進歩する技術に対する人間の今後の役割、高校生が関心のある未解決の問題に対して、
この分野はどう貢献していけるのか。世界と自分の日常を変えるツール、AI・データサイエンスのチカラとは。
座談会参加者に聞いた!AI・データサイエンスの活用に欠かせないアイテムは?
北里大学
未来工学部長
岡 浩太郎 さん
京都橘大学
工学部 情報工学科 教授
大場 みち子 さん
新しいツールが登場したら、まずは使ってみる!
同志社大学
文化情報学部長
阪田 真己子 さん
娘との会話
麗澤大学
副学長(研究担当)
工学部長 教授
柴崎 亮介 さん
③ いろいろな人に楽しく相談する
京セラ株式会社
執行役員
デジタルビジネス推進本部長
土器手 亘 さん
いろいろな発想や構想が出てくる時間
株式会社
サイバーエージェント
AI事業本部 AI Lab 主席研究員
山口 光太 さん
良い質問を考える力、質問力
AERA編集長
木村 恵子
いつの時代にも求められるのは問いを立て、思考する力
木村恵子(AERA編集長) パート1では、AI・データサイエンスの活用が進む現状について話し合いました。ChatGPT※1をはじめ技術が加速度的に進化する中で、人間はその技術をどう扱っていけばいいのか、考えさせられます。
※1 人間同士のように自然なテキスト会話を実現するチャットボット。
岡 浩太郎さん(北里大学) 研究の世界でも仮説を立てるのはAI、実験をするのはロボットという時代が来て、科学の根幹を揺るがすかもしれないと思うこともあります。「AIに仕事を奪われるのではないか」と心配する学生もいます。
木村(AERA) 企業では実際、どうですか?
土器手 亘さん(京セラ株式会社) 先日、社内教育に関するアンケート2千件ほどをChatGPTで読み込み、10項目に要約しました。人手だと半日かかるところ、1時間ぐらいでできました。同じ仕事をする中でも、AIを使える人と使えない人の差が出てくると実感しました。
柴崎亮介さん(麗澤大学) Chat GPTでプログラムも書けるので、場合によってはプログラミングの仕事が少なくなるかもしれません。
阪田真己子さん(同志社大学) 一つの職種には、様々な業務があります。「奪われる」のではなく、業務の一部をAIが「肩代わり」してくれて、自分の時間が増えるとプラスに捉えればいいのではないでしょうか。
山口光太さん(サイバーエージェント) そもそも、一つの仕事に固執する必要はないのではないでしょうか。技術も環境もどんどん変化します。当社を例に取りますと、創立から20年余りの中で、何度か危機的状況がありました。しかし、新しい事業などに挑戦することで、難局を乗り越えてきました。変化に対応しながら、学び続ける姿勢を持つことが大事だと思います。
木村(AERA) では、これからのデータサイエンティスト※2にはどんな力が求められると考えますか。
※2 2012年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で「21世紀の最も魅力的な職業」と表現され、注目を浴びた。多様なデータを収集・分析し、活用方法や課題の解決手段などを提案する仕事。
山口(サイバーエージェント) 世の中の事象をモデリング※3するというのが基本の業務です。統計学などの学問を正しく理解して活用できる能力は、基本的なスキルとして必要ですし、業務の中でそれを扱うためには、携わっているビジネスに関する深い理解が求められます。どんなに新しい技術が登場しても、この2点が重要な資質だということに変わりはありません。
※3 物事の特徴や、複数のものの共通点を抽出し、簡略化してわかりやすく示すこと。
土器手(京セラ) そうですね。人間がやらなくてはいけないことは本質的に変わっていないんです。課題は何で、その本質はどこにあるのかを見極め、なぜこの結果が出たのかを分析できること、そして、それを周りに伝えられること。つまり論理的な思考力や判断力、コミュニケーション力がいつの時代にも求められると考えます。
ビジネスパーソンのAI(人工知能)へのイメージは、上位2項目はポジティブなものだったが、「人間の仕事を奪う」が、「新しい仕事が創出される」をわずかに上回り、3位となった。多くはAIを便利なものと思いつつも、危機感を持っている人も少なくない。
NRI「AIの導入に関するアンケート調査」(2023年6月13日公開)からグラフ・文章を作成
調査期間:2023年5月22〜23日
自分で考える力や幅広い教養が大切
木村(AERA) 教育に携わる先生方はどう考えますか。
阪田(同志社) ChatGPTでデータ分析すら可能な時代です。私もこれからのデータサイエンティストに求められるのは、「問いを立てる力」だと考えています。解くべき価値のある課題が何であるかを見極め、適切にデータを取得・分析し、その結果から新たな知見を生み出し、世に発信する、という一連の作業で常に求められる力です。
大場みち子さん(京都橘大学) 問いを立てることと同じくらい重要なのは、情報をどう解釈すべきか、考える力です。AIが出した結果もまずは疑ってみること。つまりクリティカルシンキン
グ※4です。多角的な視点で物事を考えるためには、基盤となる豊かな知識を蓄えることを忘れてはなりません。
※4 批判的思考。物事を批判的に捉え、判断する力。
柴崎(麗澤) データサイエンティストは「課題解決してなんぼ」だと思うのです。学生時代は自分一人の力が評価の対象であり、自分がベストを尽くせばいいと思いがちです。しかし、社会に出れば、ベストの結果は関わる人全ての力を発揮して作り出すものになります。チーム体制で発揮できる力をつけてほしいです。
岡 (北里) その上で、教養を身につけることも重要だと思っています。例えば日本の古典に親しむことは、言葉の素養を育てますので、大規模言語モデル※5のような新技術のヒントになるかもしれません。あとは好奇心いっぱいでいてほしいです。AIやデータサイエンスには無限の可能性があり、楽しくて仕方ない学問だと思うからです。
※5 言語モデルとは、言語の中で特定の単語が登場する確率を示したもの。文章生成AIではこれをもとにテキストが構成される。大規模言語モデルは、言語モデルよりも多くのデータと複雑な計算式によって構築され、高度な文章生成を実現した。
木村(AERA) AI・データサイエンスは、女性も活躍できる分野であるように思えますが、いかがですか。
土器手(京セラ) データの取得は製造現場で行いますが、データ分析はクラウド上でできますので、在宅と通勤、半々くらいで仕事をしています。男性・女性を問わず、働きやすくなりました。
大場(京都橘) リモートワークが浸透していますので、ライフスタイルにあった多様な働き方が実現しやすいと思います。効率という面では、AIを使いこなせるかどうかが大きなカギ。AIを活用して、いかに創造的な仕事へ向き合う時間を生み出せるかが重要になります。
岡(北里) 相手の立場に立つことが大切な仕事なので、性別や人種にこだわらない、様々な感性や視点が必要です。多様な人に集まってほしいです。
これからどう学ぶか。多彩なプログラム
木村(AERA) 大学ではそんな未来の人材育成のためにどのような教育を実践していますか。
阪田(同志社) 本学では全学生を対象に「同志社データサイエンス・AI教育プログラム※6」を開設しました。また、05年設立の文化情報学部は文理融合型データサイエンス教育を実践してきた先駆けとして学生の思考力を伸長させる探究型学習に注力してきました。
柴崎(麗澤) 本学は、2024年に工学部※7を新設します。AI・データサイエンスを使いこなすための教育はもちろん、人や社会への共感を起点とした「デザイン思考※8」による解決ができるよう、カリキュラムを組んでいます。
※8 デザイナーやクリエイターの思考プロセス。ユーザーへの共感、問題定義、アイデア創出、試作、テストの5段階で検討していく。
大場(京都橘) 「異なる学部の融合」「大学と産業界の融合」を軸に展開しています。経済、経営、工学の学生が交ざり合ったチームで企業や行政の課題に挑む「クロスオーバー型課題解決プロジェクト※9」では、経営計画やアプリ開発の提案など知識やスキルを高め合いながら幅広い視野をもって他者と協働する力を育んでいます。
※9 クロスオーバー型課題解決プロジェクト[京都橘]
工学部、経済学部、経営学部の学生が、ディスカッションしながら課題に取り組むPBL型科目。工学部の「技術」の視点に、経済学部や経営学部の「社会・経済」の視点が加わり、社会でのIT活用方法の議論が立体的に深まっていく。企業と連携し実社会の課題に取り組むことでより実践的な内容としている。
岡(北里) 未来工学部データサイエンス学科※10では、単なる「データ使い」にならないよう、「アップデートヒューマン」と呼んでいますが、「自分自身を更新し」、そして「世界をどう変えられるか」を追求する、課題解決に取り組む人を育てていきたいと考えています。
データサイエンティストへの調査で、ビジネス力(課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力)で自分が得意だと考えているスキルは、「データ理解」がもっとも多く、「論理的思考」「課題の定義」が続いた。
データサイエンティスト協会「データサイエンティストの就労意識」(2023年3月20日公開)からグラフ・文章を作成 調査期間:2022年11月9 ~ 29日
平和で平等、持続的な社会の実現にどう貢献するか
AI・データサイエンス
未来の可能性とは
木村(AERA) 今回、「AERAサポーター高校※11」の生徒にアンケートを実施し、今、一番関心の高い社会の未解決問題と、自分の身の回りの困っていることについて聞きました。1857人の回答をもとに、今後、AIやデータサイエンスを課題解決にどのように活用していけるのか、話し合いたいと思います。まず社会の未解決分野について、関心を集めた上位三つは「政治」「人権」「環境」でした。1位が「政治」になったのは、ウクライナとロシアの問題に思い悩む高校生が多いようです。
※11 「AERA」とともに様々な企画に取り組む高校。今年で2年目を迎え、現在は全国から約70校が加盟。 また、続々と加盟中。
柴崎(麗澤) AIやデータサイエンスはデータに基づいて最も望ましい結果が得られる行動を選び出すことは得意です。そのため戦争で相手に大きな損害を与えるための作戦を考えるのはお手のものでしょう。しかし、それは相手も同じことです。人を殺傷し、被害を拡大させる使い方はしたくありません。どのような条件で停戦できるか、平和的解決の方法をデータ分析で探ることができるはずです。
大場(京都橘) 例えば、ウクライナ問題についてChatGPTに「戦争を解決するには?」とだけ質問するのと「ハイブリッド戦争」をキーワードとして入れるのとでは、回答内容は異なります。後者はサイバー攻撃やフェイクニュースに関する注意点など新たな視点が追加されます。データ分析やAIで質の良い分析結果を得るためには、問いを上手に組み立てることが重要です。そのためにも、広い視野と深い教養が大切ですね。
岡(北里) 生成AI※12などを使うにしても、自分なりの視点を持つことが必要ですね。AIは合理的な視点で解を出すと思いますが、何を正解とするかは、質問者の立ち位置によります。得られた答えをうのみにするのは危険でしょう。
※12 データ分析(学習)した内容をもとに、指示に合ったテキストや画像などを生成するAI。
土器手(京セラ) 今の戦争におけるサイバー攻撃の手口は巧妙で、この技術をもっと平和のために使えたらと思います。AIの技術だけでなく、倫理観や宗教哲学を学ぶ大切さを考えさせられます。
少数に思いを寄せるデータサイエンスの挑戦
阪田(同志社) 二つ目の「人権」は難しい課題です。統計の世界では平均値や最頻値※13のような代表値に集約してデータ全体の傾向を説明したり、ある範囲を超えた値を「外れ値」として除外したりします。もちろん、全体の傾向を把握することは重要なアプローチですが、人権を考える上では、いわゆる少数(マイノリティー)の存在自体に目を向け、全体からは外れた意見を抽出することが重要となります。この少数にどう目を向けるのか、データサイエンスが挑戦すべき課題です。
※13 データの中で、現れる頻度が最も高い数値。
山口(サイバーエージェント) アメリカのある街の事例で、公共セクターが街中の水道管保守の優先順位を決める時に、AIを活用しようという計画がありました。真っ先に補修すべきだとAIが判断したのは比較的貧しい人や白人以外の人種が住んでいるエリアでした。しかし、政治力が強いエリアの住人たちの反対などの理由から、結局AIを活用できませんでした。AIにどれだけ活用価値があっても、まず解決すべきは人の問題なのだと思わされます。
自分を見つめ、分析することは
データサイエンティストへの第一歩
自分のデータを収集・分析してみよう
木村(AERA) こうした社会の深刻な課題に関心がある一方、高校生たちにとって、自分の悩みごとの上位三つは「勉強」「睡眠」「恋愛」という、この年代らしい回答でした。
岡(北里) 「勉強」に悩んでいる、その本心は「勉強したくないけど、成績は上げたい」なのかもしれません。そうであれば、「短い時間で効果的に勉強する」と目標設定して、自分の生活をよくモニターし、朝型か夜型かとか、また部活がどの程度、勉強に影響するかなどを分析します。そこから、効率的な時間の使い方がわかります。
阪田(同志社) 案外、自分のことはわかっていないので、データ分析を通して自分を研究してみるといいですね。「眠い」問題なら、日頃の生活を記録して、朝起きられない時と起きられた時の違いが可視化できれば、睡眠を阻害する要因がわかるかもしれません。このように道筋立てて考えるのが統計分析です。
柴崎(麗澤) 「恋人ができない」問題は、データサイエンスの得意分野です。例えばできるだけ多くの人を対象に、育った環境や趣味などを幅広く調べ上げ、その中で実際にカップルになっている人を抽出すれば、パターンを見つけることができます。人のプライバシーを侵害しないように、データの収集と分析を行えるといいですね。ただ、データが推薦する「最適な恋人」に、心がときめくかは疑問です(笑)。
木村(AERA) データサイエンスで、思いもよらない自分が分析できそうですね。
大場(京都橘) その際はじっくり自分に問いかけてみてほしいです。困りごとの原因は人によって異なり、対策もそれぞれだからです。AIはあくまでツールで、問いを立てるのは人間なのです。
木村恵子の編集後記
AI・データサイエンスに関する知識や能力は今後必須となり、それがあるかどうかで仕事の機会や効率性が著しく変わることがわかりました。また、この分野が世界的な課題から身近な悩みにまで活用できることがわかりましたが、有効に活用するには、人間の「問う力」や「批判的に見る視点」が大事だということも実感しました。