログラミングしたコードに何らかのエラーが発生すると表示される文字列のこと。
佐川(名城) AIの専門的な授業の一環として、ChatGPTでレポートを書かせて、その真偽を添削することが行われています。みなさんご存じのように、ChatGPTは「間違った回答をする」こともあります。ここまでAIやデータサイエンスが日常に入りこんでくると必要なのは、クリティカルシンキング※8、つまり客観的な視点で論理的にものを考える力だと思います。これを徹底的に訓練する必要がありますね。
※8 批判的思考。物事を批判的に捉え、判断する力。
狩野(大阪) そうですね。きちっと峻別する能力がないと、振り回されるだけになります。ChatGPTをうまく使っていくためには、物事を批判的に見る勉強の仕方が必要になると思います。
木村(AERA) 企業ではChat GPTを使っていますか。
高田(セコム) 例えば、お客様からのお問い合わせには業務の改善に重要なヒントが含まれますが、プライベートな情報が含まれる場合があり、多数の人を介して分析することが難しい領域でした。しかし、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル※9の技術は、プライバシーに配慮しつつ、必要な情報のみを分析する応用も期待できると思っています。
※9 言語モデルとは、言語の中で特定の単語が登場する確率を示したもの。文章生成AIではこれをもとにテキストが構成される。大規模言語モデルは、言語モデルよりも多くのデータと複雑な計算式によって構築され、高度な文章生成を実現した。
佐藤(日本気象) 当社でもプログラミングで使っています。プログラミングの際にサンプルコード※10をネットで探して参考にすることがありますが、ChatGPTを使えばその手間が大きく省けるため、初心者でも短時間でプログラムを作成できます。とはいえ、その後の保守のためには、そのプログラム言語に精通することも引き続き重要です。
※10 見本として書かれたコード。
業務に生成AIを使用・トライアル・検討中の企業を合計すると、業界別では「IT・通信」が最も多い。また、「業務で使用中」のみでは、「その他サービス」「製造業」「金融・保険」が多かった。
NRI「AIの導入に関するアンケート調査」(2023年6月13日公開)からグラフ・文章を作成
調査期間:2023年5月22〜23日
あらゆる分野に応用
どう付き合っていく?
木村(AERA) AI・データサイエンスは今後、どのように広がっていくのでしょうか。
狩野(大阪) 今後は小中高も含めて、必要な知識としてデータの見方を学んでいきます。 Chat GPTのように新しく出てくる技術に対する対応の仕方も、リテラシーを学ぶことで、上手に扱えるようになるかもしれません。一方、大学のような研究機関では、研究開発の一部を担う重要な技術の一つとして、今後も使われていくでしょう。
申(学習院) 目に見える使われ方としては、例えば人間の仕事を代替するAIがそうですね。一方、目に見えないところで活用される特化型AI※11が確実に増え、人は当たり前のように受け入れるようになるでしょう。ただ、犯罪に使われるなど負の側面があることも否めないです。もしかしたらAIには一定の制御が必要なのかもしれません。
※11 特定の分野に限定した役割に特化したAI。現在、社会で実用化されている全てのAIは、特化型にあたる。
佐川(名城) ありとあらゆる領域に使われていくのは間違いなく、大事なのはどう扱われるかでしょう。分析結果の全てが正しいとは限らないので、AI・データサイエンスを「神」とせず、人間が「上役」、場合によっては対等な立場で「仲間」として付き合い、議論しながら進めるイメージでしょうか。
椎名(滋賀) エクセルやワードのように、道具として広まっていくと思います。データサイエンスに関するリテラシーが共通言語になってきた時、データを元にみんなが意思決定や議論をする文化がもう少し根付いてほしいですね。
木村(AERA) 企業では、AI・データサイエンスを活用する人材に必要な資質は何だと考えますか。
佐藤(日本気象) まずはAI・データサイエンスは何が得意で、何が苦手かについての知識があるといいですね。そのため実際に、AIやデータサイエンスを使って何らかの問題を解決した経験がある人も歓迎です。また、専門用語に頼らずにわかりやすく説明できる力が今の段階では求められています。
高田(セコム) 佐川先生のお話にもありましたが、AIに批判的な視点を持ちつつ、適所に活用していく柔軟なスキルがあるといいですね。そして、活用する対象の業務に関する理解があることが重要です。この意味で、分野の違う関係者と積極的にコミュニケーションを取る姿勢が、非常に大切な資質ではないでしょうか。
データから得る新しい気づき
人を幸せにする原動力に
大学教育で養われる応用力、実践力
木村(AERA) 技術だけではなく、総合的な人間力も必要ですね。大学ではどのような教育に取り組んでいるのでしょうか。
椎名(滋賀) 基本的な知識として統計学や情報学はしっかり勉強しながら、同時に「PBL演習」※12に取り組み、いわゆる価値創造の訓練をします。平たく言えば、AI・データサイエンスを使って、人を幸せにする社会づくりの担い手を育てるということです。先ほどからお話に出ているように、現場の人とどうコミュニケーションを取れるか。実践的なトレーニングを教育に取り入れています。
佐川(名城) 今後、AIとの付き合い方は、AIをチームメンバーの一人として迎えるという感じになるのかなと思います。そのチームにはAIやデータサイエンス、実務それぞれの専門家がいて、全員が協力しながら、課題解決に向けた役割を担っていきます。そういう意味で言うと、全学生が将来、何らかの形でAI・データサイエンスに関わっていく可能性があります。そこで、本学では「データサイエンス・AI入門」※13を全学生に向け開講し、リテラシーを高めています。
狩野(大阪) 大学院生対象に副プログラム「データ科学」※14を導入しています。この学びで注力しているのは、その現象に対する理解を深め、相手の立場に立ったサービス精神を育てること。学生には試験で点数を取れる理解と、相手とコミュニケーションを取れるそれは違うことをわかってもらいます。よく「両親に自分の研究の内容を説明できるか?」と聞くんですよ。実務はもっとハードで、現場の人はたやすく我々と打ち解けてくれません。どう人間関係を築いていくか。そこをトレーニングしてほしいと思っています。
※14 大学院等高度副プログラム「データ科学」[大阪]
「統計数理」「機械学習」「医学統計学」「保健医療統計学」「人文社会統計学」「経済経営統計学」「ビッグデータ&データサイエンティスト」の7コースからなるプログラム。授業では社会科学系、理工系など異なる専門分野を持つ学生たちがともに学ぶ。
申(学習院) 学部を問わず履修可能な「データサイエンス副専攻」※15制度を設けました。AI・データサイエンス業務への人材の需要に比べると数学が得意な学生は非常に少ないというのが私の実感です。数学は「言葉」なので、アニメーションなど、よりわかりやすい別の言葉に換えて本質が理解できるような教材の開発に力を注ぎました。アルゴリズムがたくさんある中で、どの手法が適しているか、その感覚を養うことをプログラムの目標にしています。
AI・データサイエンスは理系の学問?
木村(AERA) 各大学の取り組みを聞きますと、文理の垣根が取り払われ、AI・データサイエンスは誰もが手にするべき知識とスキルだと実感します。
狩野(大阪) しかし現状では、AI・データサイエンスはまだ数学の学問だと思われがちです。実はデータサイエンスで力を発揮できる人かもしれないのに、数学に苦手意識があるばかりに距離を置いてしまうことが往々にしてあるようです。非常に大きな損失ですね。
申(学習院) 入試の段階では、みなさん、数学ができるんですよね。データサイエンスは理系だけのものではありません。だからこそ、文理を問わず、専門分野にデータサイエンスの素養をプラスするという、広い視野をもって挑戦してほしいですね。
椎名(滋賀) 本学のデータサイエンス学部ですと3割くらいが文系出身者ですが、入学して1年頑張れば、理系出身者に追いつけます。ユーザーに徹するなら、今「ノーコード」などと言われているような気軽に機械学習をするソフトが出ていますので、コードを書く力は必要ないかもしれません。どういうデータサイエンティストを目指すかによって、学び方は違うと思います。
佐川(名城) そうですね。長い人生の中で、数学が必要になった時に嫌悪感なく取り組めるベースの力を大学卒業までに養えるといいのではと思います。
狩野(大阪) それには小学校から、数学は世の中にどんなふうに役に立つのか、という視点で学ぶ教育に変えていく必要があるでしょうね。
佐川(名城) 加えて、問題解決に必要となるのは関連がないように見える知識や情報をいかに組み合わせられるか。文理問わず、幅広い教養も身につけてほしいです。
木村(AERA) 実際の業務では、どのくらいの数学の知識や技術があることが求められるでしょうか。
高田(セコム) 研究者には数学の知識が必要になると思いますが、実際の業務では分野をまたいだ協力が不可欠です。各自の専門性を生かすことが重要だと思います。さらに、AIには得手不得手がある、といった基本的な性質について共通理解があると望ましいですね。
佐藤(日本気象) そうですね。データサイエンティストに限らず、理系か文系かで担当を決めることはないですね。従来、文系の仕事と位置づけられていた営業や販売の仕事でも、データを使って予測や分析を行いますし、あらゆる分野の仕事にデータサイエンスは取り入れられています。ユーザーとしての業務ならリテラシーレベルの知識や技術も十分役立つはずです。
文系・理系を問わず誰もが面白さを感じられる
木村(AERA) これまでのお話について、企業のお二人はどのような感想を持ちましたか。
高田(セコム) AIの隆盛に左右されず、大学で研究が継続されてきたことが、今のブームを支えていると思います。また、AI活用には技術だけでなくELSI※16の考慮も必要であり、大学での学際的な研究を期待したいです。
※16 「Ethical, Legal and Social Issues(=倫理的・法的・社会的課題)」の略称で、エルシーと読む。
佐藤(日本気象) AI・データサイエンスとは「人間臭い学問」だと改めて思わされました。これからどんな分野であっても、その知識や技術は、あればあるほど武器になるのは間違いないと思いますので、ぜひ社会で生かしてほしいです。
木村(AERA) 改めて、AI・データサイエンスを学ぶことの楽しさ、魅力を教えてください。
申(学習院) データから新しい気づきを得られることです。アメリカのあるスーパーマーケットの購買分析で導かれた結果に「おむつを買う人はビールを買う」という有名な事例があります。人間では思いつかないような組み合わせをデータから見つけ出すことができるのは、とても面白いですよね。
椎名(滋賀) 数理的な分野が得意な人、プログラムをガンガン書きたい人、面白いサービスを生み出したい人……。文系・理系を問わず、誰もがどこかに面白さを感じられる学問だと思います。
木村恵子の編集後記
生成AI・ChatGPTが、教育現場へも大きな影響を与えていることがわかりました。新しい必須ツールをどう使っていくかをみなさん真剣に考えられていました。一方、実際の業務で他分野の人たちと協力して課題解決を目指すためには総合力が必要であること。大学教育でもそこをどう養うかがカギなのだと実感しました。